夜の声

神崎

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二年目

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 家に帰ってくると、見慣れないスニーカーと見慣れた汚れたスニーカーが玄関にある。どちらも男物だった。柊さんと顔を見合わせて、私たちは中に入っていった。
 するとソファの上で、もう出来上がっている母さんと茅さん、そして見慣れない男の人がいた。年の頃は、母さんよりも一回り上と言ったところだろうか。眼鏡をかけていて、痩せてもいないけど中年太りしているわけでもないように思えた。
 私たちの姿を見て優しそうに微笑む。無精ひげのような髭を蓄えた感じが、飾り気のなさを感じた。
「おかえりー。ビール買ってきた?」
「うん。」
「何で茅がいるんだ。」
 柊さんは真っ先にそれを言う。確かにそれは言えることだ。
「懐かしい人だと思ってさ。まぁ飲んでいきなさいって言われて飲んでんだよ。悪いか。」
 あーあ。そういえば茅さんって飲んだらめんどくさい人になるんだったっけ。
「懐かしい?」
「あれ?柊、知らなかったっけ?この人。」
「……知ってはいるが、お前が知ってるのが不自然だと思ったんだ。」
 私はビールを受け取ると冷蔵庫にいれた。そしてまたリビングに戻ってくる。すると彼は立ち上がり、私に手を伸ばしてきた。
「初めまして。かな。桜さんだね。芹沢樒。」
「芹沢……?」
 蓬さんと一緒の名字に、私は少し戸惑ったけれど母さんの手前そうしないわけにもいかない。手を握って、握手をした。温かくてごつごつした手だと思う。
「そ、蓬さんの弟よ。」
「え?本当に?だったら……。」
「あぁ。僕は違うんだ。ヤクザじゃない。兄は長男だったから、仕方なくあの家を継いだみたいだけど、僕は末子でね。好きなようにさせて貰った。」
「好きなように?」
「あぁ。今はラジオ局で働いてる。地方のローカル番組の制作を携わっていてね。」
「そうでしたか。すいません。なんか偏見を持ってしまって……。」
「いいんだ。そう思うのも当然だと思う。実際、僕もそこにいたことがあるしね。」
 その言葉に、柊さんを見上げた。すると彼は首を傾げる。
「すいません。あまり覚えてなくて。」
「覚えてなくて当然だと思う。柊。君が入ったばかりの時に僕は出たからね。茅は、僕がどこだったかな。」
「南米。」
「そう。南米に行ったときにちょっと知り合ってね。懐かしい墨があると思って、仲良くなった。」
 元ヤクザ。と言う割には、物腰が柔らかい。
 まぁ、珍しくはないか。葵さんみたいな人も椿だったと言うし。
「飲まないか?柊。」
「あ、俺、これから用事があって。」
「あぁ。そうか。アルコールを飲めないのか。仕方ないな。茅で我慢しておこう。」
「何だってんだよ。樒さん。」
 珍しく母さんが拗ねないで黙ってビールを飲んでいる。よっぽど馬が合うのだろう。

 しばらくして柊さんは部屋を出ていった。私はそれを追いかけて、外に出て行く。
「……桜。」
「どうしたの?」
「あいつとはあまり関わらない方がいいかもしれない。」
「父さんになるかもしれないのに?」
「……蓬さんの弟だと言うことは、あの人と繋がりがあるってことだ。」
「そうね。」
 一番下の階までたどり着くと、私は彼の手に触れた。もう暗くなっている時間帯で、あまり人はいない。たぶんもうみんな家族でスゴそうと家の中にいるのだろう。
 おせちをつつきながら、酒を飲み、テレビなんかを見るのだ。
 私はそういう経験をしたことがないからわからないけれど。
「来年は、一緒に過ごせそうだな。」
「え?」
 私の頭の中を見透かされたように、彼は私の頭にぽんと手を置いた。
「一緒に過ごそう。」
「うん。」
 その頭に置かれた手を私の背中までおろし、その手に力が入った。体に引き寄せられてジャンパーの中に引き寄せられると、煙草のにおいと彼の暖かさが伝わってくる。
「朝、海へ行こう。」
「うん。待ってる。」
 そう言って、彼は私を離すと名残惜しそうに行ってしまった。裏へ行くということはバイクで向かうのかもしれない。
 部屋に戻ろうとそこを振り返る。するとそこには樒さんが立っていた。
「いいね。ラブラブだ。」
 カッと顔が赤くなる。まだ会って何時間もたっていない人にあまりそういうことを言われたくない。
「すいません。どこかへ行くんですか?」
「あぁ。煙草を買いに。コンビニそこにあったよね。」
「少し行ったところに。」
「一緒に行く?君は未成年だし、なにかジュースでも買う?」
「いいえ。お茶で大丈夫です。すいません。あまり甘いものが得意じゃなくて。」
 そういって彼の横を通って上の階に上がろうとした。しかし彼はにっこりと笑い、私の二の腕をつかんでくる。
「何ですか?」
「茅に胡桃が話があるそうだ。ちょっと二人っきりにしておいた方がいいと思ってね。」
「あぁ……そうだったんですね。すいません。空気が読めなくて。」
「大丈夫。でも甘いものが得意じゃなかったら、酒は飲めるかもしれないね。将来有望だ。」
「……お酒はもういいです。」
 ケーキに入っている酒で倒れてしまった私だ。たぶん、甘いもののほうがまだ体に合っているのかもしれない。
 二人で並んでコンビニに向かった。
 たぶんこの人は、柊さんよりもだいぶ年上の人だ。まぁ、母さんも年上の人じゃないとだめっていうタイプでもないし。
「柊と結婚する気かな。」
「はい。」
「迷いはないんだね。」
「樒さんは?」
「そうだね。結婚できればいいけれど……兄が反対しそうだ。」
「蓬さんが?」
「そうだね。胡桃は兄とも恋人だった時期がある。あぁ。君が生まれていた時期だったか。だけど別れて、兄を遠ざけているような節があるから。」
「元恋人に連絡を取りたくないだけじゃないんですか。母の恋人という人には何人か会いましたけど、別れた後は姿も見ませんから。」
「……それだけならいいけれどね。」
 そういって樒さんは意味ありげに微笑んだ。
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