夜の声

神崎

文字の大きさ
上 下
288 / 355
二年目

288

しおりを挟む
 柊さんが仕事へ行って、そのあと私は少し眠ってしまった。大して眠ってない柊さんに申し訳ないと思いながらも、暖かい布団の中でぬくぬくと眠ってしまったのだ。
 何時間眠っただろう。急にどすんという衝撃で飛び起きた。
「おはよう。寝坊助ね。桜。」
 目の前には芙蓉さんが私の体の上で、にこにこと笑っていた。昨日買ったニットとスカートを履いている。
「芙蓉さん……。」
「コーヒー淹れようか?目覚めるよ。」
「ごめん……昨日遅くて、さっき眠ったから……。」
「あたしねぇ、昨日柊さんとこで寝てたの。でも起きたら茅おじさんのところだったの。何でいきなり移動したんだと思う?」
 罪の意識は全くないようだ。柊さんに迫ったことも、全てが普通のように話してくる。
「それからねぇ、茅叔父さんも何か眠そうだったのよ。何で?」
「知らないんだ。」
「うん。」
「芙蓉さん。ちょっと話があるの。着替えるから、その間コーヒーを淹れてくれる?」
「わかった。ここで話すの?」
「そうね。」
 そう言って芙蓉さんは部屋を出ていった。母さんが芙蓉さんを入れたのかな。まぁいいや。眠い。時計を見ると八時を指していた。二時間は寝れたか。
 色あせたジーパンと、黒いニットを着た私はリビングへ出て行った。そこにはソファに座った母さんがたばこを吹かしている。私を見てふっと笑っている。
「おはよう。」
「おはよう。朝ご飯どうする?」
「昼と一緒で良いわ。芙蓉さんがコーヒーを淹れてくれるっていうからそれでいい。」
「そう。」
 私はそう言って洗面所へ向かった。歯磨きをして、顔を洗うと芙蓉さんのコーヒーの匂いがする。
「いい香りねぇ。」
「うん。」
「あんたや葵が淹れたコーヒーでもこんな風にはならないわねぇ。」
 お湯を注ぎながら、芙蓉さんは私たちにいう。
「あたしのコーヒーの淹れ方、母さんからいつも怒られる。美味しいけど、母さんから習った淹れ方じゃないから。」
「そうなの?」
「うん。母さんが入れるコーヒーは母さんの師匠さんが淹れたコーヒーのまんまだって言ってたけど、あたしあんま好きじゃない。」
 まぁ淹れる人のこだわりもあるもんな。葵さんも瑠璃さんの淹れ方を習っているみたいだけど、全く違うと言うことは習っていて薄々気がついていた。
「出来たよ。カップどれ?」
「あぁ。これで良いよ。」
 三つ取り出して、コーヒーを注いだ。そのうちの一つを母さんの前に置く。
「ありがと。」
「昼、何にしようか?」
「起きてから決める。これ飲んだら、もう少し寝るわ。」
 あくびを一つして、コーヒーを口に含む。
「え?寝るの?」
「母さんは夜の仕事だから。昼は眠っていることが多いのよ。」
「そっか。わかった。」
 私はカップを一つもって部屋に戻っていった。芙蓉さんもそれに習う。さて、何から話したらいいんだろう。
「この豆美味しいねぇ。豆自体も良いけど、焙煎が好み。」
「そう?私が焙煎したの。」
「えー?スゴいねぇ。喫茶店の人みたい。」
「私喫茶店で今バイトしてるし、就職先もコーヒーのメーカーなのよ。」
「スゴい。今度、桜が淹れたコーヒーも飲みたい。」
 ベッドに腰掛けている芙蓉さんは、無邪気に足をぷらぷらさせた。
 私はその隣に座ると、コーヒーを一口飲んだ。そして私は彼女をみる。
「夕べ、柊はここにいたの。」
「え?」
「朝に出て行った。」
「恋人だもんね。そう言うこともあると思う。」
 言葉では冷静を装っている。だけど手は震えてる。後ろめたいことがあるからだろう。
「あなたが柊のベッドで眠ってたのを、運んだのは茅さん。」
「茅叔父さんが?」
「そう。あなたは布団をはがれても起きなかったわね。」
「見たの?」
「えぇ。」
「温かったよ。柊さんって温かいよね。でも夏は地獄だよねぇ。どっか行ってって感じになりそう。」
 意外な答えに、私は驚いて彼女を見た。罪の意識は全くなさそうに見える。
「……夕べ、柊さんに会ったの?」
「うん。ここ来た。でも桜居なかった。だから入り口で待ってたら、柊さん来たの。で、寒いから連れてってっていったら、部屋に連れてきてくれた。」
「先生が連絡してくれたわ。あなたがいないって。」
「うん。だから今日帰ったら怒られた。書き置きしたのに。硬い人だよね。嫌ーい。でさ、桜はどこにいたの?茅叔父さんも居なかったよ。二人でどっか行ってたの?」
「そうね。二人で行ってた。」
「浮気?」
「そんなんじゃないわ。」
 コーヒーをもう一口飲むと、私は彼女の方を見た。
「百合さんに会ってきたわ。」
「母さんに?」
 驚いたように彼女は、私を見ていた。
「茅さんと行ってきた。聞きたいことがあったから。」
「それって、あたしの父さんのこと?」
「そうね。」
「誰だって言ってたの?」
「はっきりした答えは聞けなかった。ただ……私が茅さんと来たけれど、柊は今誰といるか確かめた方が良いって言われたの。そして帰ってきたら、柊はあなたと居た。」
 その言葉に芙蓉さんは自分のしたことに気がついたらしい。カップを持つ手が震えていた。だけどいきなりその震えは止まる。
「母さんに言われたの。柊さんと会うことがあったら、寝なさいって。だから寝たの。」
「寝た?」
「うん。でもぜんぜんあたしじゃ反応しなかったのよ。だから眠ってたの。」
「……百合さんの指示?」
「そう。いざとなれば、誤解を生むような行動をとれって。」
 誤解は産んだ。だけどそれは焼け石に水だったわけだけど。
「母さんは、柊さんを知ってたよ。柊さんをずっと恨んでいたと思う。だからもし恋人が居たら、その恋人と別れさせるような行動をとりなさいって。」
「だから寝たの?」
「もうしない。桜。ごめんね。」
 芙蓉さんはカップを勉強机におくと、私の手を握ろうとした。
「……芙蓉さん。一つ聞いていい?」
「何?」
「もしかして、あなたまだ百合さんと連絡が取れるんじゃないの?」
 その言葉は、彼女の顔色をさらに青くさせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...