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二年目
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車の中は交通情報が流れている。高速道路が通れなければ、下道で帰らないといけない。しかし考えることは皆一緒なのか、そこは渋滞が始まっている。あの病院を出たのは、二十二時前だったはず。普通に行けば、日は超える時間だが一時か二時くらいにはたどり着くはずだと思う。
だけどついに渋滞に巻き込まれてしまった。
「夜中なのにこんなにみんなどこに行くんだ。」
茅さんはハンドルをとんとんと叩きながら、恨めしそうに前の車を見ていた。
「トラックも多かったわ。」
「夜中にしか行けないトラックもあるんだろうが、こう渋滞だとだんだんいらいらしてくるな。」
「……。」
「連絡したか?」
「え?」
「柊にだよ。」
「……あまり連絡しても迷惑かと思って。」
「バカだな。何回も連絡してりゃ、何かあったんじゃないのかって思うじゃねぇか。そう言う駆け引きも必要なんだよ。」
「そんなものなの?」
大切なのは人としての個人だと思っていた。わがままで振り回しては絶対だめになると思うから。
「男と女なんだよ。年下だからって引け目に思ってんのか?」
「それもあるわね。」
「振り回せよ。俺を振り回すくらいな。」
「あなたを振り回している?」
「こんなところまで俺を来させて、それが振り回していないとしたら何なんだ。」
少し車が進んで、また停まる。すると彼は私の手に手を重ねてきた。
「俺のわがままで行って良いなら、もうこの道は諦めてあそこに入る。」
あそこと言ったのはたぶん、あのピンク色の建物のことだろう。入り口のところに「空き」の文字が光っていた。
「いやよ。」
「何もしねぇよ。」
「あなたが何もしなかったことなんか無いわ。」
「よく言うぜ。お前だって気持ちよさそうにヨガっていたくせに。」
「……それは否定しないわ。でも気持ちはないから。それに……柊に帰るって約束したから。」
ちらりと時計をみる茅さんは、ため息をついた。
「休憩ができない時間だ。ちっ。高くなるし、また今度にするか。」
今度があるのだろうか。
春からこの人と働く。葵さんほど回りくどく誘ったりもしないのだろう。その好意はきっと柊さんにすぐ気づかれる。そのとき柊さんはどう思うのだろう。暴力で茅さんを押さえつけるのか。それとも私に隙があったからと責め立てるのだろうか。
「帰ったら……言うから。」
「何を?」
「あなたとの関係を。」
「柊に言うのか?やめとけよ。別れたいのか?」
別れたいから言うんじゃない。正直になりたいから。
「どっちにしてもこのままじゃ別れることになる。私は柊に正直に言って欲しいことがあるの。だから私も隠すことをしたくないから。」
「……俺は殴られる覚悟をした方が良いか?」
「殴られるなら私もそうだわ。簡単にあなたに股を開いたのだから。」
「お前の中は誰よりも気持ち良かった。キスだって、舐めるのだって、誰よりもいい。」
「いやな言い方ね。」
少し笑い、私は外を見た。暗い世界にたまに見える明るい看板。そこにはいるのは簡単だろう。だけど彼はそれをしなかった。
「気持ちがあるからだろ?」
「あなたに?」
「そう。なぁ。キスしていい?」
「だめよ。どんな神経してるの?私は柊のことしか今は考えてないのだから。」
「だったら柊と思えよ。あいつのようにキスしてもいい。どっちにしても車は動かねぇんだから。」
すると彼は私の頬に手を当ててきた。そして横を向かされる。
するとそのとき車のクラクションが鳴った。前の車と少し距離があるらしく、それを詰めろと急かしているのだろう。
「くそ。タイミング悪いな。」
彼はそう言って車を動かした。私にとってはタイミングばっちりだったが、反面、ふれられないその距離がもどかしいと思ったことも事実だった。
しばらくして渋滞を抜けた。高速道路は通れなかったが、おおむね快調に車が進んでいく。雪が降っていないところは、制限されていないらしいのだ。
「芙蓉が誰の子供か、結局わからなかったな。」
「……それは問題じゃないかもしれない。」
「あれだけ知りたがっていたのに?」
冷たくなった缶は、もうコーヒーがわずかにも入っていない。しかもあまり美味しくもなかった。それをすすると、私はため息をつく。
「そうね。でも、今日の話の流れから……もしかしたらという人はいるわ。」
「柊か?」
「たぶん柊じゃない。百合さんはもっとセックスをする相手がいたはずなのよ。」
「……あいつの旦那面をしていた奴か?」
たぶんその男が一番、可能性としては高い。
「覚えている?」
「あぁ。確か……蓬の下にいた奴だ。百合よりも歳の奴で、俺らの父親だといっても別に不思議じゃないような奴。俺も、桔梗も、あいつが嫌いだったな。」
「……背が高いんじゃないの?」
「あぁ。で、筋肉質。まるで柊のような……。」
それだけ言い掛けて、彼は黙ってしまった。
「芙蓉さんも背が高いみたいね。私よりも背が高かった。癖毛で、まるで柊の妹のよう。」
「……確かな事じゃないだろう。」
「可能性は高いと思わない?でもそれならそれでまた問題ね。」
百合さんが最後に残した言葉。
柊さんが今誰といるのか。不安で、押しつぶされそうだった。
携帯電話を取り出して、開いてみる。時間は一時。本来なら、連絡が付く時間だ。だけど彼からの連絡はまだない。メッセージ一つ送られてこない。
その表情を感じたのだろう。茅さんはいったん車を路肩に止めた。
「何?」
「早く帰りたいかもしれないけど、不安だろう?俺じゃ役不足かもしれないけどな。」
サイドブレーキを引いて、彼は私の頬に手を伸ばした。横を向かされて、半開きにした唇が近づいてくる。
「やだ。」
手のひらでそれを止める。しかしその手にも手が重ねてきた。温かい手は、柊さんと違うけれどごつごつしていた。そして唇を重ねてくる。
何度もキスをされた唇と、馴染みのある舌。それは私の口内を丁寧に、丁寧に愛撫する。
「好き。」
唇を離されて、体を抱きしめられた。押しのけようとする手に、力が入らない。随分乱暴なことをされても、私はこの人を嫌いになれなかった。
だけどついに渋滞に巻き込まれてしまった。
「夜中なのにこんなにみんなどこに行くんだ。」
茅さんはハンドルをとんとんと叩きながら、恨めしそうに前の車を見ていた。
「トラックも多かったわ。」
「夜中にしか行けないトラックもあるんだろうが、こう渋滞だとだんだんいらいらしてくるな。」
「……。」
「連絡したか?」
「え?」
「柊にだよ。」
「……あまり連絡しても迷惑かと思って。」
「バカだな。何回も連絡してりゃ、何かあったんじゃないのかって思うじゃねぇか。そう言う駆け引きも必要なんだよ。」
「そんなものなの?」
大切なのは人としての個人だと思っていた。わがままで振り回しては絶対だめになると思うから。
「男と女なんだよ。年下だからって引け目に思ってんのか?」
「それもあるわね。」
「振り回せよ。俺を振り回すくらいな。」
「あなたを振り回している?」
「こんなところまで俺を来させて、それが振り回していないとしたら何なんだ。」
少し車が進んで、また停まる。すると彼は私の手に手を重ねてきた。
「俺のわがままで行って良いなら、もうこの道は諦めてあそこに入る。」
あそこと言ったのはたぶん、あのピンク色の建物のことだろう。入り口のところに「空き」の文字が光っていた。
「いやよ。」
「何もしねぇよ。」
「あなたが何もしなかったことなんか無いわ。」
「よく言うぜ。お前だって気持ちよさそうにヨガっていたくせに。」
「……それは否定しないわ。でも気持ちはないから。それに……柊に帰るって約束したから。」
ちらりと時計をみる茅さんは、ため息をついた。
「休憩ができない時間だ。ちっ。高くなるし、また今度にするか。」
今度があるのだろうか。
春からこの人と働く。葵さんほど回りくどく誘ったりもしないのだろう。その好意はきっと柊さんにすぐ気づかれる。そのとき柊さんはどう思うのだろう。暴力で茅さんを押さえつけるのか。それとも私に隙があったからと責め立てるのだろうか。
「帰ったら……言うから。」
「何を?」
「あなたとの関係を。」
「柊に言うのか?やめとけよ。別れたいのか?」
別れたいから言うんじゃない。正直になりたいから。
「どっちにしてもこのままじゃ別れることになる。私は柊に正直に言って欲しいことがあるの。だから私も隠すことをしたくないから。」
「……俺は殴られる覚悟をした方が良いか?」
「殴られるなら私もそうだわ。簡単にあなたに股を開いたのだから。」
「お前の中は誰よりも気持ち良かった。キスだって、舐めるのだって、誰よりもいい。」
「いやな言い方ね。」
少し笑い、私は外を見た。暗い世界にたまに見える明るい看板。そこにはいるのは簡単だろう。だけど彼はそれをしなかった。
「気持ちがあるからだろ?」
「あなたに?」
「そう。なぁ。キスしていい?」
「だめよ。どんな神経してるの?私は柊のことしか今は考えてないのだから。」
「だったら柊と思えよ。あいつのようにキスしてもいい。どっちにしても車は動かねぇんだから。」
すると彼は私の頬に手を当ててきた。そして横を向かされる。
するとそのとき車のクラクションが鳴った。前の車と少し距離があるらしく、それを詰めろと急かしているのだろう。
「くそ。タイミング悪いな。」
彼はそう言って車を動かした。私にとってはタイミングばっちりだったが、反面、ふれられないその距離がもどかしいと思ったことも事実だった。
しばらくして渋滞を抜けた。高速道路は通れなかったが、おおむね快調に車が進んでいく。雪が降っていないところは、制限されていないらしいのだ。
「芙蓉が誰の子供か、結局わからなかったな。」
「……それは問題じゃないかもしれない。」
「あれだけ知りたがっていたのに?」
冷たくなった缶は、もうコーヒーがわずかにも入っていない。しかもあまり美味しくもなかった。それをすすると、私はため息をつく。
「そうね。でも、今日の話の流れから……もしかしたらという人はいるわ。」
「柊か?」
「たぶん柊じゃない。百合さんはもっとセックスをする相手がいたはずなのよ。」
「……あいつの旦那面をしていた奴か?」
たぶんその男が一番、可能性としては高い。
「覚えている?」
「あぁ。確か……蓬の下にいた奴だ。百合よりも歳の奴で、俺らの父親だといっても別に不思議じゃないような奴。俺も、桔梗も、あいつが嫌いだったな。」
「……背が高いんじゃないの?」
「あぁ。で、筋肉質。まるで柊のような……。」
それだけ言い掛けて、彼は黙ってしまった。
「芙蓉さんも背が高いみたいね。私よりも背が高かった。癖毛で、まるで柊の妹のよう。」
「……確かな事じゃないだろう。」
「可能性は高いと思わない?でもそれならそれでまた問題ね。」
百合さんが最後に残した言葉。
柊さんが今誰といるのか。不安で、押しつぶされそうだった。
携帯電話を取り出して、開いてみる。時間は一時。本来なら、連絡が付く時間だ。だけど彼からの連絡はまだない。メッセージ一つ送られてこない。
その表情を感じたのだろう。茅さんはいったん車を路肩に止めた。
「何?」
「早く帰りたいかもしれないけど、不安だろう?俺じゃ役不足かもしれないけどな。」
サイドブレーキを引いて、彼は私の頬に手を伸ばした。横を向かされて、半開きにした唇が近づいてくる。
「やだ。」
手のひらでそれを止める。しかしその手にも手が重ねてきた。温かい手は、柊さんと違うけれどごつごつしていた。そして唇を重ねてくる。
何度もキスをされた唇と、馴染みのある舌。それは私の口内を丁寧に、丁寧に愛撫する。
「好き。」
唇を離されて、体を抱きしめられた。押しのけようとする手に、力が入らない。随分乱暴なことをされても、私はこの人を嫌いになれなかった。
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