夜の声

神崎

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二年目

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 百合さんは貧乏揺すりを止めて、私をじっとみる。普通の高校生にしか見えないかもしれないし、彼女のように人生経験も何もかも上の人が私を見れば、ただの子供にしか見えないかもしれない。
 だけど視線を逸らせるわけにはいかない。私は彼女の目をじっと見ていた。すると不意に彼女の目が笑う。
「どうかしましたか。」
「いいえ。相手のことをあまりよくわかっていないのに、結婚なんて口に出すなんてやっぱり子供なんだなと思ったのよ。」
「……。」
「あなたが知りたいのは、芙蓉の事じゃないの?そして弁護士さん、あなたも芙蓉のことを知りたいのでしょう。」
「えぇ。もちろん。彼女もこの事件に関わっていたのか。」
「……あっちの国では関わって貰ったし、一緒に住んでいる男に薬を届けて貰っていた。だけどこの国に来てからは、いっさいさせていない。薬には手を触れさせていないわ。」
「信じても?」
「えぇ。芙蓉も言っていたでしょう?私がこの国に来るのは、理由がある。優しい男に会うため。それがあいつに復讐することにも繋がるから。」
「……。」
「だけど……あいつは私をあっさり切った。」
「だったらその人を暴露できるはずです。誰なんですか。」
 片桐さんは身を乗り出して、彼女に聞いた。すると彼女は首を横に振る。絶望したような表情だった。
「だめ。言えない。言えば私がいずれここを出るとき、私の命が危ない。私だけじゃない。芙蓉も……それから……私の兄弟も。茅……。」
 その会話をぼんやり聞いていた茅さんが、ふっと顔を上げた。
「何だよ。」
「梓のことを覚えている?」
「あぁ。あいつは組に入っていた。それが元で殺された。」
「……梓がなぜ殺されたのか。よく考えて。どうして殺されたのか。私から言えるのはそれだけ。」
 彼女はそう言って席を立とうとした。でも私はまだ話を聞けていなかった。
「百合さん。」
 背を向けた百合さんは振り返ると、笑っていた。
「……楽しみね。あなたが茅といるけれど、今、柊は誰といるのかしら。」
 ぞっとした。今すぐ柊さんと連絡を取りたかった。でも携帯電話は、入り口のところで預けなければいけなかったので今はない。
「落ち着け。桜。今の時間は、あいつに連絡も取れない時間だろう。」
「……えぇ。」
 すると百合さんはおかしそうに、刑務官に付き添われて部屋を出ていった。

「組というのは、ヤクザの事務所か何かですか。」
「えぇ。」
「参ったな。ヤクザか……そっちに流れていたとすれば、ますます刑が重くなるかもしれない。」
「警察は組に捜査を入れますか?」
「……もっと状況証拠が必要でしょう。今の時点では無理です。」
 病院を出た茅さんたは、駐車場に立ち尽くしたまま相談をしていた。私はそこから少し離れたところで、柊さんに連絡をしている。だけど繋がらない。そうだ。今ぐらいの時間はさらに繋がらないのだ。
 繋がる時間はだいたい日をまたぐ。そこまで待てば手遅れなような気がした。連絡が付かないことが、いらいらしてしまう。今は、誰に連絡をすればいいのかわからない。携帯電話の電話帳を見ながら、私は黙ってしまった。
「桜……。」
 名前を呼ばれて振り返る。もう片桐さんは行ってしまったらしい。
「どうしたの?もう帰る?」
「連絡が付いたか?」
「ううん。どちらにしても今はラジオが……。」
「ラジオ?」
 あっ。まずい。それは言ってはだめだ。内緒にしていることを条件に教えて貰ったことなのだから。
「……いつも今の時間は繋がらないわ。」
「ふーん。でも……不安だろう?さっさと帰るか。」
「……怖い気もするわ。」
 百合さんの言葉が怖かった。改めて足が震えてくる。その様子に茅さんは私の肩を抱いて、車に誘導してくれた。

 高速道路に入ろうとして、警官に止められた。
「どうしました?」
「雪で通れません。下るのだったら、下道で行ってください。」
 その言葉に茅さんはため息をついた。
「何時になるかわからないな。」
「……きついかしら?」
「俺の体か?屁でもねぇよ。でもちょっとコンビニ寄ろうぜ。トイレとか、飲み物とか買うか。」
 優しい人だ。もし柊さんに会う前だったら、私はこういう人を好きになっていたかもしれない。
 緑とオレンジの看板のコンビニにはいると、茅さんはトイレに入っていった。そして私も女性用のトイレにはいる。
 そして出てくると、本棚の前で立ち尽くしている茅さんの姿があった。
「どうしたの?」
「……根も葉もないことを……。」
 目線の先には三流の雑誌がある。表書きにはリリーが覚醒剤をしていたことで、性に奔放だったと書かれていた。
「あり得ないことだ。」
「……。」
「菖蒲姉さんは、レズビアンだったからな。」
「本当に当てにならないことばかりね。」
「行くぞ。」
 彼はそう言って私の手を引いた。お互いに私たちは疑問を抱えて、町に帰ろうとしている。そう言った意味で私たちは、同じ傷を抱える同志と言えるだろう。だけどその間に愛情はない。
 繋がれた手は、ただ温かいだけだった。ときめきはない。
 車に戻ってきて、ラジオをつけた。しかし椿さんのラジオは入らない。
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