夜の声

神崎

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二年目

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 茅さんはそのまま芙蓉さんを連れて、部屋を出た。きっと藤堂先生のところへ行くつもりなのだろう。私は食器を洗い、そのまま身支度をした。
 あまり多くの洋服は持っていない割に、芙蓉さんに貸した分もあるので着るものは限られてくる。黒いタートルネックのセーターとジーパン。そしてジャンパーを羽織り、白いマフラーを巻いた。そして髪を結ぶと部屋を出る。
「あら、あんたもう出掛けるの?」
 もうソファーに母さんが新聞を読んでいた。
「うん。何か食べるんなら、スープ作っておいた。」
「そう。ありがと。芙蓉さんも出掛けたの?」
「今朝、茅さんと一緒に出掛けた。百合さんの国選弁護士に会うんですって。それから芙蓉さんの身の振り方も決まるんじゃないかって。」
「あの子の身の回りは大変そうねぇ。どっちに行っても地獄だわ。」
「あんまり変なこと言わないでね。」
「わかってるわ。あぁ。やっぱり茅の姉さんに記事は大きいわ。芙蓉さんにもばれないようにしなきゃね。」
「わかってる。」
 私はそういって、外を出た。冷たい風が吹き込み、半分野外のここは寒い。
 ファミリー向けの物件は、たまに他に住んでいる主婦や子供に会うこともある。今日もゴミを出す主婦にあった。
「おはようございます。」
「はい。おはようございます。」
 私の手にもゴミ袋がある。ゴミ捨て場にそれを捨てると、「窓」へ向かった。コンビニの前を通ると見慣れたそこ角を曲がり、その奥に「窓」がある。やはりcloseになっているようだ。ドアノブに触れて引っ張ってみたが、やはり開かない。
 裏口へ行ってみようか。私はその建物の脇にある細い道を通ると、ドアのチャイムを鳴らした。
 しばらくすると、ドアが開く。
「おはようございます。」
 眠そうな葵さんだ。夕べは遅かったんだろうか。
「おはよう。」
 ふっといつもの表情に変わる。
「夕べは、遅かったのですか。」
「そうですね。昔なじみに会い、生豆を分けて貰いました。そのあと焙煎をしていたので。」
「あ、もう終わったのですね。」
 やはりやることは早い。
「早くお店を開けたいのでね。」
「何かお手伝いが出来ればと思ったのですが、不要でしたね。」
「そんなことはありませんよ。どうぞ。中に入ってください。私も少し休んでまた再開しようと思ってましたから。」
 中にはいると、まずバックヤードや倉庫もすべてが荒らされていた。
「……強盗でも入ったみたい。」
「家宅捜査なのでそんなものですよ。二階の方が荒らされてます。やっと寝るスペースを確保したんですよ。」
 大きなベッドだったはずだ。それもすべて切り裂かれたりしたのだろうか。
「夕べ、柊は帰ってきましたか。」
「いいえ。夕べは……芙蓉さんが見えてましたね。」
 店の中はそんなに荒れていなかった。そもそもあまり物がない部屋だから、探す手間はなかったのだろうか。
「倉庫は持って行かれた物もありましたし、そろってから片づけようと思ってます。」
「二階は?」
「上がりますか?」
「えぇ。何か手伝えることがないかと思って来たし……。」
 見下ろされる視線。その視線にいつも怯えていた。だから無視をすることを覚える。
「何か食べました?食料品はあります?」
「えぇ。適当に。」
「薬は?」
「……薬は成分を解析するために、今は手元にありませんよ。」
「だったら、まず病院ですね。タクシーを。」
 すると彼は私の手を引いた。そして自分の体に倒れ込ませた。
「葵さん。」
「あぁ。桜。こうしているのが一番の薬なんですよ。」
 そういって彼は私の体を包み込むように抱きしめた。だけど私はその体を引き離す。
「やめて。」
「茅では抵抗しないのに?彼は柊ではない。私ではだめなんですか。」
「茅さんも嫌です。全力で拒否していますよ。」
「しかし、あなた方はきっと都会に行ったときに「何か」あったはずなんですよ。」
「……何もありませんよ。」
「柊しか体を開いていないと?」
 目が泳いでいた。きっと嘘だとばれている。
「正直に。」
「何もありませんから。」
 髪をくしゃくしゃとかきあげる。そして私の目線に立つ。
「どうして嘘を付く女になってしまったのか。」
「嘘を付く要素がありませんよ。本当のことなんですから。」
「何度もあなたが茅に襲われているのを見たんです。茅があんなことをするのは初めて見る。それだけあなたを好きだったに違いない。なのに都会で二人でいて、誰も邪魔がいない状態で茅が何もしないわけがないでしょう。」
「そういう人もいますよ。あなたと一緒にしないで。」
 その言葉に、彼は私の手を引くと壁に押しつけた。そして私の目をじっと見る。
「嘘。」
「……。」
「何かはあった。だからこんなに拒否している。茅もあなたを守ろうとしている。女は道具くらいにしか思っていなかった茅が。」
「茅さんは元々そんな人ではないでしょう。」
「たかだか一年ほどのつきあいで、彼の何がわかるというのですか。」
「でしたら、三年間、あなたの部下として働きましたが、私もあなたのこともわからない。」
 その言葉に、彼はぐっと言葉を詰まらせた。
「私のことが知りたいのですか。」
「よくわからない人と、よくわからないことをしているんじゃないかって思ってました。でも私には関係ない世界です。そして柊も関係ない。」
「あなたも彼のことをまだわかっていない。ねぇ桜さん。柊がただテープを流すだけの仕事を、毎日していると思っているのですか。」
「そう言っていた。だから……。」
 何か違うことをしているというの?私は少し黙り、しかし彼を見据えた。
「信用しますから。」
「お得意の信用ですね。」
 少しバカにしたような口調。そして彼は私の頬に手を触れた。
「桜。私はこのままキスだって出来る。」
 その頬に触れた手を引き離そうとした。しかしそれを彼は許さない。
「あなたがこれを拒否すれば、私はもっと不安定になる。あなたがいれば……安定します。」
「……私が薬のようですね。」
「さながら安定剤です。」
 すると彼は私の顎を持つと、自分の顔を近づけてきた。
「桜……。」
 彼はそう言って私の唇に唇を重ねてきた。
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