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二年目
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柊さんはコーヒーカップをテーブルに置くと、芙蓉さんの方を向いた。芙蓉さんはまだ怯えているように思える。
「このコーヒーはお前の母親から淹れ方を習ったんだろう?」
なんで?私、芙蓉さんが淹れたって言ってないよね。
「うん。これ淹れると母さんも父さんも機嫌が良くなるの。」
「だったらこれを飲んでるときくらい、お前も機嫌を良くする必要があると思わないか。」
「……。」
その言葉には芙蓉さんも言葉を詰まらせた。
「俺は確かに人を殺したことがある。人殺しと言われればそうかもしれない。」
「母さんは人殺しについて行ったら、あたしも殺されるって言ってたわ。」
「そうだな。そういうヤツもいるかもしれない。」
「あたしも殺す?」
「お前を殺して何の得があるんだ。」
「だって……あたしいつも父さんからいらない子って言われてたから。悪魔が乗り移っているような子はいらないって。」
それで体を好きにさせてたのか。ますますその国に戻したくないなぁ。
「俺が人を殺したのは、お前の母親を守るためだった。」
「母さんを?」
柊さんは煙草を取りだして、火を付ける。
「お前の母親にはいつも痣があってな。殴られてるってのはわかってたし、薬の売り上げを巻き上げられてたことも知ってる。それにお前にも手を挙げてたんじゃないのか。」
すると彼女は首を横に振った。
「違うのか。」
「あたしを叩いてたのは、母さんだから。あの人が来てるときにお部屋に行ってはいけませんって、いわれてたのを破ったあたしが悪いの。」
「……。」
実際殴っていたのは百合さんだったんだ。
「どちらにしてもあいつを殺さなければ、お前か、百合が死んでた。だから殺した。」
「守るために殺したってこと?」
「そうだ。良い言い方をすれば。」
すると彼女は引いていた体を元に戻し、ちゃんと座った。そしてコーヒーカップをテーブルに置く。
「ありがとう。それから、ごめんね。」
表情を変えずに、柊さんは彼女の頭を撫でた。
その様子を見て、茅さんは私に言う。
「あいつ、牧師にでもなるつもりか?」
「何で?」
「あんなに人を納得させるなんて……。」
「柊は真実を言っただけよ。それによけいな装飾をしないで、彼女の目線にたった言い方をしてる。それだけじゃない。」
「……そういうことが出来ないヤツが多い。あぁいうヤツが会社に一人いてくれるといいんだが、まぁ、あいつはうちの会社には無理だな。」
「なんで?」
すると茅さんはニヤリと笑う。
「知りたかったら今度、俺とデートを……。あいてっ!」
茅さんの頭をぽんとたたき、柊さんはテーブルに戻ってきた。その後ろに、芙蓉さんがいる。
「俺の前で堂々と誘うな。このバカが。」
彼はもういすに座らずに、キッチンにカップを置いた。もう出る時間なのだろう。
「もう行く?」
「あぁ。また連絡する。」
「わかった。」
玄関へ繋がるドアを開けて、彼は出て行く。私もそれについて行った。玄関で靴を履いて、彼は私をみる。
「気を付けろよ。」
「何に?」
「茅に。あいつ遠慮しなくなったから。」
「……心配しないで。私はあなたしか見てないから。」
私は指輪の付いた右手で、彼の手に触れてきた。すると彼はその手を引く。
「あっ。」
灰色の布が目の前に広がり、温かい腕が体を包んだ。
「桜。」
上を向くと、彼は私の唇にキスを軽くした。
「また連絡をする。」
「えぇ。タイミングが合えばいいわね。」
彼はそういって冷たい風とともに出て行った。
私は背を向けて、リビングに戻る。するとテーブルで食べかけの朝食を食べていた芙蓉さんが、開口一番こう言った。
「桜の恋人。桜、とっても大事にしてるように見えるね。うらやましい。桜。彼と結婚するの?」
「……そうね。出来ればいいわね。」
柊さんがしようと言ってくれている。だけど実感がわかない。だから「するよ」とは言えなかった。
「俺仕事はしばらく休めたから、桔梗と一緒に弁護士に今日会ってくる。芙蓉のことも話しておかないといけないし。」
「そう。芙蓉さんも一緒に行くの?」
「一応な。」
「えー。また同じことを聞かれるの面倒。」
頬を膨らませて、芙蓉さんは抗議した。
「芙蓉さん。話しておいた方が良いわ。場合によっては母さんの罪が軽減されることもあるんだから。」
「ねぇよ。」
スープの入っているカップをテーブルにおいて、茅さんは話し出した。
「覚醒剤所持、密輸、売買、及び使用。いくつ罪が重なるんだよ。実刑になると思うし、釈放されても病院行きだ。国外の渡航も禁止されるかもしれない。」
「……そんなに罪が多いの?」
「あぁ。坂本組にとっては痛い話だな。まぁ、でもあそこは一つつてがなくなっても、また次を探す。女が一人いなくなったところで変わらないだろうけど。」
「……坂本組というと、蓬さんのところね。」
「そうだな。そういえば椿にお前の同級生がいるんじゃなかったのか。コンビニで一回見かけ……。」
その言葉を言い掛けて、茅さんは黙る。思い出したことがあるのだろうか。
「どうしたの?」
不思議そうに芙蓉さんが聞いた。
「何でもない。そろそろ行くか。桜。お前はどうするんだ。」
「「窓」へ行くわ。手伝えることがあるかもしれないし。」
「そうだな。そうしてやればいい。葵も助かるだろ?」
「葵って、母さんが言ってた?」
「そうね。」
「あの人違うよ。あの人優しい人じゃない。」
「わかってるわ。」
「あの人ね、柊さんと違うけどやっぱり怖い人だと思う。」
すると茅さんは驚いたように芙蓉さんをみる。
「葵が怖いってのは珍しいな。」
「柊は母さんが怖い人って言ってたから、怖い人なんだろうと思ってた。でも葵は違う。何度か会ったことがある。あの人、怖い。笑ってるけどあの目の奥が怖い。」
敏感な子供だと思う。私も同じことを最近思っていたから。
「このコーヒーはお前の母親から淹れ方を習ったんだろう?」
なんで?私、芙蓉さんが淹れたって言ってないよね。
「うん。これ淹れると母さんも父さんも機嫌が良くなるの。」
「だったらこれを飲んでるときくらい、お前も機嫌を良くする必要があると思わないか。」
「……。」
その言葉には芙蓉さんも言葉を詰まらせた。
「俺は確かに人を殺したことがある。人殺しと言われればそうかもしれない。」
「母さんは人殺しについて行ったら、あたしも殺されるって言ってたわ。」
「そうだな。そういうヤツもいるかもしれない。」
「あたしも殺す?」
「お前を殺して何の得があるんだ。」
「だって……あたしいつも父さんからいらない子って言われてたから。悪魔が乗り移っているような子はいらないって。」
それで体を好きにさせてたのか。ますますその国に戻したくないなぁ。
「俺が人を殺したのは、お前の母親を守るためだった。」
「母さんを?」
柊さんは煙草を取りだして、火を付ける。
「お前の母親にはいつも痣があってな。殴られてるってのはわかってたし、薬の売り上げを巻き上げられてたことも知ってる。それにお前にも手を挙げてたんじゃないのか。」
すると彼女は首を横に振った。
「違うのか。」
「あたしを叩いてたのは、母さんだから。あの人が来てるときにお部屋に行ってはいけませんって、いわれてたのを破ったあたしが悪いの。」
「……。」
実際殴っていたのは百合さんだったんだ。
「どちらにしてもあいつを殺さなければ、お前か、百合が死んでた。だから殺した。」
「守るために殺したってこと?」
「そうだ。良い言い方をすれば。」
すると彼女は引いていた体を元に戻し、ちゃんと座った。そしてコーヒーカップをテーブルに置く。
「ありがとう。それから、ごめんね。」
表情を変えずに、柊さんは彼女の頭を撫でた。
その様子を見て、茅さんは私に言う。
「あいつ、牧師にでもなるつもりか?」
「何で?」
「あんなに人を納得させるなんて……。」
「柊は真実を言っただけよ。それによけいな装飾をしないで、彼女の目線にたった言い方をしてる。それだけじゃない。」
「……そういうことが出来ないヤツが多い。あぁいうヤツが会社に一人いてくれるといいんだが、まぁ、あいつはうちの会社には無理だな。」
「なんで?」
すると茅さんはニヤリと笑う。
「知りたかったら今度、俺とデートを……。あいてっ!」
茅さんの頭をぽんとたたき、柊さんはテーブルに戻ってきた。その後ろに、芙蓉さんがいる。
「俺の前で堂々と誘うな。このバカが。」
彼はもういすに座らずに、キッチンにカップを置いた。もう出る時間なのだろう。
「もう行く?」
「あぁ。また連絡する。」
「わかった。」
玄関へ繋がるドアを開けて、彼は出て行く。私もそれについて行った。玄関で靴を履いて、彼は私をみる。
「気を付けろよ。」
「何に?」
「茅に。あいつ遠慮しなくなったから。」
「……心配しないで。私はあなたしか見てないから。」
私は指輪の付いた右手で、彼の手に触れてきた。すると彼はその手を引く。
「あっ。」
灰色の布が目の前に広がり、温かい腕が体を包んだ。
「桜。」
上を向くと、彼は私の唇にキスを軽くした。
「また連絡をする。」
「えぇ。タイミングが合えばいいわね。」
彼はそういって冷たい風とともに出て行った。
私は背を向けて、リビングに戻る。するとテーブルで食べかけの朝食を食べていた芙蓉さんが、開口一番こう言った。
「桜の恋人。桜、とっても大事にしてるように見えるね。うらやましい。桜。彼と結婚するの?」
「……そうね。出来ればいいわね。」
柊さんがしようと言ってくれている。だけど実感がわかない。だから「するよ」とは言えなかった。
「俺仕事はしばらく休めたから、桔梗と一緒に弁護士に今日会ってくる。芙蓉のことも話しておかないといけないし。」
「そう。芙蓉さんも一緒に行くの?」
「一応な。」
「えー。また同じことを聞かれるの面倒。」
頬を膨らませて、芙蓉さんは抗議した。
「芙蓉さん。話しておいた方が良いわ。場合によっては母さんの罪が軽減されることもあるんだから。」
「ねぇよ。」
スープの入っているカップをテーブルにおいて、茅さんは話し出した。
「覚醒剤所持、密輸、売買、及び使用。いくつ罪が重なるんだよ。実刑になると思うし、釈放されても病院行きだ。国外の渡航も禁止されるかもしれない。」
「……そんなに罪が多いの?」
「あぁ。坂本組にとっては痛い話だな。まぁ、でもあそこは一つつてがなくなっても、また次を探す。女が一人いなくなったところで変わらないだろうけど。」
「……坂本組というと、蓬さんのところね。」
「そうだな。そういえば椿にお前の同級生がいるんじゃなかったのか。コンビニで一回見かけ……。」
その言葉を言い掛けて、茅さんは黙る。思い出したことがあるのだろうか。
「どうしたの?」
不思議そうに芙蓉さんが聞いた。
「何でもない。そろそろ行くか。桜。お前はどうするんだ。」
「「窓」へ行くわ。手伝えることがあるかもしれないし。」
「そうだな。そうしてやればいい。葵も助かるだろ?」
「葵って、母さんが言ってた?」
「そうね。」
「あの人違うよ。あの人優しい人じゃない。」
「わかってるわ。」
「あの人ね、柊さんと違うけどやっぱり怖い人だと思う。」
すると茅さんは驚いたように芙蓉さんをみる。
「葵が怖いってのは珍しいな。」
「柊は母さんが怖い人って言ってたから、怖い人なんだろうと思ってた。でも葵は違う。何度か会ったことがある。あの人、怖い。笑ってるけどあの目の奥が怖い。」
敏感な子供だと思う。私も同じことを最近思っていたから。
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