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二年目
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芙蓉さんの南米での暮らしはそんなにいいものではないようだった。ここに来るのもある程度の蓄えが必要で、百合さんは近所のカフェでアルバイトをしながら彼女を育てていたらしい。
「夜も働く時がある。遅く帰ってくるよ。」
「寂しいわね。」
「でも父さんいる。いつも寂しかったら父さんは一緒に寝てくれた。でも最近お酒ばっかり飲んでる。」
「……。」
「それから変な事する。体触ってくるから、もう一緒に寝ないでっていったの。そしたら、あたしの体に悪魔がいるからそれを追い出すっていってた。」
「それって……。」
彼女の父さんっていうのは、話に聞くと結構年上の人らしい。なのにもしかしたら、彼女に欲情していたのかもしれない。
「帰りたくない。ペドロには会いたいけど、家には帰りたくない。」
「……茅さん。何とかならないかしら。」
向かいに座っている茅さんは、少し考えているようだった。そして携帯電話を取りだした。
「俺さ、お前が生まれたとき知ってる。お前の父親ってのは多分この国のヤツだし、お前もここの国籍があるはずだ。百合がいたからあっちに戸籍もあるけど、お前が望めばここにすむことはできないことはないと思う。」
「だったら……。」
「血の繋がりのある親族が必要だ。何奴が父親なんだろうな。」
誰が父親なのか。そんなことわからない。だけど一つの可能性はある。柊さんであることも考えられるのだ。月日を考えるとそれはあり得る。だけど……だけどこの子が柊さんの?
「どうしたの?桜。顔色悪い。」
「……ううん。何でもない。」
その様子がわかったのだろう。茅さんは私の方を見て、拳を握った。
「ほんとの父さんのことはほとんど話さなかった。誰かわからない。でもこの国の人だとは言ってた。」
しばらくして芙蓉さんは私にもたれて眠ってしまった。夕べはほとんど眠っていなかったらしいので、仕方ないだろう。
「布団を敷くわ。」
「ソファでいいんじゃないのか。」
「母さんが帰ってきたら起きちゃうし。私の部屋に布団を敷く。」
「お前の?今日芙蓉がいたらヤレねぇじゃん。」
「今日は来るかどうかわからないわ。」
「柊?」
「それ以外にする気はないから。」
私は自分の部屋のドアを開けると、クローゼットから予備の布団を抱えようとした。しかし肩が痛くて、持ち上げられない。
「無理するなって。」
後ろから茅さんがやってきて、その布団を抱えてくれた。そして私の部屋に運ぶ。私はシーツを持ってきて、それを敷く。
枕や掛け布団を持ってくると、芙蓉さんをそこに寝かせた。
「お前より細いな。こいつ。でもおっぱいだけはいやに成長してると思ったけど。」
「そうね。」
「そういうヤツが多いだろう。男が、偉いと思っている国だ。男だからって力ずくってのは、感心しねぇな。」
「あなたからそういう言葉がでるとは思ったもなかったわ。」
「……。」
いつも力ずくの行動しかしていない茅さんの言葉とは思えない。
「柊もそういうとこあるけれど、もっと優しいから。」
「惚れてると大変だな。まぁ、俺もか。でも俺は無理しておまえに合わせようとは思わねぇ。嫌なことは嫌だし、やりたいことはやりたい。なぁ。お前もそうだろう?」
そういって彼は私の肩に手を置こうとした。しかしそれは嫌だ。
「私も拒否するわ。」
その手を振り払い、リビングに戻ってきた。飲み干されたレモネードの入っていたコップを手にして、キッチンへ向かう。
「桜。俺の部屋に来ないか。」
「どうして?」
「ここじゃ、芙蓉が起きてきて浮気だ浮気だとうるさいから。」
「行かない。言ったわよね。あなたが私に触れることはあるかもしれないけれど、私からあなたに触れることはないって。」
コップを洗って水を切る。
「でもお前は拒否しない。」
「ちょっと……近いわ。」
後ろから抱き寄せられた。腕が私の体を包む。
「……柊は来ないんだろ?」
「だからと言ってあなたが近づく理由にはならない。」
「可愛くねぇな。でもそういうところも好きだ。」
耳元で囁かれる。もう耳に馴染んでしまったその声。
「離して。」
気を強く持ち、彼を後ろから突き放そうとした。しかし彼はぐっと腕で体を抱き寄せて離そうとしない。片腕なのにすごい力だ。
そしてもう片方の手が私の口元に持ってこられた。柊さんとは違う指が、唇をなぞった。
「やだって……。」
体を突き放そうとしたけれど、肩が痛くてそれは出来なかった。
「無理するな。肩も痛いかもしれないけど、俺も求めてるんじゃないのか。」
「やだ。」
「桜。」
細い指が顎に触れる。そして私に横を向かせようとした。
「桜。」
そのとき、ドアの鍵が開く音がした。その音で、茅さんはぱっと体を離す。私はその玄関の方へ向かった。
「母さん。もう帰ったの?」
「今日は仕事になんないわ。どこもそうみたいだけど、覚醒剤の痕跡がないかって警察が総動員よ。」
「母さんところは?」
「やっと終わった。はー。疲れた。もうお風呂入って寝るわ。ん?茅。あんたなんでいるの?」
やっと茅さんの存在に気が付いたらしい。
「芙蓉が来たがってた。男所帯じゃ、細かいところまで行き届かないし、しばらく世話をして貰いたいとお願いに来たんだよ。」
「いいけどさ、芙蓉ちゃんにかこつけて桜に手を出さないでよ。」
「わかってるよ。お前もしつこいな。」
母さんはそういってソファに腰掛け、煙草に火をつけた。
「芙蓉ちゃんは結局帰るの?どこだっけ。南米の方よね。」
「……百合がこっちにいるんだったら、芙蓉だけあっちに帰るのは難しいと思う。あっちで父親面していたヤツは、血が繋がってないようだし。」
「ふーん。でもこっちも血の繋がりのある人なんているの?あんたの兄弟って、みんな連れ子だったりするんでしょ?あの子の母親の繋がりがあるのって、あんた?」
「俺は繋がりねぇよ。あるのは桔梗だけか。」
「桔梗ねぇ……。」
母さんは煙草をくわえたまま携帯電話を開いた。
「ん?ちょっとテレビつけるわよ。」
「音量押さえてね。隣寝てるから。」
テレビを付けると、深夜のバラエティ番組をしていた。だがその上。ニュース速報が流れる。
「……やっぱり。」
”リリーこと、本名藤堂菖蒲、覚醒剤取締法違反で逮捕”
「夜も働く時がある。遅く帰ってくるよ。」
「寂しいわね。」
「でも父さんいる。いつも寂しかったら父さんは一緒に寝てくれた。でも最近お酒ばっかり飲んでる。」
「……。」
「それから変な事する。体触ってくるから、もう一緒に寝ないでっていったの。そしたら、あたしの体に悪魔がいるからそれを追い出すっていってた。」
「それって……。」
彼女の父さんっていうのは、話に聞くと結構年上の人らしい。なのにもしかしたら、彼女に欲情していたのかもしれない。
「帰りたくない。ペドロには会いたいけど、家には帰りたくない。」
「……茅さん。何とかならないかしら。」
向かいに座っている茅さんは、少し考えているようだった。そして携帯電話を取りだした。
「俺さ、お前が生まれたとき知ってる。お前の父親ってのは多分この国のヤツだし、お前もここの国籍があるはずだ。百合がいたからあっちに戸籍もあるけど、お前が望めばここにすむことはできないことはないと思う。」
「だったら……。」
「血の繋がりのある親族が必要だ。何奴が父親なんだろうな。」
誰が父親なのか。そんなことわからない。だけど一つの可能性はある。柊さんであることも考えられるのだ。月日を考えるとそれはあり得る。だけど……だけどこの子が柊さんの?
「どうしたの?桜。顔色悪い。」
「……ううん。何でもない。」
その様子がわかったのだろう。茅さんは私の方を見て、拳を握った。
「ほんとの父さんのことはほとんど話さなかった。誰かわからない。でもこの国の人だとは言ってた。」
しばらくして芙蓉さんは私にもたれて眠ってしまった。夕べはほとんど眠っていなかったらしいので、仕方ないだろう。
「布団を敷くわ。」
「ソファでいいんじゃないのか。」
「母さんが帰ってきたら起きちゃうし。私の部屋に布団を敷く。」
「お前の?今日芙蓉がいたらヤレねぇじゃん。」
「今日は来るかどうかわからないわ。」
「柊?」
「それ以外にする気はないから。」
私は自分の部屋のドアを開けると、クローゼットから予備の布団を抱えようとした。しかし肩が痛くて、持ち上げられない。
「無理するなって。」
後ろから茅さんがやってきて、その布団を抱えてくれた。そして私の部屋に運ぶ。私はシーツを持ってきて、それを敷く。
枕や掛け布団を持ってくると、芙蓉さんをそこに寝かせた。
「お前より細いな。こいつ。でもおっぱいだけはいやに成長してると思ったけど。」
「そうね。」
「そういうヤツが多いだろう。男が、偉いと思っている国だ。男だからって力ずくってのは、感心しねぇな。」
「あなたからそういう言葉がでるとは思ったもなかったわ。」
「……。」
いつも力ずくの行動しかしていない茅さんの言葉とは思えない。
「柊もそういうとこあるけれど、もっと優しいから。」
「惚れてると大変だな。まぁ、俺もか。でも俺は無理しておまえに合わせようとは思わねぇ。嫌なことは嫌だし、やりたいことはやりたい。なぁ。お前もそうだろう?」
そういって彼は私の肩に手を置こうとした。しかしそれは嫌だ。
「私も拒否するわ。」
その手を振り払い、リビングに戻ってきた。飲み干されたレモネードの入っていたコップを手にして、キッチンへ向かう。
「桜。俺の部屋に来ないか。」
「どうして?」
「ここじゃ、芙蓉が起きてきて浮気だ浮気だとうるさいから。」
「行かない。言ったわよね。あなたが私に触れることはあるかもしれないけれど、私からあなたに触れることはないって。」
コップを洗って水を切る。
「でもお前は拒否しない。」
「ちょっと……近いわ。」
後ろから抱き寄せられた。腕が私の体を包む。
「……柊は来ないんだろ?」
「だからと言ってあなたが近づく理由にはならない。」
「可愛くねぇな。でもそういうところも好きだ。」
耳元で囁かれる。もう耳に馴染んでしまったその声。
「離して。」
気を強く持ち、彼を後ろから突き放そうとした。しかし彼はぐっと腕で体を抱き寄せて離そうとしない。片腕なのにすごい力だ。
そしてもう片方の手が私の口元に持ってこられた。柊さんとは違う指が、唇をなぞった。
「やだって……。」
体を突き放そうとしたけれど、肩が痛くてそれは出来なかった。
「無理するな。肩も痛いかもしれないけど、俺も求めてるんじゃないのか。」
「やだ。」
「桜。」
細い指が顎に触れる。そして私に横を向かせようとした。
「桜。」
そのとき、ドアの鍵が開く音がした。その音で、茅さんはぱっと体を離す。私はその玄関の方へ向かった。
「母さん。もう帰ったの?」
「今日は仕事になんないわ。どこもそうみたいだけど、覚醒剤の痕跡がないかって警察が総動員よ。」
「母さんところは?」
「やっと終わった。はー。疲れた。もうお風呂入って寝るわ。ん?茅。あんたなんでいるの?」
やっと茅さんの存在に気が付いたらしい。
「芙蓉が来たがってた。男所帯じゃ、細かいところまで行き届かないし、しばらく世話をして貰いたいとお願いに来たんだよ。」
「いいけどさ、芙蓉ちゃんにかこつけて桜に手を出さないでよ。」
「わかってるよ。お前もしつこいな。」
母さんはそういってソファに腰掛け、煙草に火をつけた。
「芙蓉ちゃんは結局帰るの?どこだっけ。南米の方よね。」
「……百合がこっちにいるんだったら、芙蓉だけあっちに帰るのは難しいと思う。あっちで父親面していたヤツは、血が繋がってないようだし。」
「ふーん。でもこっちも血の繋がりのある人なんているの?あんたの兄弟って、みんな連れ子だったりするんでしょ?あの子の母親の繋がりがあるのって、あんた?」
「俺は繋がりねぇよ。あるのは桔梗だけか。」
「桔梗ねぇ……。」
母さんは煙草をくわえたまま携帯電話を開いた。
「ん?ちょっとテレビつけるわよ。」
「音量押さえてね。隣寝てるから。」
テレビを付けると、深夜のバラエティ番組をしていた。だがその上。ニュース速報が流れる。
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