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二年目
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クリスマスイブは終業式。校長先生の長い話を聞いて、その後は教室へ行く。担任の話がある前、私たちは教室に集まって他愛もない話をしている。
「ねー。桜。社会人にクリスマスプレゼントって何あげてるの?」
向日葵はそう聞いてきた。私は課題のチェックをしていたけれど、その手を止めて彼女の話につきあう。
「そうね。去年は時計だったかな。」
「時計?」
「そ、腕時計。」
「時計ねぇ。今年は何?」
「……まだ決めてなくてね。というか今日会えるかわからないし。」
「クリスマスだよー。何で会えないの?」
「忙しい人だから。」
柊さんは今日大きなイベントがあって、私の元に来れるのかわからない。だけど終わったら部屋に来ると言っているし、気長に待つことにした。
「私も今日はバイトだし。」
「クリスマスまで働くの?すごいねぇ。」
「クリスマスなんて普通の日よ。私、無宗教だし。」
「でもさぁ。ケーキくらい食べたいじゃん。」
「向日葵は彼氏の所に行くの?」
「うん。もちろん。でもプレゼント決まってなくてさぁ。桜、つきあってくれない?」
「え?私のセンスでいいの?」
「うん。バイトって四時からでしょ?ちょっと時間あるじゃん。」
「そうね。じゃあ、そうしようか。」
そのとき担任がやってきて、教室はまたいつもの空気になる。
高校三年生の三学期は、一ヶ月くらいしか学校に通わない。後は仮卒のあと、卒業。
少し間があって就職って人が多いらしい。向日葵は私がこの間行った都会の片隅にある美容師の専門学校へ行く。きっとさらに派手になるのかなぁ。
担任の話も終わり、向日葵と一緒に教室を出ようとしたときだった。私の携帯電話が鳴った。
「……。」
「どうしたの?」
「うーん。向日葵、ちょっと待てる?」
「いいけど。」
「ちょっと呼び出された。」
「誰に?」
「藤堂先生。」
「は?何で?っていうか、何で連絡先なんて知っているの?」
先生が指定したのは、職員室ではなく図書室だった。その間、私は向日葵にいろいろ説明をしていた。
「なるほどー。茅さんのお兄さんだったの。」
「そう。あまり仲のいい兄弟じゃないから、私を利用して連絡しようとしてるらしくて。」
「いい潤滑油ってわけ?」
「まぁね。面倒だけど。でも茅さんもたまには「窓」に来るから。」
そうでも説明しないと、たぶん向日葵は納得しないだろうな。
向日葵も図書室にやってくる。図書室は今から受験する生徒なんかが、ちらちらといてみんな必死に勉強をしている。私たちは邪魔をしないように、そっと本を見ていた。
「桜さん。」
声をかけられたのは私だけだった。それは藤堂先生で、この寒いのにスーツだけを着ている。
「先生。」
「向日葵さん。ちょっと彼女を借りていいですか。」
「えぇ。どうぞ。」
彼はそう言って私にベランダにでるように促した。そこでならたぶん誰にも話が漏れない。
「この間、茅と一緒に都会へ行ったと聞いた。」
「えぇ。」
「特に何もなかったのか。」
「何も。とは?」
彼は少し黙り込み、外を見る。ここからなら部活をしている生徒の音も聞こえるからだ。
「何もありませんよ。」
「姉には会ったと聞いた。」
「あぁ。菖蒲さんに。」
「……菖蒲の方だったか。良かった。」
彼はほっとしたような表情になる。何があったのだろうか。
「何が?」
「百合姉さんがまた帰国すると言ってきてな。近々みんなで会うようになった。」
「……百合さんが?」
「と言っても一時帰国だ。あっちの戸籍をまたこっちに移すとなると、いろいろ大変だしな。」
「……。」
「あなたも気をつけた方がいい。」
「私が?」
「あぁ。柊を一番恨んでいるのは、当人の百合姉さんだ。百合姉さんはあぁ見えて気が強い人だし、あなたに危害が及ぶかもしれない。」
「気が強いのは……知ってます。」
「え?」
「会いはしませんでしたけど、一度見ましたから。」
「……。」
「一つ、聞いていいですか。」
「何を?」
「百合さんの子供のことです。」
その言葉にわずかに彼は表情を変えた。やっぱり知っているのか。と言うか知ってて当然か。紛れもなく自分の姪なのだから。
「似ていますか。」
「誰にだ。」
「……。」
どきどきした。とてもまともな神経では聞けるようなことではないのだから。
「……似てると言えば似ている。背は高い方だと思う。だから向こうの国でもあまり違和感がないようだ。」
「そうでしたか。」
「だが女性にしては百合姉さんも背が高い人だ。だからその血は、百合姉さんに似ているとも言える。」
彼なりの慰めなのだろう。だけどその慰めは、私に光を与えてくれることはない。
「……。」
「子供の件は、あまり考えない方がいい。あのときは百合姉さんも、あなたの母親と同じような立場だったのだから。」
「あなたは……母の恋人だと言っていました。それを知っていて、あなたも母を愛している時期があったのですか。」
その言葉には彼も黙ってしまった。昔のことだからだろう。
「あった。そして……今でも……。」
「今も?」
すると彼は少し笑う。
「あなたは母親似だな。誘導尋問は得意なようだ。」
「そんなつもりはありません。」
するとベランダの向こうで向日葵がノックをした。
「あぁ。すいません。ちょっと友達と出かける約束をしていて。」
「そうか。悪かった。手間をとらせて。」
「いいえ。先生。出来ればもう母のことは忘れてください。母はもう新しい恋人がいるんです。」
「そのようだ。」
もう彼にとっては昔のことなのかもしれない。だから笑って言える。だけど彼の「今でも」と言う言葉が引っかかった。
「ねー。桜。社会人にクリスマスプレゼントって何あげてるの?」
向日葵はそう聞いてきた。私は課題のチェックをしていたけれど、その手を止めて彼女の話につきあう。
「そうね。去年は時計だったかな。」
「時計?」
「そ、腕時計。」
「時計ねぇ。今年は何?」
「……まだ決めてなくてね。というか今日会えるかわからないし。」
「クリスマスだよー。何で会えないの?」
「忙しい人だから。」
柊さんは今日大きなイベントがあって、私の元に来れるのかわからない。だけど終わったら部屋に来ると言っているし、気長に待つことにした。
「私も今日はバイトだし。」
「クリスマスまで働くの?すごいねぇ。」
「クリスマスなんて普通の日よ。私、無宗教だし。」
「でもさぁ。ケーキくらい食べたいじゃん。」
「向日葵は彼氏の所に行くの?」
「うん。もちろん。でもプレゼント決まってなくてさぁ。桜、つきあってくれない?」
「え?私のセンスでいいの?」
「うん。バイトって四時からでしょ?ちょっと時間あるじゃん。」
「そうね。じゃあ、そうしようか。」
そのとき担任がやってきて、教室はまたいつもの空気になる。
高校三年生の三学期は、一ヶ月くらいしか学校に通わない。後は仮卒のあと、卒業。
少し間があって就職って人が多いらしい。向日葵は私がこの間行った都会の片隅にある美容師の専門学校へ行く。きっとさらに派手になるのかなぁ。
担任の話も終わり、向日葵と一緒に教室を出ようとしたときだった。私の携帯電話が鳴った。
「……。」
「どうしたの?」
「うーん。向日葵、ちょっと待てる?」
「いいけど。」
「ちょっと呼び出された。」
「誰に?」
「藤堂先生。」
「は?何で?っていうか、何で連絡先なんて知っているの?」
先生が指定したのは、職員室ではなく図書室だった。その間、私は向日葵にいろいろ説明をしていた。
「なるほどー。茅さんのお兄さんだったの。」
「そう。あまり仲のいい兄弟じゃないから、私を利用して連絡しようとしてるらしくて。」
「いい潤滑油ってわけ?」
「まぁね。面倒だけど。でも茅さんもたまには「窓」に来るから。」
そうでも説明しないと、たぶん向日葵は納得しないだろうな。
向日葵も図書室にやってくる。図書室は今から受験する生徒なんかが、ちらちらといてみんな必死に勉強をしている。私たちは邪魔をしないように、そっと本を見ていた。
「桜さん。」
声をかけられたのは私だけだった。それは藤堂先生で、この寒いのにスーツだけを着ている。
「先生。」
「向日葵さん。ちょっと彼女を借りていいですか。」
「えぇ。どうぞ。」
彼はそう言って私にベランダにでるように促した。そこでならたぶん誰にも話が漏れない。
「この間、茅と一緒に都会へ行ったと聞いた。」
「えぇ。」
「特に何もなかったのか。」
「何も。とは?」
彼は少し黙り込み、外を見る。ここからなら部活をしている生徒の音も聞こえるからだ。
「何もありませんよ。」
「姉には会ったと聞いた。」
「あぁ。菖蒲さんに。」
「……菖蒲の方だったか。良かった。」
彼はほっとしたような表情になる。何があったのだろうか。
「何が?」
「百合姉さんがまた帰国すると言ってきてな。近々みんなで会うようになった。」
「……百合さんが?」
「と言っても一時帰国だ。あっちの戸籍をまたこっちに移すとなると、いろいろ大変だしな。」
「……。」
「あなたも気をつけた方がいい。」
「私が?」
「あぁ。柊を一番恨んでいるのは、当人の百合姉さんだ。百合姉さんはあぁ見えて気が強い人だし、あなたに危害が及ぶかもしれない。」
「気が強いのは……知ってます。」
「え?」
「会いはしませんでしたけど、一度見ましたから。」
「……。」
「一つ、聞いていいですか。」
「何を?」
「百合さんの子供のことです。」
その言葉にわずかに彼は表情を変えた。やっぱり知っているのか。と言うか知ってて当然か。紛れもなく自分の姪なのだから。
「似ていますか。」
「誰にだ。」
「……。」
どきどきした。とてもまともな神経では聞けるようなことではないのだから。
「……似てると言えば似ている。背は高い方だと思う。だから向こうの国でもあまり違和感がないようだ。」
「そうでしたか。」
「だが女性にしては百合姉さんも背が高い人だ。だからその血は、百合姉さんに似ているとも言える。」
彼なりの慰めなのだろう。だけどその慰めは、私に光を与えてくれることはない。
「……。」
「子供の件は、あまり考えない方がいい。あのときは百合姉さんも、あなたの母親と同じような立場だったのだから。」
「あなたは……母の恋人だと言っていました。それを知っていて、あなたも母を愛している時期があったのですか。」
その言葉には彼も黙ってしまった。昔のことだからだろう。
「あった。そして……今でも……。」
「今も?」
すると彼は少し笑う。
「あなたは母親似だな。誘導尋問は得意なようだ。」
「そんなつもりはありません。」
するとベランダの向こうで向日葵がノックをした。
「あぁ。すいません。ちょっと友達と出かける約束をしていて。」
「そうか。悪かった。手間をとらせて。」
「いいえ。先生。出来ればもう母のことは忘れてください。母はもう新しい恋人がいるんです。」
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