250 / 355
二年目
250
しおりを挟む
本社の中に入り今度連れてこられたのは、人事課だった。蓮さんはそこで働いている。
別の部屋に連れてこられ合格したことを言うと、蓮さんは冷静に契約書を持ってきた。
「契約は来年の四月一日から。入社式だけにこっちに来てください。あとは○×市へ研修です。」
「わかりました。」
「正直、こんなに早くライセンスを取るとは思わなかったのですがね。」
「何回か失敗するかもしれないと持ってましたか。」
「えぇ。エスプレッソマシンは兄の店にありませんし。何度も淹れたこともなければ無理だろうと思ってました。」
「……。」
「しかしまぁ、受かっているのは事実ですからね。どうですか、このまま二級や一級までとりますか?」
「資格には興味ありませんけど、でもあぁやってコーヒーのことを話し合える人がいるのは幸せなことです。私は葵さんの所に三年間いましたけど、どうしても葵さんとコーヒーの話は異星人と話しているくらい話が通じないので。」
「兄は、別の星からきたのですか。」
「そんな意味で言ったんじゃないです。」
「わかってますよ。」
少し笑い、蓮さんは資料を渡してくれた。
「今日は一人で来られたわけではないんですよね。」
その言葉に私は少しドキリとした。
「えぇ。」
「藤堂茅さんと一緒に来たと聞いています。」
「はい。」
「あなたの恋人がよく許しましたね。」
「どういう意味ですか。」
「一度しか会ったことがありませんが、あなたの恋人はとても嫉妬深そうに見えました。それがほかの男性と一緒に泊まりがけでこの町にやってくるというのを、よく許したなと思ったんです。」
入れられたお茶を口に含み、私は彼を見上げた。
「茅さんを信用しているみたいですよ。彼の後輩ですし、もし何かあれば……。」
何かはあった。だけど言えないのだ。
「どうしました?」
「私には想像がつかないことが、茅さんの身に降りかかるかもしれませんね。」
「怖い人ですね。ですが、私の兄もそれくらいはしそうです。全く、あまり一般人には関わりがない方が良い人たちばかりだ。」
まるで他人事だ。実際他人事なのだろう。私だって、彼らに関わるまではどこか別の世界の人たちだと思っていた。
「あぁ、それから一つ。言っておかないといけないことがあるのですが。」
「どうしました。」
「あの建物は市の持ち物です。当然、母もそうですが市から雇われています。」
「はぁ。」
「ところがあの一角は、母がいなくなればうちが買い取りをする形になります。それまではあなたも市の依託という形で入らなければいけません。」
「市役所の職員ですか?」
「いいえ。あくまでうちが雇って、母から引継をするだけという形ですね。それだけのことをしなければいけません。あなた一人に、全てがかかっているのですよ。」
市を動かして、会社を動かして、それでもしたかったカフェ事業。その一端をいきなり請け負うというのだ。
「あの……私……そんな大役を?」
「今更止められません。だから、上手くやっていってください。特に、茅とは。」
蓮さんはそういって私に資料を手渡した。彼はきっと茅さんとの関係を疑っている。十七、八の女と二十七の男。七歳と十七とは違うのだ。もうすでに男と女だ。何があってもおかしくない。それはきっと柊さんと何かあるよりももっと自然なのだろう。
蓮さんと部屋を出てくると、私は一礼をしてその場を後にしようとした。するとたぶん蓮さんと同じ立場の女性たちが、ひそひそとこちらを見て何か話している。
「あの子さ……。」
「えー?でもまだ子供じゃん。あるわけないって。」
年齢が変わってもこの手の話題はつきないな。想像でモノを言うバカ女。さっさと仕事に戻れよ。
「林田さん、頼んでいた資料は仕上がりましたか。」
「あ、すいません。もう少しで……。」
「くだらないおしゃべりをしてる暇があったら、さっさと仕上げてください。残業代がでているのですから、無駄な経費を出してはいけません。」
うーん。きつい言い方だ。でもそのお陰で、私に向けられていた噂が消えて、蓮さんへの不満に変わる。
そして蓮さんに引き連れられて、エレベーターへ向かう。もう用事は終わったらしい。
「すいませんね。桜さん。」
「何がですか。」
「あなたの噂はこの会社で持ちきりです。新入社員にしてみては、異例の待遇ですからね。あなたの噂だけが一人歩きしています。」
「……そうだろうなとは思ってました。高卒で、ほかの支社にも行くこともなく、新プロジェクトに関わるなんてことは普通ではあり得ませんから。」
「しかしそれはあなたの実力を見てのことです。私も、あの町にいた支社長も、昨日会った社長も、そして茅も……あなたのことを見て、それで判断しました。ほかのモノがなんと言おうと、もう変えられません。」
「文句を言う前に、自分の仕事をしろ。あなたと働いていたとき、いつもそう言っていましたね。」
「えぇ。」
「そのスタンスは今でも変わらない。」
「フフ。そうですね。あぁ。エレベーターが着きましたよ。茅を待ちますか。」
「はい。一階のエントランスで待ってろと言われましたから。」
「では、また会いましょう。」
「今度は入社式ですかね。」
「えぇ。」
エレベーターに乗り込み、私は下まで降りていく。その間に何人かの人が乗ってきて、そして降りていく。一階まで降りないのは、きっとまだ仕事が残っている人が多いからだろう。
茅さんは本来こんな仕事をする人だったという。仕事のできる人だと言った。そして並外れたコネクションと、行動力がさらに仕事人間にさせている。
本来、事務仕事をしながら、新プロジェクトの責任者などできないはずだ。
別の部屋に連れてこられ合格したことを言うと、蓮さんは冷静に契約書を持ってきた。
「契約は来年の四月一日から。入社式だけにこっちに来てください。あとは○×市へ研修です。」
「わかりました。」
「正直、こんなに早くライセンスを取るとは思わなかったのですがね。」
「何回か失敗するかもしれないと持ってましたか。」
「えぇ。エスプレッソマシンは兄の店にありませんし。何度も淹れたこともなければ無理だろうと思ってました。」
「……。」
「しかしまぁ、受かっているのは事実ですからね。どうですか、このまま二級や一級までとりますか?」
「資格には興味ありませんけど、でもあぁやってコーヒーのことを話し合える人がいるのは幸せなことです。私は葵さんの所に三年間いましたけど、どうしても葵さんとコーヒーの話は異星人と話しているくらい話が通じないので。」
「兄は、別の星からきたのですか。」
「そんな意味で言ったんじゃないです。」
「わかってますよ。」
少し笑い、蓮さんは資料を渡してくれた。
「今日は一人で来られたわけではないんですよね。」
その言葉に私は少しドキリとした。
「えぇ。」
「藤堂茅さんと一緒に来たと聞いています。」
「はい。」
「あなたの恋人がよく許しましたね。」
「どういう意味ですか。」
「一度しか会ったことがありませんが、あなたの恋人はとても嫉妬深そうに見えました。それがほかの男性と一緒に泊まりがけでこの町にやってくるというのを、よく許したなと思ったんです。」
入れられたお茶を口に含み、私は彼を見上げた。
「茅さんを信用しているみたいですよ。彼の後輩ですし、もし何かあれば……。」
何かはあった。だけど言えないのだ。
「どうしました?」
「私には想像がつかないことが、茅さんの身に降りかかるかもしれませんね。」
「怖い人ですね。ですが、私の兄もそれくらいはしそうです。全く、あまり一般人には関わりがない方が良い人たちばかりだ。」
まるで他人事だ。実際他人事なのだろう。私だって、彼らに関わるまではどこか別の世界の人たちだと思っていた。
「あぁ、それから一つ。言っておかないといけないことがあるのですが。」
「どうしました。」
「あの建物は市の持ち物です。当然、母もそうですが市から雇われています。」
「はぁ。」
「ところがあの一角は、母がいなくなればうちが買い取りをする形になります。それまではあなたも市の依託という形で入らなければいけません。」
「市役所の職員ですか?」
「いいえ。あくまでうちが雇って、母から引継をするだけという形ですね。それだけのことをしなければいけません。あなた一人に、全てがかかっているのですよ。」
市を動かして、会社を動かして、それでもしたかったカフェ事業。その一端をいきなり請け負うというのだ。
「あの……私……そんな大役を?」
「今更止められません。だから、上手くやっていってください。特に、茅とは。」
蓮さんはそういって私に資料を手渡した。彼はきっと茅さんとの関係を疑っている。十七、八の女と二十七の男。七歳と十七とは違うのだ。もうすでに男と女だ。何があってもおかしくない。それはきっと柊さんと何かあるよりももっと自然なのだろう。
蓮さんと部屋を出てくると、私は一礼をしてその場を後にしようとした。するとたぶん蓮さんと同じ立場の女性たちが、ひそひそとこちらを見て何か話している。
「あの子さ……。」
「えー?でもまだ子供じゃん。あるわけないって。」
年齢が変わってもこの手の話題はつきないな。想像でモノを言うバカ女。さっさと仕事に戻れよ。
「林田さん、頼んでいた資料は仕上がりましたか。」
「あ、すいません。もう少しで……。」
「くだらないおしゃべりをしてる暇があったら、さっさと仕上げてください。残業代がでているのですから、無駄な経費を出してはいけません。」
うーん。きつい言い方だ。でもそのお陰で、私に向けられていた噂が消えて、蓮さんへの不満に変わる。
そして蓮さんに引き連れられて、エレベーターへ向かう。もう用事は終わったらしい。
「すいませんね。桜さん。」
「何がですか。」
「あなたの噂はこの会社で持ちきりです。新入社員にしてみては、異例の待遇ですからね。あなたの噂だけが一人歩きしています。」
「……そうだろうなとは思ってました。高卒で、ほかの支社にも行くこともなく、新プロジェクトに関わるなんてことは普通ではあり得ませんから。」
「しかしそれはあなたの実力を見てのことです。私も、あの町にいた支社長も、昨日会った社長も、そして茅も……あなたのことを見て、それで判断しました。ほかのモノがなんと言おうと、もう変えられません。」
「文句を言う前に、自分の仕事をしろ。あなたと働いていたとき、いつもそう言っていましたね。」
「えぇ。」
「そのスタンスは今でも変わらない。」
「フフ。そうですね。あぁ。エレベーターが着きましたよ。茅を待ちますか。」
「はい。一階のエントランスで待ってろと言われましたから。」
「では、また会いましょう。」
「今度は入社式ですかね。」
「えぇ。」
エレベーターに乗り込み、私は下まで降りていく。その間に何人かの人が乗ってきて、そして降りていく。一階まで降りないのは、きっとまだ仕事が残っている人が多いからだろう。
茅さんは本来こんな仕事をする人だったという。仕事のできる人だと言った。そして並外れたコネクションと、行動力がさらに仕事人間にさせている。
本来、事務仕事をしながら、新プロジェクトの責任者などできないはずだ。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
亡くなった王太子妃
沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。
侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。
王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。
なぜなら彼女は死んでしまったのだから。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
お父様お母様、お久しぶりです。あの時わたしを捨ててくださりありがとうございます
柚木ゆず
恋愛
ヤニックお父様、ジネットお母様。お久しぶりです。
わたしはアヴァザール伯爵家の長女エマとして生まれ、6歳のころ貴方がたによって隣国に捨てられてしまいましたよね?
当時のわたしにとってお二人は大事な家族で、だからとても辛かった。寂しくて悲しくて、捨てられたわたしは絶望のどん底に落ちていました。
でも。
今は、捨てられてよかったと思っています。
だって、その出来事によってわたしは――。大切な人達と出会い、大好きな人と出逢うことができたのですから。
【完結】お父様の再婚相手は美人様
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
シャルルの父親が子連れと再婚した!
二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。
でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる