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二年目
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玄関のドアが開く音がして、足音が聞こえる。入ってきたのは柊さんと茅さんだった。茅さんは私がいてもかまわず部屋に入ってくるのは知っている。以前もそうだった。だけど今は意味合いが全く違う気がする。
「仕事はどうした。サボリか。」
「外回りの帰り。遅く帰るのなんかいつも通りで、もうみんな慣れたな。」
そういって茅さんは鞄の中から、レコードジャケットを柊さんに差し出した。
「これだろ?」
柊さんはそれを受け取ると、その紙のジャケットを確認した。
「ありがてぇ。この国じゃ手に入らないからな。」
「だろ?俺のネットワークに感謝しろよ。」
「あぁ。そうだな。それだけは感謝する。」
「お前夜ほとんどいねぇじゃん。こんな時じゃねぇと渡せねぇと思ってな。邪魔かもしれねぇけど。」
「別にかまわない。お前だしな。」
信用しているわけだ。でもその信用を裏切ってるわけだけど。
「昨日は世話になったな。」
その言葉には色んな意味が込められている。それはわかってるから、あくまで冷静に返す。
「高校生の劇なんてつまらなかったでしょう?」
「いいや。面白かった。結構客もいたな。」
「そうですね。」
柊さんがレコードをかけようとしている間、私は席を立ちキッチンへ向かう。コーヒーでも淹れようかと思ったのだ。
よく片づいたキッチンだ。一口コンロしかないけれど、綺麗に使われている。五徳に錆一つない。ポットはないみたいだから、ヤカンに水を淹れてお湯を沸かそうとしたときだった。
「桜。コーヒーはインスタントしかないってさ。」
「そうでしたか。」
茅さんがやってきて、部屋につながるドアを閉めてこちらに来た。
「カップは戸棚の中にあるらしい。」
そういって彼は戸棚を開けた。カップはあるにはあるがすべてバラバラだ。多分貰ったりしたモノばかりなんだろう。
「どれがいい?」
「どれでもいいんじゃないんですか。」
私も戸棚へ向かう。すると彼は私の腰に手を回そうとしてきた。
「何をするんですか。」
小声で聞いて、彼を見上げる。少しバカにしたような表情で私を見下ろした。
「スリルあるだろ?」
耳元でそう囁いた。私は呆れたようにその手を払いのけた。
「バカじゃないの。」
部屋から音楽が流れてきた。柊さんはもうその音楽の中にいるのかもしれない。
私は戸棚から適当にカップを出して、その下にあるインスタントのコーヒーの瓶を取り出した。
「レコードの方がいいな。」
柊さんは満足そうにその紙ジャケットを見ていた。
「そんなもんかね。俺にはわからんよ。」
「どんなつてなんだ。こんなレアなレコードが手にはいるようなつては。」
「別にこの国では手に入りにくいってだけだろ?他の国へ行けば割と手に入りやすいってことだ。」
「羨ましいことだ。この国で生産されたレコードでも、手に入らないモノもあるというのに。」
赤いジャケットの紙レコードに、またレコードをしまう。そして柊さんはコーヒーを口にした。
「そういえばお前、春から○×市へ行くんだろ?」
「あぁ。」
「DJどうすんだ?」
「あまり呼ばれない限りは行かない。どっちにしてもこれは遊びも兼ねているし、小遣い稼ぎくらいにしかならないし。」
「それにしちゃ、最近よく呼ばれてるらしいじゃん。」
「……ちょっと物入りでな。」
柊さんはそういって煙草を取り出した。物入りって何のお金が必要なんだろう。
そのとき私の脳裏に百合さんの言葉がよぎった。百合さんが私生児で産んだ女の子。その子供の養育費?そのために稼いでるっていうこと?
ヤバい。手が震える。ばれる。おかしいって。
「物入り?」
「あぁ。式くらいは挙げたいと思って。」
「は?」
その言葉に私の震えが一気に止まった。そして柊さんをみる。すると彼は恥ずかしそうに、頭を掻いた。
「卒業したらとりあえず籍は入れようと思ってた。だから、式だけ。」
「は?結婚すんの?」
その言葉に茅さんも驚いたようだった。
「あぁ。」
「……。」
今度は茅さんが一瞬黙ってしまった。結婚とは思っても見なかった言葉だったのかもしれない。
「……そっか。でも桜はそれでいいのか?」
「え?」
急に話を振られて、私は驚いたように茅さんと柊さんを代わる代わる見た。
「一応、俺は直属の上司になるし、お前が就職してすぐ結婚するっていうんだったら、ちょっと考えないといけないこともあるしさ。」
「何を考えることがあるんだ。」
今度は柊さんが言葉を発した。その言葉にはわずかに怒りが込められている気がする。
「子供でも出来たら、自由が利かなくなるだろ?そしたら会社としては、打撃が大きい。」
茅さんは柊さんに向き直っていう。
「こいつは特例でウチで雇うことになってるんだ。瑠璃さんの技術を学んで貰うために○×市へ行く。瑠璃さんがいつまであそこにいるのかわからないけど、最終的にはこっちに戻ってこっちでその技術を新米のバリスタたちに学んで貰いたいと思ってる。」
「……それは……。」
それはそうだろう。そのために私に投資しているような形なのだから。
「結婚は待ってくれ。」
「結婚は勝手だろう。子供はどうかわからないが。」
「あぁ。そうだろうな。お前もう三十一だっけ?確かに焦るよな。こいつは若いからいいけどよ。」
あーあ。何でそんな喧嘩腰なんだよ。
……ん?多分違うな。これ、もしかしたら……嫉妬?
「仕事はどうした。サボリか。」
「外回りの帰り。遅く帰るのなんかいつも通りで、もうみんな慣れたな。」
そういって茅さんは鞄の中から、レコードジャケットを柊さんに差し出した。
「これだろ?」
柊さんはそれを受け取ると、その紙のジャケットを確認した。
「ありがてぇ。この国じゃ手に入らないからな。」
「だろ?俺のネットワークに感謝しろよ。」
「あぁ。そうだな。それだけは感謝する。」
「お前夜ほとんどいねぇじゃん。こんな時じゃねぇと渡せねぇと思ってな。邪魔かもしれねぇけど。」
「別にかまわない。お前だしな。」
信用しているわけだ。でもその信用を裏切ってるわけだけど。
「昨日は世話になったな。」
その言葉には色んな意味が込められている。それはわかってるから、あくまで冷静に返す。
「高校生の劇なんてつまらなかったでしょう?」
「いいや。面白かった。結構客もいたな。」
「そうですね。」
柊さんがレコードをかけようとしている間、私は席を立ちキッチンへ向かう。コーヒーでも淹れようかと思ったのだ。
よく片づいたキッチンだ。一口コンロしかないけれど、綺麗に使われている。五徳に錆一つない。ポットはないみたいだから、ヤカンに水を淹れてお湯を沸かそうとしたときだった。
「桜。コーヒーはインスタントしかないってさ。」
「そうでしたか。」
茅さんがやってきて、部屋につながるドアを閉めてこちらに来た。
「カップは戸棚の中にあるらしい。」
そういって彼は戸棚を開けた。カップはあるにはあるがすべてバラバラだ。多分貰ったりしたモノばかりなんだろう。
「どれがいい?」
「どれでもいいんじゃないんですか。」
私も戸棚へ向かう。すると彼は私の腰に手を回そうとしてきた。
「何をするんですか。」
小声で聞いて、彼を見上げる。少しバカにしたような表情で私を見下ろした。
「スリルあるだろ?」
耳元でそう囁いた。私は呆れたようにその手を払いのけた。
「バカじゃないの。」
部屋から音楽が流れてきた。柊さんはもうその音楽の中にいるのかもしれない。
私は戸棚から適当にカップを出して、その下にあるインスタントのコーヒーの瓶を取り出した。
「レコードの方がいいな。」
柊さんは満足そうにその紙ジャケットを見ていた。
「そんなもんかね。俺にはわからんよ。」
「どんなつてなんだ。こんなレアなレコードが手にはいるようなつては。」
「別にこの国では手に入りにくいってだけだろ?他の国へ行けば割と手に入りやすいってことだ。」
「羨ましいことだ。この国で生産されたレコードでも、手に入らないモノもあるというのに。」
赤いジャケットの紙レコードに、またレコードをしまう。そして柊さんはコーヒーを口にした。
「そういえばお前、春から○×市へ行くんだろ?」
「あぁ。」
「DJどうすんだ?」
「あまり呼ばれない限りは行かない。どっちにしてもこれは遊びも兼ねているし、小遣い稼ぎくらいにしかならないし。」
「それにしちゃ、最近よく呼ばれてるらしいじゃん。」
「……ちょっと物入りでな。」
柊さんはそういって煙草を取り出した。物入りって何のお金が必要なんだろう。
そのとき私の脳裏に百合さんの言葉がよぎった。百合さんが私生児で産んだ女の子。その子供の養育費?そのために稼いでるっていうこと?
ヤバい。手が震える。ばれる。おかしいって。
「物入り?」
「あぁ。式くらいは挙げたいと思って。」
「は?」
その言葉に私の震えが一気に止まった。そして柊さんをみる。すると彼は恥ずかしそうに、頭を掻いた。
「卒業したらとりあえず籍は入れようと思ってた。だから、式だけ。」
「は?結婚すんの?」
その言葉に茅さんも驚いたようだった。
「あぁ。」
「……。」
今度は茅さんが一瞬黙ってしまった。結婚とは思っても見なかった言葉だったのかもしれない。
「……そっか。でも桜はそれでいいのか?」
「え?」
急に話を振られて、私は驚いたように茅さんと柊さんを代わる代わる見た。
「一応、俺は直属の上司になるし、お前が就職してすぐ結婚するっていうんだったら、ちょっと考えないといけないこともあるしさ。」
「何を考えることがあるんだ。」
今度は柊さんが言葉を発した。その言葉にはわずかに怒りが込められている気がする。
「子供でも出来たら、自由が利かなくなるだろ?そしたら会社としては、打撃が大きい。」
茅さんは柊さんに向き直っていう。
「こいつは特例でウチで雇うことになってるんだ。瑠璃さんの技術を学んで貰うために○×市へ行く。瑠璃さんがいつまであそこにいるのかわからないけど、最終的にはこっちに戻ってこっちでその技術を新米のバリスタたちに学んで貰いたいと思ってる。」
「……それは……。」
それはそうだろう。そのために私に投資しているような形なのだから。
「結婚は待ってくれ。」
「結婚は勝手だろう。子供はどうかわからないが。」
「あぁ。そうだろうな。お前もう三十一だっけ?確かに焦るよな。こいつは若いからいいけどよ。」
あーあ。何でそんな喧嘩腰なんだよ。
……ん?多分違うな。これ、もしかしたら……嫉妬?
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