夜の声

神崎

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二年目

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 茅さんという人は感情が本当にむき出しの人だ。柊さんのように表に出にくい人というわけでも、葵さんのように感情を押し殺しているような人でもない。
 だから劇を見て笑ったり、怒ったり、深くうなずいたり、なんか三十分くらいの劇だったのにとても忙しい人だ。
「面白かった。柊がいうのもわかる。」
「そう?」
「男女逆転っていうのも良いな。あれは白雪姫か。ベースは。」
「そうよ。」
 そういえばもう竹彦は見なかったな。もう帰っちゃったのかな。まぁ、やめた人だしそんなに長い間は居づらいよね。
「なぁ。ここって図書室どこ?」
「図書室?あるけど、今日は開いてるかなぁ。」
「連れてって。」
「本とか読むの?」
「意外?俺、結構本好きだけど。」
 まぁ前にヒジカタコーヒーの手伝いに行ったとき、英語じゃないような言葉もぺらぺらだったもんな。そういった意味では、博識なのかも。
「こっち。」
 校舎を渡って、向かい側の校舎に行く。ここは特進クラスが入っているから、私たちはほとんど来ることはない。用事があるのは本当に図書館くらいだろう。
「特進クラスの奴は何にもしてねぇの?」
「してるけど、あまり力は入ってないの。」
 そんなことよりお勉強をしなさいっていうのが彼らだから。
 その校舎の一番上。一番日当たりの良いところが図書室。
 ドアを開けると、一応開いていた。だけど人はいなかった。先生すらいないぞ。
「……誰もいねぇな。」
「一応、解放しているってことなんでしょ。」
 私は奥の棚へ向かい、一冊の本を手に取った。それは白雪姫が載っているヨーロッパの民話の本。別にそれを参考にしたわけじゃないけど。
「桜。」
 彼は私を手招きする。そして見せてくれたその本は、洋書だった。
「読めないわ。」
「高校行ってねぇ俺でも読めんのに?」
「いきなりいわれても読めないってことよ。」
「良いか?」
 彼はその本を開いて私に見せる。思わず近い距離だ。
「「Schneewittchan」白雪姫だろ?」
「英語ですらないじゃない。」
「るせーな。」
 すると彼は私の手を握ってきた。
「……何?」
「学校でするってなんか燃えるな。」
「勝手に燃えてなさいな。」
 そういって私は手を離した。すると彼は更に近寄って私を見下ろす。
「柊ともしたの?ここで?」
「何もしてないわ。常識ある人だもの。」
「常識ね。」
 逃げるように奥の棚へ行く。あぁ。こんなことをするくらいだったら、クラスに戻った方が良かったかなぁ。
「まぁ、奴の場合お前に手を出したらクビもあっただろうしな。じゃあ家でしかしてないのか?すげぇ真面目じゃん。三十過ぎのやることかよ。」
「人それぞれよ。あなたを基準にしないで。」
「俺なら、いつでもついていてやりてぇけど。」
 まるで追いかけっこだ。私が逃げて、彼が追いかける。捕まれば何をされるかわからない。あぁ。さっさと司書の先生戻ってこないかな。
「捕まえた。」
 手首を捕まれて、引き寄せられた。
「駄目。誰が来るかわからないわ。」
「誰も来なきゃ良いのかよ。」
「そんな問題じゃないわ。」
「なぁ。桜。今夜、柊がいないんだろう?」
「だって言ってたけど……。」
「俺の部屋に来いよ。」
「行かない。疲れてるの。明日、体育祭だし。」
「無けりゃ行くのかよ。」
「それが無くても行かない。私は柊しか見てないのよ。」
「本当に?」
 そう改めて言われると、どうなんだろう。ううん。柊しか見てない。茅さんがどれだけ言っても、心は……。
「本当に。」
「……ふーん。でも俺、お前のバイト終わり待ってるから。」
「待っても行かないわ。」
 腕の力が強くなる。そして思いっきり引き寄せられると、彼は私の顎に手を当てて、唇を合わせてきた。軽いキス。
「やめて。そんなこと。本当に……。」
「まぁいいや。帰るわ。俺。」
「……さっさと帰って。」
 そういって彼は出口の方へ向かっていった。

 学校が終わって、そのままバイトへ向かう。「窓」を開けると、葵さんが一人でコーヒーを淹れていた。そしてカウンターには柊さんがいる。
「柊。」
「用事の前にコーヒーが飲みたくてな。」
「そうだったの。」
 カウンターの向こうでコーヒーを淹れた葵さんは、彼の前にコーヒーを置いた。そして壁にはまたバイト募集の紙が貼られている。茜さんは、あのイベントの場にいて薬に手を出したらしく解雇したらしい。まぁ、ヤク中の人なんか雇えないだろうな。
「本当のことを言えばいいじゃないですか。柊。」
「本当のこと?何を?」
「言えるか。こんなところで。バカか。葵。」
「ほかにお客さんはいませんよ。私は聞いてませんから。」
「何?」
 私は彼のところへやってきて、彼を見上げた。
「……くそ。ヤキモチを焼いたなんて言えるかよ。」
「ヤキモチ?」
 どんなことでヤキモチを焼いてたって言うの?まさか茅さんのことがばれたって言うんじゃ……。
「あなたのクラスの劇の時、あなたのそばに竹彦君がいた。彼はあなたに何か話してましたね。思ったよりも顔近く。」
 あー。確かに。劇の時だったから小声で話さないといけなかったから、顔は自然に近くなったなぁ。
「あんなことで?」
「くそ。だから言いたくなかったんだ。一応、俺にも不安はあるんだ。本当なら同級生がいいんじゃねぇのかとか。」
 その言葉に、思わず葵さんは吹き出した。
「何だよ。」
「いいえ。案外小さい人だなと思ったんです。」
 私はあきれたように彼に言う。
「前からですよ。でも安心したわ。」
「何がだよ。」
「私も同じことを思ってたから。」
「え?」
「同じくらいの歳の人がいいんじゃないかってね。」
 今度は葵さんが呆れたように言う。
「まぁ。なんて言うか……。羨ましいくらいアツアツですね。」
「やめてくださいよ。葵さん。」
「……本当に嫉妬しますよ。」
 笑顔のまま言う彼はそれが本音なのか、全く見えなかった。
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