夜の声

神崎

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二年目

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 朝食を終えると、茅さんは帰って行った。したい仕事があるからということらしい。
 私は掃除をしたり、シーツやリネン系を洗ったりして過ごしていた。何かしていないとイヤな想像で押しつぶされそうだったから。
 秋の緩やかな日差しの中、私は雑巾で床を拭いている手を止めてその日差しを見た。
「桜。」
 振り返ると、母さんがどこかへいく格好でこちらを見ていた。
「どっか行くの?」
「えぇ。デートよ。○×市の温泉。あんたこの間行ったんでしょ?どうだった?」
「良いところだったわ。ご飯も美味しいし。」
「ふーん。紅葉が綺麗だって言ってたわね。彼氏が。」
「いいんじゃない?行ってらっしゃい。」
「あんたも一度外出たら?」
「今日バイトだよ。」
「じゃなくって、どっか散歩でもしてきたらってこと。この中にいたら、あんた絶対考えすぎるから。それが不安で茅もいたんでしょ?」
「……そうね。」
「それにしても……あんた、茅といたほうがなんか自然ね。歳が近いからかしら。」
「関係ないわ。さっきも言ったけど、茅さんとはどうにもならないから。上司と部下。それ以上にもそれ以下にもきっとならない。」
「そうかしら。茅はそう思ってないでしょ?」
「どうかな。」
「まぁいいわ。あんたのことだし。あ、でも二股は駄目よ。絶対ばれるんだから。柊さんのようにね。」
「……。」
「柊さんをどうせ許すんでしょ?あんた。」
「えぇ。」
「甘やかしちゃ駄目よ。調子乗るんだから。男は。あ、そういうことだから、今日は夕食自分で何とかして。」
 そういって彼女は家を出て行った。
 二股ねぇ。どうなんだろう。私が茅さんと一緒のベッドで眠っていたのと、柊さんが百合さんと寝る。行為はしていないにしても浮気とはとられないだろうか。
 少なくとも私は、きっと茅さんに依存し始めている気がした。それは恋心ではないにしても、柊さんに足りないところを求めている。それは浮気とは言わないのだろうか。

 バイトは十六時から。だけど少し早めに家をでた。母さんに言われたからじゃないけど、やっぱり気が重くなるのは確かだ。少し気を晴らそう。
 アパートを出て、コンビニの前にさしかかったとき携帯電話が鳴った。相手は柊さんだった。
「もしもし。」
「連絡が出来なかった。悪かったな。」
「いいえ。大丈夫よ。今どこにいるの?」
「今やっと解放されてな。」
「解放?」
「あぁ。」

 二十二時三十分。柊さんはクラブを後にした。用事があるし、それにクラブからは妙な匂いがしてくらくらする。その匂いの正体を彼はよく知っていた。だから早めに出た方がいいと思ったのだ。
 菊音がこれを黙認しているのが意外だったが、クラブなんかを経営しているとそういうことも必要なのかもしれないと思っているのだ。
 とりあえずコンビニで煙草を買おうと、彼はコンビニに向かった。
 そのとき一人の女に声をかけられた。
 その瞬間だった。
 その女が後ろから来た男に腕を捕まれた。そして柊さんも。
「来てもらおうか。」
 冷たい声だった。

「違法薬物を所持していた。俺に声をかけたことで、俺も疑いをかけられてな。さっきまで取り調べを受けてた。俺には前科もあるし、ちょっと長引いてな。」
「大変でしたね。」
「でもまぁ何も出てこなかったし、最近は薬らしい薬も飲んでなかったからな。結局シロってことだ。」
 何もなかった。柊さんも百合さんと何もなかったのだ。本当なのかわからないけれど、それを信じるしかないのだ。
「今はどこ?」
「家に帰ってる。さすがに疲れた。」
「そう。」
「お前は?外か?」
「えぇ。ちょっとコンビニに来ただけ。」
「そうか。だったら煙草を買ってきてくれないか。」
「何を言ってるの。買えないわ。何か違うモノにしてくれる?」
「そうだな。だったら、身一つでいい。会いたい。」
「この間会ったばかりよ。」
「一日でも会えないとフラストレーションが溜まりそうだ。」
「そうね。」
 コンビニまで来た道を、私は引き返した。連絡をもらえたそれが嬉しいと思う反面、また不安が押し寄せてくる。
 彼はまた百合さんのことを隠した。そして……話の違和感。ニュースと違うこと。
 コンビニからアパートまで、そして裏のアパートまで。そこへ行く前、私はメッセージを一件送る。それは茅さんだった。柊さんが帰ってきたことを伝えたのだ。彼も心配してくれていたから。私にも、柊さんにも。
 着信音が鳴る。相手は茅さんだった。
「茅さん。」
「帰ってきたのか。何事もないような感じか?」
「えぇ。」
「お前さ、何も気が付いてないふりをするのか?」
「それが多分一番だと思うから。」
「恋人同士で、隠しごとをするのは良くないと思うけどなぁ。大丈夫か?お前誤魔化すことが出来るのか。」
「……わからないけど……。」
「隠し事があると、関係がいびつになる。それは恋人同士だけじゃない。友人関係でもそうだ。」
「すでにもう、私も彼も隠し事をしてるわ。それに私も気が付いてるの。もう聞かなかったことなんかに出来ないわ。」
「……そうか。」
 少し沈黙して、茅さんは言葉を続ける。
「何かあったら頼ってきていい。待ってる。」
「えぇ。そうね。」
「知ってたか?俺はお前に惚れてること。」
「……知らなかったわ。」
「じゃあ、何度でも言おうか。」
 お互いに笑いあい、そして電話を切る。茅さんの気持ちに答えることは出来ないけれど、私はまだ柊さんを信じることが出来るし、心から好きだと思う。
 ドアをノックすると、柊さんが出てきた。そして彼は私を引き寄せてドアを閉めると、私を抱きしめた。シャンプーの匂いが鼻につく。
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