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二年目
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イベント前だからと柊さんは少し立ち寄っただけで、すぐその辺で茅さんにあったらしい。茅さんも外に出る用事があったついでに立ち寄ったらしい。
茜さんはそんな二人を眩しそうに見ていたように思える。
「格好いい二人ですね。」
「そうですか。二人とも私の昔からの友人です。」
「葵さんの友人レベル高いですね。主に顔面偏差値が。」
「ハハ。それは彼らも喜ぶでしょう。桜さんそういう風に伝えて置いてください。」
「そうですね。」
私はそういって、誤魔化した。
茅さんはあまり葵さんほどきゃあきゃあ言われることもないし、柊さんも「おっさん」という評価だし、こう格好いいと言われることはほとんどない。
「イベントって、何時からですかね。ここ終わってからでも行けますかね。」
「行けるんじゃないですか。夜遅くまでやってますからね。」
「葵さんは行かないんですか。」
「私はほとんど飲みには出ないんですよ。ここが休みの時くらいですか。明日の仕込みもありますしね。」
豆を仕分けたり、焙煎したり、フードの仕込み、喫茶の仕込みなど、葵さんの仕事は多岐にわたる。普段は遊びに行く暇もないのだろう。
「でもそんなに電気配線とかって当日も用事があるんですかね。」
「あるんじゃないですか。音だけじゃあありませんから。」
お皿を洗っていた私は、お客様に呼ばれてカウンターを出ようとした。しかしそれを葵さんは止める。
「茜さん、行ってきてください。」
「葵さん。」
茜さんがお客様のところへ行ったのを見計らって、私は葵さんに声をかけた。
「私今日、カウンター出てないんですけど。」
「えぇ。しばらくは彼に接客をさせます。しばらくどんな接客をするかあなたは見てればいい。そして彼も、あなたがどんなコーヒーを淹れているのか、学ぶいい機会になります。」
「そうなんですか?」
「えぇ。あなたはお手本のようなコーヒーの淹れ方をしている。彼はそれを忘れていますからね。または、最初に教えてくれた人がアレンジを加えたのかもしれませんが。見れば思い出すか、それともまた学び直すか、一ヶ月様子を見ます。」
「それで何もなければ?」
「……残念ですね。一ヶ月は雇用期間ですが。雇用期間はこちらから「お断り」する事も出来ますから。」
「そんなものなんですね。」
「あぁ。もちろんあなたには、雇用期間はなくずっと居てもらうつもりでしたがね。」
「……。」
「それも出来ない。あれだけ啖呵を茅が切ったのですから。茅も、あなたをずいぶん気に入っているんですね。」
「どうでしょうか。」
すると茜さんが戻ってきた。
「オーダーです。」
バイトが終わり、やっと帰ってきた。そして食事を済ませてお風呂にはいる。
柊さんは、今日きっとSyuになるのだ。そして私はその場に居れない。周りの人は何か噂をするのだろうか。Syuの彼女はどうして恋人のステージを見に来ないのかとか。いないなら近づいてもいいのだろうかとか。
ううん。考えてはいけない。
お風呂のお湯で顔を流し、そのまま湯船から立ち上がった。
体を拭いて下着をつける。そして部屋着に着替えた。部屋に戻り、何気なく携帯電話を手にした。そこには着信が一件。相手は茅さんだった。
イヤな予感しかしない。だからこちらからはかけ直すまいと思った。いすに座り、もらったバリスタライセンスの資料を机に広げようとしたとき。
再び携帯電話が鳴る。やはり茅さんからの電話だった。
「もしもし。」
あぁ。つい出てしまった。
「桜。今すぐ家を出る準備をしろ。」
「何ですか。」
「今、家の前にいるから。」
「何があったんですか。」
「桔梗から連絡があった。百合があのクラブにいるって。」
え……?それって柊さんが百合さんに会う可能性があるってこと?
「でも子供も一緒にいるって……。」
「預けれるところなんかいくらでもある。お前、止めれるんなら止めろ。じゃねえと、もし会ったりしたら、最悪のこともある。」
「最悪……。」
「いいから家を出ろ。送ってやる。」
携帯電話を切って、私は濡れた髪のままシャツとジーパンに履き替えた。髪を結びたいけど……いいや。ゴムを手に通すと、携帯と財布、鍵だけを持って家を出た。
「行くぞ。」
家の横には茅さんがいる。茅さんは私の手を引いて、車まで連れて行ってくれた。私の足下がふらふらしていたからだろう。
「くそ。」
彼の手もどうやら震えてる。鍵穴にうまく鍵が入らないらしい。私はその手を引くと、その手の甲にキスをした。
「桜。」
「震えが止まったでしょう。」
「勘違いするからやめろ。」
手を離し、やっと車のエンジンをかけた。そして車を走らせていく。信号待ちで、煙草をくわえてライターで火をつけようとした。だけどうまく火がつかない。
「茅さん……。」
「着いちまったな。」
煙草をしまい、彼はそのクラブの前に車を止めた。それは菊音さんがしているクラブだった。
「桔梗に連絡をしてみるか。」
車に乗ったまま、茅さんは携帯電話を取り出した。しかし私はそれを止める。
「出てきたわ。」
二階にあるクラブ。だから階段を下りる人は、反対車線に路駐している車には一目でわかるのだ。
階段を下りてきたのはサングラスをかけて、髪を下ろしている柊さんだった。
「柊か?ずいぶん印象が違うようだが。まるで遊び人だな。」
「お祭りでも同じ格好をしていたわ。見なかったの?」
「音楽には興味がない。」
柊さんは周りを見渡し、足を進めた。たぶん行く方向はコンビニだろう。
「……どっか行くのか。」
足を進めた柊さんの後ろを一人の女性が、追いかけるように出てきた。そして彼に声をかける。
「百合だ……。」
「あの人が?」
初めて見る人だった。髪はストレートで長く腰近くまである。その頭にはテンガロンハット。それ以外はジーパンとシャツ。背は高くこの位置からでもわかるけれど、ずいぶんスタイルのいい人だ。飾り気のない格好だけど、大人の人だというのだけはわかる。
「何を話してるのか。」
「近くに寄れないかしら。」
「お前は車からでるとまずい。補導される時間だ。前なら勝手にしろと言ったかもしれないが、ここで問題を起こしたらせっかくでた内定が取り消しになる可能性がある。」
「だったら……どうしたらいいの?」
すると茅さんはゴミか荷物かわからない座席の後ろから、黒いニットの帽子を取りだした。
「これかぶれ。」
「……え?」
「いざとなったら、保護者だと言うから。それから……。」
ダッシュボードにあるサングラスを一つ渡した。
「これをかけろ。」
まだ濡れている髪にニット帽をかぶせて、サングラスをかける。そして外にでた。
茜さんはそんな二人を眩しそうに見ていたように思える。
「格好いい二人ですね。」
「そうですか。二人とも私の昔からの友人です。」
「葵さんの友人レベル高いですね。主に顔面偏差値が。」
「ハハ。それは彼らも喜ぶでしょう。桜さんそういう風に伝えて置いてください。」
「そうですね。」
私はそういって、誤魔化した。
茅さんはあまり葵さんほどきゃあきゃあ言われることもないし、柊さんも「おっさん」という評価だし、こう格好いいと言われることはほとんどない。
「イベントって、何時からですかね。ここ終わってからでも行けますかね。」
「行けるんじゃないですか。夜遅くまでやってますからね。」
「葵さんは行かないんですか。」
「私はほとんど飲みには出ないんですよ。ここが休みの時くらいですか。明日の仕込みもありますしね。」
豆を仕分けたり、焙煎したり、フードの仕込み、喫茶の仕込みなど、葵さんの仕事は多岐にわたる。普段は遊びに行く暇もないのだろう。
「でもそんなに電気配線とかって当日も用事があるんですかね。」
「あるんじゃないですか。音だけじゃあありませんから。」
お皿を洗っていた私は、お客様に呼ばれてカウンターを出ようとした。しかしそれを葵さんは止める。
「茜さん、行ってきてください。」
「葵さん。」
茜さんがお客様のところへ行ったのを見計らって、私は葵さんに声をかけた。
「私今日、カウンター出てないんですけど。」
「えぇ。しばらくは彼に接客をさせます。しばらくどんな接客をするかあなたは見てればいい。そして彼も、あなたがどんなコーヒーを淹れているのか、学ぶいい機会になります。」
「そうなんですか?」
「えぇ。あなたはお手本のようなコーヒーの淹れ方をしている。彼はそれを忘れていますからね。または、最初に教えてくれた人がアレンジを加えたのかもしれませんが。見れば思い出すか、それともまた学び直すか、一ヶ月様子を見ます。」
「それで何もなければ?」
「……残念ですね。一ヶ月は雇用期間ですが。雇用期間はこちらから「お断り」する事も出来ますから。」
「そんなものなんですね。」
「あぁ。もちろんあなたには、雇用期間はなくずっと居てもらうつもりでしたがね。」
「……。」
「それも出来ない。あれだけ啖呵を茅が切ったのですから。茅も、あなたをずいぶん気に入っているんですね。」
「どうでしょうか。」
すると茜さんが戻ってきた。
「オーダーです。」
バイトが終わり、やっと帰ってきた。そして食事を済ませてお風呂にはいる。
柊さんは、今日きっとSyuになるのだ。そして私はその場に居れない。周りの人は何か噂をするのだろうか。Syuの彼女はどうして恋人のステージを見に来ないのかとか。いないなら近づいてもいいのだろうかとか。
ううん。考えてはいけない。
お風呂のお湯で顔を流し、そのまま湯船から立ち上がった。
体を拭いて下着をつける。そして部屋着に着替えた。部屋に戻り、何気なく携帯電話を手にした。そこには着信が一件。相手は茅さんだった。
イヤな予感しかしない。だからこちらからはかけ直すまいと思った。いすに座り、もらったバリスタライセンスの資料を机に広げようとしたとき。
再び携帯電話が鳴る。やはり茅さんからの電話だった。
「もしもし。」
あぁ。つい出てしまった。
「桜。今すぐ家を出る準備をしろ。」
「何ですか。」
「今、家の前にいるから。」
「何があったんですか。」
「桔梗から連絡があった。百合があのクラブにいるって。」
え……?それって柊さんが百合さんに会う可能性があるってこと?
「でも子供も一緒にいるって……。」
「預けれるところなんかいくらでもある。お前、止めれるんなら止めろ。じゃねえと、もし会ったりしたら、最悪のこともある。」
「最悪……。」
「いいから家を出ろ。送ってやる。」
携帯電話を切って、私は濡れた髪のままシャツとジーパンに履き替えた。髪を結びたいけど……いいや。ゴムを手に通すと、携帯と財布、鍵だけを持って家を出た。
「行くぞ。」
家の横には茅さんがいる。茅さんは私の手を引いて、車まで連れて行ってくれた。私の足下がふらふらしていたからだろう。
「くそ。」
彼の手もどうやら震えてる。鍵穴にうまく鍵が入らないらしい。私はその手を引くと、その手の甲にキスをした。
「桜。」
「震えが止まったでしょう。」
「勘違いするからやめろ。」
手を離し、やっと車のエンジンをかけた。そして車を走らせていく。信号待ちで、煙草をくわえてライターで火をつけようとした。だけどうまく火がつかない。
「茅さん……。」
「着いちまったな。」
煙草をしまい、彼はそのクラブの前に車を止めた。それは菊音さんがしているクラブだった。
「桔梗に連絡をしてみるか。」
車に乗ったまま、茅さんは携帯電話を取り出した。しかし私はそれを止める。
「出てきたわ。」
二階にあるクラブ。だから階段を下りる人は、反対車線に路駐している車には一目でわかるのだ。
階段を下りてきたのはサングラスをかけて、髪を下ろしている柊さんだった。
「柊か?ずいぶん印象が違うようだが。まるで遊び人だな。」
「お祭りでも同じ格好をしていたわ。見なかったの?」
「音楽には興味がない。」
柊さんは周りを見渡し、足を進めた。たぶん行く方向はコンビニだろう。
「……どっか行くのか。」
足を進めた柊さんの後ろを一人の女性が、追いかけるように出てきた。そして彼に声をかける。
「百合だ……。」
「あの人が?」
初めて見る人だった。髪はストレートで長く腰近くまである。その頭にはテンガロンハット。それ以外はジーパンとシャツ。背は高くこの位置からでもわかるけれど、ずいぶんスタイルのいい人だ。飾り気のない格好だけど、大人の人だというのだけはわかる。
「何を話してるのか。」
「近くに寄れないかしら。」
「お前は車からでるとまずい。補導される時間だ。前なら勝手にしろと言ったかもしれないが、ここで問題を起こしたらせっかくでた内定が取り消しになる可能性がある。」
「だったら……どうしたらいいの?」
すると茅さんはゴミか荷物かわからない座席の後ろから、黒いニットの帽子を取りだした。
「これかぶれ。」
「……え?」
「いざとなったら、保護者だと言うから。それから……。」
ダッシュボードにあるサングラスを一つ渡した。
「これをかけろ。」
まだ濡れている髪にニット帽をかぶせて、サングラスをかける。そして外にでた。
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