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二年目
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何度か葵さんから襲われたことがあって、そのたびに「忘れましょう」と無言の了解があった。だから「窓」のドアをくぐれば何事もなかったように、彼は微笑んで迎え入れた。
今日もそうだと思った。だけど今日は事情が違ったようだった。
バイトのためにドアをくぐると、葵さんの他に一人の男性がいた。葵さんよりも少し低めの身長。少し長めのくせっ毛のような髪は黒髪。今の若い人風にいえば「クール系のイケメン」といったところだろうか。
「いらっしゃいませ。」
虚を突かれたように私は彼を見ていた。
「何名様ですか。」
「あ、いいえ。違います。あの……。」
するとバックヤードのドアから葵さんが出てきた。彼は微笑んで、私を見る。
「桜さん。今日は早めですね。」
「土曜日ですから。」
するとそのイケメンは、納得したようにうなづいた。
「あぁ。あなたが桜さん。高校生だけど、コーヒー入れるのすごくうまいって聞いてます。」
「どうも。」
葵さんは私に彼を紹介した。
「斎藤茜です。よろしく。」
「はい。よろしくお願いします。」
自然と手を差し出してきた。その手を握ると、柔らかな手をしていた。柊さんのようにごつごつしてはいなかったし、茅さんのように荒れてもいない。
「ずっとカフェを?」
「えぇ。高校生の頃から。」
「そうでしたか。」
それだけいうと、私はカウンターの中に入っていく。きっと私がいなくなってもこの人がいればいいのだろう。
そうすればいい。どっちにしても私はこの店から去っていくのだ。葵さんの技術を持って、他の町へ行く。二年間。飽きることなくコーヒーを淹れる方法は、きっともう離れることはないのだろうから。
「イケメンが増えてるー。」
「いやー。かっこいい。」
んー。想像はしていたけれど、やっぱそうなったか。チョコレートのパウンドケーキと紅茶を飲みながら、女性客は茜さんをまるで芸能人を見るかのように見ていた。
「良かったですね。これで女性客がまた増えますよ。」
私はそういうと、葵さんは苦笑いをして私にいう。
「あくまでコーヒーの味で勝負したいのですがね。」
「で、そのコーヒーの味はどうなんですか。」
「また一から教えないといけないようです。彼の技術はあなたより劣りますから。」
そんなものなのかな。他の店でもカフェで勤めていたっていうのに。
「でもまぁ、接客は教えることはないですね。コーヒーの抽出の仕方は、あと何ヶ月か様子を見て教えますよ。」
ん?何で?私が教わったときは大した時間をおかなかったけど。
「使えるようになるのに何ヶ月かかかるのに、そんなにのんびりしてていいんですか。」
「まだ私は彼を信用しきっているわけじゃないので。」
技術は宝だ。それを盗むだけ盗んでいなくなることも多々ある。特に彼は他の店にも顔が利く。だけどそんなことをしても葵さんなら地の果てでも追いかけて報復すると思うけど。
「私もきっとそうされるんですかね。」
「いいえ。母の淹れ方を習うんでしょう?母はネルドリップが好きな人です。ペーパーとは全く違うので、あなたはきっと一から習うんでしょうね。」
「……だから関係ないと?」
「えぇ。安心して習ってきてください。あぁ、それから彼にも習うことはあるかもしれませんね。」
「何を?」
様子を見ると、茜さんは笑顔で女性客から何かしらのメモをもらっている。きっと携帯の番号とかアドレスとか、IDとかを書いたものだろう。
「……あぁいうあしらいですよ。」
「興味ないから。」
「興味ないで済まされないかもしれませんね。」
茜さんはこちらに近づいてきて、オーダーを書いた伝票を渡してきた。
「桜さん。ブレンドを淹れてください。」
しばらくすると、「窓」に葵さんと茅さんがやってきた。二人揃うなんて珍しいな。
「いらっしゃいませ。」
「ん?新しい店員か?」
茅さんがいち早く反応する。しかし柊さんは一瞥しただけだった。
「はい。茜といいます。」
「女みてぇな名前だな。ま、いいや。桜。ブレンドくれよ。」
「はい。」
柊さんもきっとブレンドだろう。なんか目の下にクマを作っているようだ。疲れてるのかもしれない。
「あーあ。やっといろいろ終わる。」
そういって彼は伸びをした。
「忙しそうでしたね。柊は。」
「あぁ。今日だからな。イベントが。それまでの準備が忙しかった。」
あくびをして、目をこする。
「あの。Syuさんですか?」
茜さんが柊さんに声をかける。きらきらした目だ。さっきのクール系が嘘のようだと思った。
「違う。」
「でもイベントって……。」
「クラブのDJイベント。その配線とか、そういうのを手伝ってんだ。残念だな。期待に添えなくて。」
「マジですか……。でも似てますね。」
「よく言われる。」
さらりと嘘を付く。確かにそうかもしれない。だけど私に対して、彼は嘘を付かない。
「茜さんはそういうイベントが好きなんですか。」
葵さんは聞きながら喫茶を盛りつけていた。
「えぇ。俺、趣味でバンドしてて。」
「バンドね。」
DJなら情報交換で、話もあったかもしれないけれどバンドとなれば話は別だ。一気に興味が失せたように、彼は煙草に火をつけた。
「桜。明日の昼には家に行くから。」
「期待しないで待ってますから。」
一度そういってドタキャンされた。それ以来私はあまり期待しないで彼を待つことにしたのだ。
「手厳しいな。桜。」
茅さんはそういって、笑っていた。
「一度行けなかったから、根に持ってる。こいつは怒らせると面倒だ。」
「怒らせるようなことをするからいけないんでしょ?」
「こえー。柊がたじたじじゃん。」
その様子を茜さんは不思議そうに見ていた。そして私たちを代わる代わる見て、やっと口を開いた。
「兄さんか何かですか?」
「いいや。恋人だ。」
柊さんはあっさりそういうと、茜さんはさらに驚いたように私たちを見ていた。
今日もそうだと思った。だけど今日は事情が違ったようだった。
バイトのためにドアをくぐると、葵さんの他に一人の男性がいた。葵さんよりも少し低めの身長。少し長めのくせっ毛のような髪は黒髪。今の若い人風にいえば「クール系のイケメン」といったところだろうか。
「いらっしゃいませ。」
虚を突かれたように私は彼を見ていた。
「何名様ですか。」
「あ、いいえ。違います。あの……。」
するとバックヤードのドアから葵さんが出てきた。彼は微笑んで、私を見る。
「桜さん。今日は早めですね。」
「土曜日ですから。」
するとそのイケメンは、納得したようにうなづいた。
「あぁ。あなたが桜さん。高校生だけど、コーヒー入れるのすごくうまいって聞いてます。」
「どうも。」
葵さんは私に彼を紹介した。
「斎藤茜です。よろしく。」
「はい。よろしくお願いします。」
自然と手を差し出してきた。その手を握ると、柔らかな手をしていた。柊さんのようにごつごつしてはいなかったし、茅さんのように荒れてもいない。
「ずっとカフェを?」
「えぇ。高校生の頃から。」
「そうでしたか。」
それだけいうと、私はカウンターの中に入っていく。きっと私がいなくなってもこの人がいればいいのだろう。
そうすればいい。どっちにしても私はこの店から去っていくのだ。葵さんの技術を持って、他の町へ行く。二年間。飽きることなくコーヒーを淹れる方法は、きっともう離れることはないのだろうから。
「イケメンが増えてるー。」
「いやー。かっこいい。」
んー。想像はしていたけれど、やっぱそうなったか。チョコレートのパウンドケーキと紅茶を飲みながら、女性客は茜さんをまるで芸能人を見るかのように見ていた。
「良かったですね。これで女性客がまた増えますよ。」
私はそういうと、葵さんは苦笑いをして私にいう。
「あくまでコーヒーの味で勝負したいのですがね。」
「で、そのコーヒーの味はどうなんですか。」
「また一から教えないといけないようです。彼の技術はあなたより劣りますから。」
そんなものなのかな。他の店でもカフェで勤めていたっていうのに。
「でもまぁ、接客は教えることはないですね。コーヒーの抽出の仕方は、あと何ヶ月か様子を見て教えますよ。」
ん?何で?私が教わったときは大した時間をおかなかったけど。
「使えるようになるのに何ヶ月かかかるのに、そんなにのんびりしてていいんですか。」
「まだ私は彼を信用しきっているわけじゃないので。」
技術は宝だ。それを盗むだけ盗んでいなくなることも多々ある。特に彼は他の店にも顔が利く。だけどそんなことをしても葵さんなら地の果てでも追いかけて報復すると思うけど。
「私もきっとそうされるんですかね。」
「いいえ。母の淹れ方を習うんでしょう?母はネルドリップが好きな人です。ペーパーとは全く違うので、あなたはきっと一から習うんでしょうね。」
「……だから関係ないと?」
「えぇ。安心して習ってきてください。あぁ、それから彼にも習うことはあるかもしれませんね。」
「何を?」
様子を見ると、茜さんは笑顔で女性客から何かしらのメモをもらっている。きっと携帯の番号とかアドレスとか、IDとかを書いたものだろう。
「……あぁいうあしらいですよ。」
「興味ないから。」
「興味ないで済まされないかもしれませんね。」
茜さんはこちらに近づいてきて、オーダーを書いた伝票を渡してきた。
「桜さん。ブレンドを淹れてください。」
しばらくすると、「窓」に葵さんと茅さんがやってきた。二人揃うなんて珍しいな。
「いらっしゃいませ。」
「ん?新しい店員か?」
茅さんがいち早く反応する。しかし柊さんは一瞥しただけだった。
「はい。茜といいます。」
「女みてぇな名前だな。ま、いいや。桜。ブレンドくれよ。」
「はい。」
柊さんもきっとブレンドだろう。なんか目の下にクマを作っているようだ。疲れてるのかもしれない。
「あーあ。やっといろいろ終わる。」
そういって彼は伸びをした。
「忙しそうでしたね。柊は。」
「あぁ。今日だからな。イベントが。それまでの準備が忙しかった。」
あくびをして、目をこする。
「あの。Syuさんですか?」
茜さんが柊さんに声をかける。きらきらした目だ。さっきのクール系が嘘のようだと思った。
「違う。」
「でもイベントって……。」
「クラブのDJイベント。その配線とか、そういうのを手伝ってんだ。残念だな。期待に添えなくて。」
「マジですか……。でも似てますね。」
「よく言われる。」
さらりと嘘を付く。確かにそうかもしれない。だけど私に対して、彼は嘘を付かない。
「茜さんはそういうイベントが好きなんですか。」
葵さんは聞きながら喫茶を盛りつけていた。
「えぇ。俺、趣味でバンドしてて。」
「バンドね。」
DJなら情報交換で、話もあったかもしれないけれどバンドとなれば話は別だ。一気に興味が失せたように、彼は煙草に火をつけた。
「桜。明日の昼には家に行くから。」
「期待しないで待ってますから。」
一度そういってドタキャンされた。それ以来私はあまり期待しないで彼を待つことにしたのだ。
「手厳しいな。桜。」
茅さんはそういって、笑っていた。
「一度行けなかったから、根に持ってる。こいつは怒らせると面倒だ。」
「怒らせるようなことをするからいけないんでしょ?」
「こえー。柊がたじたじじゃん。」
その様子を茜さんは不思議そうに見ていた。そして私たちを代わる代わる見て、やっと口を開いた。
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