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二年目
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茅さんと並んで歩いて帰るのは久しぶりだった。だけどいつものように茅さんも饒舌ではない。きっと百合さんのことを思っているのかもしれない。
姉だと言っていた。だけど血の繋がりはない。だから茅さんも百合さんについて思うことはあるのだろう。危ない橋を渡り、彼女に育ててもらった恩以上のものが。
「葵のところには……ますます行き辛くなったか。」
「……かもしれませんね。」
やっと話した言葉は葵さんのことだった。きっと彼も考えたくないのかもしれない。
「そういえば……茅さんたちは両親がいますよね。どうして経済的な援助を受けられなかったんですか。」
すると彼はふっとため息を付いた。そして携帯電話を取り出す。
「この事件、知ってるか。」
携帯電話のインターネットで見せてくれたのは、今から二十年前にあった事件だった。ある新興宗教団体が信者とともに、集団自殺をしたという事件。大きく世の中を騒がせたのだという。
「アーティストでありテロリストがその教祖。それが俺の義理の父だ。そして実の母はその妻。」
携帯電話を閉じて、彼は立ち止まる。そして煙草を取り出して、火をつけた。
「南米のとある教会で集団自殺をした。罪は自殺幇助。でも被疑者死亡。母も死んだ。それまで父が送ってくれる金で生活してたけどな、一緒に自殺したヤツの……親族が補償金を言ってきた。」
「でも自分の意志で自殺をしたのだったら……。」
「そんなことは関係ねぇよ。口車に乗せられて死んだって思ってんだから。財産は差し押さえられ、父親の財産もアーティストとしての作品も全部売り払われた。でもまぁ、俺は小さかったからよくわかってねぇけど。」
煙を吐き出し、彼はまた前を見る。
「そうでしたか。」
「……変な話しちまったな。なんか買ってやろうか?コンビニスイーツでもさ。」
「甘いの苦手なんですよ。」
「変な女子高生だな。酒も苦手なのに、甘いのも苦手か。何が好きなんだ。」
「コーヒーでしょ。」
「ははっ。お前らしい。」
初めて茅さんは笑った。つられて私も笑う。
「じゃあ、これやるよ。」
そういって彼はポケットの中から、飴を取り出した。ミントの飴らしい。
「何の関係もないけど、戴きます。」
その飴の袋を破り、口の中に入れる。すっとする感覚と甘みが口の中に広がった。
「それから、今日のことは忘れろ。」
「……え?」
「葵のことだ。気が付いてんだろ?」
「……百合さんのことですか。」
「あぁ。あいつも百合の尻を追いかけていた一人だってこと。それはヤツが椿に入る前、まだ百合が瑠璃さんのところにいたときからの話だ。」
「そうでしたか。」
「だから俺らが住んでいたあの家を自分で買い取り、あそこに百合がいたことを想像しながら、あの店にいる。だからあいつはまだ百合の影を追っているんだ。」
笑えない。
彼も百合さんの影を、私に重ね合わせていた一人だったなんて。彼の口から、私が好きだと言われたこともあるのに。
きっと葵さんがしてきたその行動一つ一つが、百合さんに重ね合わせていたと思うと、ただ腹立たしい。全ては嘘で、全ては誰かの代わりだった。
柊さんもそう思っていたのだろうか。私は、誰かの代わりで誰も私を見ていないのだろうか。
「桜。あまり思い詰めるな。」
「え?」
「お前の考えてることくらいわかる。まだ半年くらいの付き合いだけど、案外単純だし、マイナス思考だからな。」
「……ヒドい。」
「ほんとのことだろ?」
アパートにたどり着いて、茅さんに礼を言った。そして別れる直前、彼に本当のお礼を言う。
「ありがとう。茅さん。ヒジカタコーヒーのことも、感謝してます。」
「……それは礼はいらねぇよ。俺はあの会社でどんなことをしたら一番いいか考えて、そうしたまでだ。」
本当にこの人って……外見は似ていないけれど柊さんと同じくらいのワーカーホリックなんだ。
「どうした。にやにやして。」
「ううん。なんでもないです。では、お休みなさい。」
「帰るのか。」
「えぇ。どうかしましたか。」
「俺のところに来ないか。」
「行きません。帰ります。」
すると彼は私の後ろ手に回ってきた。
「柊は今日来ないんだろう?」
「私も今日は体の調子が本調子じゃないし、この時期は他の人の布団にはいるのはイヤですから。」
耳元で吐息がかかりながら囁いた。体がびくっと反応してしまう。
「だったらいつでもいい。俺の部屋に来てくれることを期待しようか。」
手のひらに何かを押しつけられた。
「何……。」
振り向いて彼を押し退けようとした。でも手のひらに何か固いものがある。それは鍵だった。
「鍵?」
「俺は葵ほど手は早くねぇから。」
「そうですか?」
何度も襲われそうになったのを思い出す。嘘薬に騙されたこともある。でもたぶんそれは、彼の頭に血が上っていたから。冷静なら、アルコールが入っていないなら、彼は冷静に私を抱くのだろうか。
好きという感情を振りかざして。
「まぁ、それだけじゃねぇよ。柊は忙しいんだろ?瑠璃のところに行きたきゃ連れて行ってやるし、俺もあの店にはこれから世話になるのかもしれないからな。いつでも部屋に来ていい。」
「そんな女じゃないですよ。私は。」
「ふん。」
「軽い女じゃないから。」
そういってカギを返そうとした。しかし彼はそれを受け取らなかった。きっとそれが役に立つときが来ると。
姉だと言っていた。だけど血の繋がりはない。だから茅さんも百合さんについて思うことはあるのだろう。危ない橋を渡り、彼女に育ててもらった恩以上のものが。
「葵のところには……ますます行き辛くなったか。」
「……かもしれませんね。」
やっと話した言葉は葵さんのことだった。きっと彼も考えたくないのかもしれない。
「そういえば……茅さんたちは両親がいますよね。どうして経済的な援助を受けられなかったんですか。」
すると彼はふっとため息を付いた。そして携帯電話を取り出す。
「この事件、知ってるか。」
携帯電話のインターネットで見せてくれたのは、今から二十年前にあった事件だった。ある新興宗教団体が信者とともに、集団自殺をしたという事件。大きく世の中を騒がせたのだという。
「アーティストでありテロリストがその教祖。それが俺の義理の父だ。そして実の母はその妻。」
携帯電話を閉じて、彼は立ち止まる。そして煙草を取り出して、火をつけた。
「南米のとある教会で集団自殺をした。罪は自殺幇助。でも被疑者死亡。母も死んだ。それまで父が送ってくれる金で生活してたけどな、一緒に自殺したヤツの……親族が補償金を言ってきた。」
「でも自分の意志で自殺をしたのだったら……。」
「そんなことは関係ねぇよ。口車に乗せられて死んだって思ってんだから。財産は差し押さえられ、父親の財産もアーティストとしての作品も全部売り払われた。でもまぁ、俺は小さかったからよくわかってねぇけど。」
煙を吐き出し、彼はまた前を見る。
「そうでしたか。」
「……変な話しちまったな。なんか買ってやろうか?コンビニスイーツでもさ。」
「甘いの苦手なんですよ。」
「変な女子高生だな。酒も苦手なのに、甘いのも苦手か。何が好きなんだ。」
「コーヒーでしょ。」
「ははっ。お前らしい。」
初めて茅さんは笑った。つられて私も笑う。
「じゃあ、これやるよ。」
そういって彼はポケットの中から、飴を取り出した。ミントの飴らしい。
「何の関係もないけど、戴きます。」
その飴の袋を破り、口の中に入れる。すっとする感覚と甘みが口の中に広がった。
「それから、今日のことは忘れろ。」
「……え?」
「葵のことだ。気が付いてんだろ?」
「……百合さんのことですか。」
「あぁ。あいつも百合の尻を追いかけていた一人だってこと。それはヤツが椿に入る前、まだ百合が瑠璃さんのところにいたときからの話だ。」
「そうでしたか。」
「だから俺らが住んでいたあの家を自分で買い取り、あそこに百合がいたことを想像しながら、あの店にいる。だからあいつはまだ百合の影を追っているんだ。」
笑えない。
彼も百合さんの影を、私に重ね合わせていた一人だったなんて。彼の口から、私が好きだと言われたこともあるのに。
きっと葵さんがしてきたその行動一つ一つが、百合さんに重ね合わせていたと思うと、ただ腹立たしい。全ては嘘で、全ては誰かの代わりだった。
柊さんもそう思っていたのだろうか。私は、誰かの代わりで誰も私を見ていないのだろうか。
「桜。あまり思い詰めるな。」
「え?」
「お前の考えてることくらいわかる。まだ半年くらいの付き合いだけど、案外単純だし、マイナス思考だからな。」
「……ヒドい。」
「ほんとのことだろ?」
アパートにたどり着いて、茅さんに礼を言った。そして別れる直前、彼に本当のお礼を言う。
「ありがとう。茅さん。ヒジカタコーヒーのことも、感謝してます。」
「……それは礼はいらねぇよ。俺はあの会社でどんなことをしたら一番いいか考えて、そうしたまでだ。」
本当にこの人って……外見は似ていないけれど柊さんと同じくらいのワーカーホリックなんだ。
「どうした。にやにやして。」
「ううん。なんでもないです。では、お休みなさい。」
「帰るのか。」
「えぇ。どうかしましたか。」
「俺のところに来ないか。」
「行きません。帰ります。」
すると彼は私の後ろ手に回ってきた。
「柊は今日来ないんだろう?」
「私も今日は体の調子が本調子じゃないし、この時期は他の人の布団にはいるのはイヤですから。」
耳元で吐息がかかりながら囁いた。体がびくっと反応してしまう。
「だったらいつでもいい。俺の部屋に来てくれることを期待しようか。」
手のひらに何かを押しつけられた。
「何……。」
振り向いて彼を押し退けようとした。でも手のひらに何か固いものがある。それは鍵だった。
「鍵?」
「俺は葵ほど手は早くねぇから。」
「そうですか?」
何度も襲われそうになったのを思い出す。嘘薬に騙されたこともある。でもたぶんそれは、彼の頭に血が上っていたから。冷静なら、アルコールが入っていないなら、彼は冷静に私を抱くのだろうか。
好きという感情を振りかざして。
「まぁ、それだけじゃねぇよ。柊は忙しいんだろ?瑠璃のところに行きたきゃ連れて行ってやるし、俺もあの店にはこれから世話になるのかもしれないからな。いつでも部屋に来ていい。」
「そんな女じゃないですよ。私は。」
「ふん。」
「軽い女じゃないから。」
そういってカギを返そうとした。しかし彼はそれを受け取らなかった。きっとそれが役に立つときが来ると。
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