夜の声

神崎

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二年目

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 「窓」にたどり着いても、なぜかcloseになっていた。どうしたんだろう。そんな連絡があっただろうか。私は携帯電話を取り出して、葵さんに連絡をしてみた。
「どうした。閉まっているのか。」
「そのようですね。あ、出ました。もしもし。」
 葵さんは案外すぐに電話に出た。
「桜さん。体調はいかがですか。」
 こんな時でも体調を気にしてくれる葵さんは、とても紳士だと思う。
「はい。おかげさまで何とか。今日はcloseですか。」
「いいえ。ちょっと出ているだけです。悪いのですが、裏から回って鍵を開けてもらえませんか。鍵はポストの中に入っていますから。」
「わかりました。」
 電話を切ると、私は藤堂先生を見上げた。
「すいません。ちょっと開けますので、ここで待っていてもらえますか。」
「あぁ。」
 裏手に回ると、ポストに手を入れた。小さな鍵が手に触り、それで鍵を開けた。そしてカウンターに出てくると、店内の鍵を開ける。
「どうぞ。」
「あぁ。お邪魔するよ。」
 電気をつけて、空調を利かせた。そしてカウンターに入る。
「少し着替えてきます。ちょっと待っていてください。あぁ、新聞がそこにありますから。」
「気にしなくて結構。着替えてきたらいい。」
 先生は自然にカウンター席に座る。そこはいつも柊さんが座るところだった。その姿は、髪の短くなった柊さんのようで少し困る。
 違う。この人は柊さんじゃない。
 バックヤードにやってきて、いつもどおり着替えて髪をまとめた。そしてカウンターに出てくる。
「……お待たせしました。」
 携帯電話から目を離して、先生はこちらを見た。そしてふと笑う。
「そうしていると姉のミニチュア版だ。」
「からかわないでください。」
 水をコップに入れ、おしぼりとメニューを彼の前に置く。
「何になさいますか。」
「ブレンドをもらおう。」
「わかりました。」
 メニューを下げて、お湯を沸かした。その間豆を挽く。
「手慣れてるものだ。ここは何年いる?」
「二年が過ぎましたか。高校一年の頃から。」
「三年目か。それでこれを貼っているのか。」
 彼の目線の先には、最近から貼っている「バイト募集」の紙。男性を募集しているのに、来るのは女性ばかりでしかも葵さん目当ての人ばかりで困ると、口こぼしていた。
「えぇ。ヒジカタコーヒーへ行っても、私が学びたいことがあっても、どちらにしてもここは辞めなければいけないので。」
「テイクアウトまですれば一人では難しいだろうな。」
 程なくして、ほかのお客さんもやってきた。二人組の男性と女性。二人組の女性同士。
 ブレンドやカフェオレのオーダーが入り、順番にそれを淹れていく。
「オーダーが詰まっても、まずは目の前の仕事をきっちりしてください。いらいらしたり、先走ってはいけません。あなたは焦るところがあります。焦ればコーヒーの味は濁ってしまいますよ。」
 葵さんがいなくても葵さんの言葉は、自然と心の中に響く。
「お待たせいたしました。」
 女性二人組のオーダーが終わり、私は一息ついた。
「ずいぶんいい豆を使っている。焙煎具合も丁度いい。」
「詳しいんですね。」
 カウンターに戻ってくると、先生は少し笑った。
「これでも姉のあとを継ごうと思っていたのだよ。姉からは反対されたがね。」
 まぁ。喫茶店よりも教師の方が安定してるのは目に見えてるからなぁ。
「先生は部活の顧問はしてないんですか。」
「一応しているよ。文芸部なのでね、大した部員はいないがね。運動部のように大会があるわけでもないし、日曜日まで出ていくバスケ部や野球部の顧問には悪いがね。」
 そのとき入り口のドアベルが鳴った。葵さんかと思ったけど、常連の誠さんだった。
「いらっしゃいませ。」
「おっ。ひ……じゃねぇな。」
「違いますよ。」
「すいません。知り合いに似ていたので。」
 柊さんに似ていると思ったのって、私だけじゃないんだ。誠さんも勘違いするくらいやっぱ似てるんだな。
「……ひ?」
「よく来る常連さんに似ているんですよ。」
「そうそう。それも桜ちゃんの彼氏。」
「誠さん!」
 すると先生は口元だけで笑った。
「高校生だからな。避妊だけはしっかりしてもらえば、あとは何も言わんよ。」
「そりゃそうだ。」
 誠さんはそういって煙草に火をつけた。
「ブレンドでいいですか?」
「あー今日、アイスにしてもらえる?」
「珍しいですね。」
「暑いからさ。風は冷えてきたけど、日差しはまだ厳しいもん。」
 誠さんは今日、今から仕事らしい。日曜日だからと言って休みとは限らないのだ。

 しばらくして先生は帰っていき、誠さんはアイスコーヒーを飲んでいた。
「それにしてもよく似てたな。あの人。」
「うちの学校の先生ですよ。」
「柊さんが髪切ったら、あんな感じかなぁ。すげぇモテそう。学校でもモテるんだろ?」
「学校では怖い先生として有名ですよ。」
「マジか。」
 笑いながら誠さんはアイスコーヒーを飲んでいた。
「まぁな。柊さんも黙ってりゃ怖いからなぁ。」
「そうですか?」
「怖いって思わなかったのか?」
「うーん。考えたこともないですね。最初に会ったときは作業着でしたし、どちらかというと老けて見えましたね。」
「そうだなぁ。おっさんっちゃ……。」
 おっさんと言い掛けて、彼は黙ってしまった。葵さんと柊さんが二人してやってきたからだった。
「お帰りなさい。」
「ただいま。」
「桜。夕べは大丈夫だったか。」
「えぇ。ご心配かけました。」
 やばー。聞こえてないよなぁ。おっさん臭いなんて。
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