夜の声

神崎

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二年目

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 町から少し離れたところにある蕎麦屋で食事をした。水の綺麗なところだ。蕎麦も美味しい。
 そしてそのまま帰路に就いた。車の中では相変わらずラジオが流れていて、お気楽なリクエスト番組をしている。

”ここで、一曲少し懐かしい歌をリクエストいただきました。ラジオネーム、ウサギちゃんからのリクエストです。”

 椿さんのラジオでも流れることのある音楽だった。懐かしいと言うけれど、きっと母さんが必死に男にまたがり、腰を振っていたときに流行っていた曲だろう。私はその横で眠ったふりをしていた。
 その相手の一人に蓬さんがいた。
「何を考えている。」
 ずっと黙っていた茅さんが声をかけてきた。
「何も考えてませんよ。」
「……俺は、会社を使ってカフェを作ろうとしてたんだが……結局、使われてたのは俺の方だったか。」
「きっと茅さんのしようとしていることは、私じゃなくても出来ることですよね。」
「個人的には俺はお前がいないと無理だ。」
「感情は向くことはありませんよ。」
「感情じゃない。イヤ。感情はこの際、置いておく。俺はお前が淹れるコーヒーが好きなんだ。あの日……あぁやって飲ませてくれたあの味が。」
 初めて茅さんにコーヒーを淹れたとき。彼がそのコーヒーに口を付けたのを覚えている。
 柊さんにそっくりだった。
「茅さん。一つ言っておかないといけないことがあるんですけど。」
「何だ。」
「私は、一度柊を裏切ったことがあるんです。」
「……え?」
「別れるかと思ったんです。信じれなくなって……それでも笑顔を作って、店に立って……学校でも笑顔でいないといけない。ではないと、私ではないと思ってました。」
「……今もそんなに変わらない気がするがな。」
「それに気がついてくれたのが葵さんでした。でも、いつも後悔してます。どうして抱かれたのかって。」
 茅さんは煙草をもみ消して、路肩に車を止めた。そしてこちらを見る。
「そんなときでも柊は側にいなかったんだろう。」
「全ては蓬さんの策略でしたから。」
「……蓬の?」
「私が葵さんに転ぶのは予想通り。あとは私に見切りを付けて、柊さんを自分の元に置いておきたい。そのためにはよけいな感情はいらない。だから私と引き離そうとしてました。」
「あいつ。そんな小賢しいまねを。」
「でも私は、葵さんに抱かれても何も感じなかった。抱かれながら、どうしてこの相手が柊じゃないんだろうとばかり考えてたんです。失礼ですよね。」
 私は彼を見る。そう。だからきっぱりと諦めて欲しい。
「葵は承知で?」
「えぇ。すぐに感じ取りましたよ。でも、まだ彼は私に手を出してこようとしてます。隙あれば、とばかり考えているようです。」
 すると茅さんは私の方に手を伸ばした。それに気がついて私はその手を振り払う。
「やです。」
「……。」
「知らないわけじゃない。他の人を知らないわけじゃない。だけど、他の人よりも柊がいいから。」
「でもな……桜。お前気がついていたか?」
「え?」
「お前、俺とだったらずっと同じ目線で話してんだ。」
 かちっという音がした。それはシートベルトがはずれた音。見ると茅さんのシートベルトが取れている。そして私の手を握ってきた。
「や……。」
「こんな密室で逃げられると思ってんのか。」
「だって……他の車に見えるから。」
「こんなとこ、誰も通らねぇよ。時間も早いし。」
「だめ。茅さん。」
 手を伸ばして、彼の体を避けようとした。でもその手も握られる。唇に吐息がかかり、私はぎゅっと目をつぶった。
「桜。」
 そのとき胸のあたりに振動を感じた。思わず目を開ける。彼は表情を曇らせて、私から離れた。そして胸ポケットにさしてあった携帯電話に手をかけた。
「もしもし。」
 助かった?少しほっとして、私は体勢を元に戻した。
 そしてバックから自分の携帯電話も取り出した。母さんからメッセージが入っているのと、向日葵からのメッセージ。柊さんからのメッセージはない。
「……今からですか。はい。行きます。行きます。」
 葵さんはそういって電話を切った。そしてため息をつくと、サイドブレーキを落とす。
「桜。悪いが、町中で下ろす。」
「大丈夫です。」
「会社に呼ばれた。くそ。昨日の奴ぶっ飛ばしてやりたい。」
「使えない事務員ですか。」
「あーあ。お前、カフェ事業じゃないにしても事務方でもいいって気になってきた。使えねぇ奴ばっか。」
 いつだっけか、事務仕事をして欲しいって呼ばれたことがあった。あのときもなんかすごい文句言ってたよなぁ。

 町中について、私はヒジカタコーヒーの駐車場で下ろされた。そして茅さんはそのまま事務所へ行き、私はそのまま駅へ向かった。
 夕方の日差しはまだ暑く、まだ肌を焼くようだった。電気屋がテレビを街頭に出している。無意味に大きなテレビは、画像が綺麗だった。水中の映像で、熱帯魚が泳いでいる。
 それをじっと見ていると、画面に男の人が後ろに立っているのを感じた。
「藤堂先生?」
 オールバックの髪を下ろして、こちらを見ている。
「熱心に見てたんだな。そのテレビがいいのか?」
「いいえ。ちょっと考え事をしてました。」
「そうか。まぁ、熱帯魚に興味があるようにも見えないので、そんなことだろうとは思っていた。」
 白いシャツと、ブラックジーンズを着ている先生は学校のスーツのイメージとは全く違う気がした。
 そしてその白いシャツからは、透けている絵はない。
「お出かけですか。」
「あぁ。やっと「窓」に行けそうでね。」
「そうでしたか。私も今から行こうと思ってました。」
「では案内をしてもらおうか。」
「案内しなくても知っているでしょう?」
「行く場所は一緒だろう。」
 顔は似ている。声も、背格好も。だけどたぶん、この人は高校生に慣れている。先生になって年数もたっているからだ。
 だからだろう。一緒に歩いていても、歩調を合わせてくれる。柊さんはそういうことには無頓着なのだ。
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