夜の声

神崎

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二年目

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 土曜日。学校は休みだったので家のことを色々したあと、「窓」へ向かった。いつもの光景だ。
 柊さんは、木曜日に会って以来会っていない。何かイベントがあるらしくて、忙しそうだった。メッセージはくるけれど、もう眠っている時間だったので返すのは朝になる。そんな日々だった。
 「窓」について、ドアを開けるといつものお客さんと、葵さん目当てのお客さんがいて、やっぱり忙しそうだ。
「桜さん。すぐに着替えてもらえますか。」
 カウンターにはいると、どうやら喫茶やフードのオーダーが溜まっているらしい。バックヤードにすぐはいると、制服に着替えた。最近「窓」は忙しい。
「古きよき喫茶店で、薫り高いコーヒーとケーキで日常を忘れませんか。」
 とか何とか言うのが、雑誌に載ったらしい。たまに載ることもあるけれど、今回は新作のデザートも評判がいい。チョコレートのケーキに栗のグラッセが入っている。見た目も美味しそうだと思った。食べてはないけど。
 人が人を呼んで、フードのオーダーも多くなったのだ。そして葵さんのイケメン具合。
 今日も忙しいのだろうか。

 二十時三十分。オーダーストップがかかり、お客さんがはけていく。今日も柊さんは来なかった。忙しいのだろう。
「さすがに堪えますね。」
 珍しく、葵さんが片づけをしながら口こぼした。
「忙しかったですね。」
「えぇ。昼も食べていなかったから、さすがにお腹が空きました。何かないかな。」
 葵さんはそう言って冷蔵庫をみた。そこには下準備している材料の他にはケーキ類も入っているけれど、今日はたぶんあまり残っていないはずだ。オーダーストップしてくださいとも言われているものもあったし。
「あった。」
「何がありましたか。」
 カップを片づけて、私はカウンターの中に入っていった。
「チョコのパウンドケーキ。」
「お菓子じゃないですか。」
「疲れたときは甘いものがいいんです。それにもう今日食べてしまわないといけませんからね。いつもなら廃棄しますが、桜さんもいかがですか。」
 うーん。確かに私はお昼を食べてきたけれど、疲れたときには確かに甘いものを食べたくなる。普段はそんなに欲しくないけど、余裕があるならもらおうかな。
「そうですね。ではいただきます。」
 冷蔵庫からケーキを取り出すと、切り分けてくれた。確かに二人分くらいはありそうだ。
「どうぞ。」
 お皿に載せられ、それを受け取った。初めて食べる。そうだ。一番最初に食べたのは向日葵だ。あのときは試作品だと言っていたけど。
「いただきます。」
 葵さんも口にそれを運んで、笑顔を浮かべた。
「思ったよりもアルコールの風味が聞いてますね。」
「なんのアルコールですか。」
「コアントローというオレンジのリキュールです。お菓子ではよく使いますよ。」
 それを一口食べる。ふわんとオレンジの香りがする。栗のグラッセが甘くて、チョコレートはきっとビターのものを使っているはずだ。
「美味しい。確かにこれは売れてるはずですね。」
「お持ち帰りが出来ないかと言われてますが、まぁ、うちはケーキ屋じゃないですしね。」
 思ったよりも甘さが控えめだ。お客さんに出すときは、生クリームやら、チョコソースをかけて出すから丁度いいのかも。
「今度これを少し堅めに焼いて、ブラウニー仕立てにしますよ。」
「それも良さそうですね。」
 食べ終わってお皿を、流しに戻す。振り向くと、葵さんが食べたお皿もある。
「下げますね。」
「ありがとう。ではもう人頑張りです……。桜さん?」
「はい?」
「どうしました?顔が赤いですよ。」
「え?」
「熱がでましたか?」
 確かに頬がぽっぽっと上気している。何だろう。そのとき、私は天地が上下になる感覚に陥った。

 夢を見た。
 手を掴んだその手は、右手。
 しかし彼の左手は違う人を掴んでいる。その人の顔は見えない。
 いつの間にか彼は私の手を離して、その人とともに行ってしまう。
 残された私には腰から、肩から、足から、多くの手が私を引き留めた。

「いやぁ!」
 思いっきり起きあがり、頭が痛かった。ん?ここはどこだ?見覚えがあるところだ。ベッドに寝かされている。広いベッドだ。
「……起きましたか?気分は悪くありませんか。」
 向こうの部屋から葵さんがのぞいてきた。
「……私、どうしたんですか?」
「桜さん。アルコール飲んだことありますか。」
「いいえ。母さんから止められてて。」
「そうでしょうね。アルコールに弱いようです。すいません。聞いていれば良かったのですが……。」
 アルコール?あぁ、もしかして私は……あのケーキに入っているアルコールだけでひっくり返ったって事?
 どんだけ弱いんだよ。私。
「すいません。」
「いいえ。私のミスですよ。大人向けにしていて、子供には向きませんとお客様には言っていたのですが。」
「子供って……。」
 彼は少し笑い、ベッドに腰掛けた。
「手は出しません。お母さんに電話をしたら、「手を出したら承知しない」と言われてますしね。」
 母さんにも電話したのか。手際がいいというか。何というか。
「柊にも連絡しましたが、連絡が付かないようですね。」
 すると部屋の中のチャイムが鳴った。彼は立ち上がり、部屋を出ていく。
 しばらくして、やってきたのは茅さんだった。
「茅さん……。」
「情けねぇな。ケーキに入っているアルコールで酔っぱらうなんて。どんだけ弱いんだよ。」
 私たちはたぶん微妙な表情をしていたはずだ。この間私を襲おうとしていた人が、のうのうと迎えに来るはずがないと。
「やっぱり私が送りましょうか。」
 葵さんは気を使っていってくれたが、茅さんはそれを止めた。
「いいよ。体調悪い奴を襲う気なんかさらさらねぇよ。それに今日は車で来てんだ。」
 うーん。信用していいのか……?だけどまぁ柊さんも、母さんも茅さんが幾度となく、私を襲いそうになっているという事を知らないんだもんな。葵さんより茅さんの方が信用できるって事なのかもしれない。
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