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二年目
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夏休み最後の日。最後の課題を済ませて、私はそのノートを閉じた。そしてバイトへ行こうと、荷物をまとめる。
リビングへ向かうと、母さんが料理をしていた。トマトを煮込んで、スープを作っているらしい。
「バイト行ってくる。」
「あ、桜。」
「何?」
「今日柊さんは来ない?」
「わかんないな。どうしたの?」
「スープ作りすぎちゃった。」
「なんか毎日作りすぎてない?」
苦笑いをしながら、私はキッチンへ向かう。確かにこれは二人前か?というくらいのスープの量だ。
「もったいないわねぇ。明日リゾットとかパスタにしてもいいけどさ。」
「聞いてみる。」
「……気が進まないけど、茅にも聞いてみて。」
「茅さん?」
「この近所に住んでるんでしょ?どうせ余らせて捨てるくらいなら、茅に食べさせた方がいいわ。それに、この間あんた、世話になったんでしょ?」
「そうだけど……。」
あまり気は進まない。だけどその辺の礼儀はちゃんとしている人だ。しないと気が済まないのかもしれない。
私は家をでると、柊さんにメッセージを送った。そして次に茅さんにも送る。
携帯を閉じると、また足を進めた。
八月終わりだというのに夜になってもむしむし暑い。だから冷たい飲み物がよく出る。アイスコーヒーもよく出るし、アイスティーやレモンスカッシュなんかも今日はよく出ていった。
ホットコーヒーなんて暑くなるだけかなぁ。
「時間ですね。お疲れさまでした。」
葵さんはいつもと変わらない。私の口からは言っていないけれど、瑠璃さんのところで焙煎の勉強をしたいという願いは、きっと柊さんの口から伝わっているのかもしれない。
だけど彼はいつもどおりだった。憎らしいほど。
正式に決まったら伝えればいい。そう思っている。それからヒジカタコーヒーにも。
バックヤードで服を着替えて、携帯電話に手を伸ばした。すると、柊さんからのメッセージが入っている。
「今日は行けない。」
どうやら今日は何か用事があるようだ。仕方ないよな。私は携帯を閉じて、バックヤードを出ていく。
「お疲れさまでした。」
「はい。また明日。あぁ、明日から始業式でしたかね。」
「はい。」
「就職活動にはいるのでしょうから、無理してバイトに出なくて大丈夫ですよ。」
「……あの……葵さん。」
「どうしました?」
「ヒジカタコーヒーはお断りしようと思ってます。」
その言葉に彼は手を止めた。そしてこちらを見る。
「では、ウチに来てくれるんですか。嬉しいですよ。」
「……あの……ではなくて、実は……。」
私はたどたどしいながらも瑠璃さんのことを彼に話した。怒ると思っていたけれど、葵さんは笑顔で話を聞いている。
「そうですか。お母さんに会いましたか。そうですね。私の母であり、師匠ですからね。あなたが母から焙煎を習いたいと思うのも当然かもしれません。しかし……。」
一呼吸。私を見ていた彼だったけれど、彼はその視線をはずした。
「命が尽きるのが先か、あなたに教えるのが先か。それくらい不安定です。卒業したらと思っていますか?」
「はい。」
「しかしそれまでに生きているかどうかもわかりませんよ。」
確かにそれはあるかもしれない。その場合はどうすればいいのだろう。
「私が教えても構わないですが、その場合はあなたを戴きたいのですけどね。」
「怒られますよ。」
「もうすでに色々言われてます。しつこいとね。だからシェアをしたいと言ったのですが。」
「ものじゃありませんから。」
「……その話はまた今度しましょう。今はもう帰った方がいい。遅くなると色々不安でしょう。」
「もう大丈夫です。では失礼します。」
「お疲れさまでした。」
思ったよりもあっさり受け入れたな。もしかしたら、もう瑠璃さんの死期が近いことも受け入れているのかもしれない。だからといってあんなに朗らかに笑えるんだろうか。
笑えるな。
どんな状況でも笑えるのが葵さんだ。そういう人。私はよく知っている。私が必死に彼を拒否をしても、彼は私に笑いながら手を伸ばす人だ。それがかえって怖かった。
コンビニの前にやってくると、一人の人がそこから出てくる。それはスーツを着て手には煙草の箱を持った茅さんだった。
「よう。こんな時間まで働いてんのか。勤労学生だな。」
「そんな時間遅くなっていないと思うんですけどね。」
「俺も今日は残業だ。」
メッセージ見ていないのかな。そう思いながら、私たちは並んで帰る。
「メッセージみました?」
「あぁ。そう言えば飯食わせてくれるんだっていってたな。胡桃さんが飯ねぇ。作れんの?」
「母さんは食事は上手ですよ。」
「ふーん。お前は?」
「食べれるといった程度です。凝ったものは出来ませんよ。」
「レストランじゃねぇんだから、そんなことまで求めねぇよ。食えればいい。特に……椿だった奴はみんなそうだろうな。」
「椿だった人……。」
それは柊さんも茅さんも、そして葵さんも含まれるんだろう。
「みんな入りたくて入った訳じゃない。食えなくて、仕方なく入った。そんな感じだろう。」
「竹彦は……自ら進んで入ったんです。」
「竹彦?」
「同級生です。いつか……駐車場で話していた。」
「あぁ。あいつか。変わった奴だ。でも……あぁいう奴が一番向いているんだろうな。よく似てる。」
「誰に?」
「みんなに似てる。葵のような笑顔を持ちながら、きっと柊のような仕事が出来るんだろう。」
「男も相手が出来ると。」
「最強だな。椿としては。」
茅さんは笑いながら、アパートに入っていった。
「あとでスープを持ってきます。」
「待ってる。」
茅さんは一階に、私は上の階にあがっていった。
リビングへ向かうと、母さんが料理をしていた。トマトを煮込んで、スープを作っているらしい。
「バイト行ってくる。」
「あ、桜。」
「何?」
「今日柊さんは来ない?」
「わかんないな。どうしたの?」
「スープ作りすぎちゃった。」
「なんか毎日作りすぎてない?」
苦笑いをしながら、私はキッチンへ向かう。確かにこれは二人前か?というくらいのスープの量だ。
「もったいないわねぇ。明日リゾットとかパスタにしてもいいけどさ。」
「聞いてみる。」
「……気が進まないけど、茅にも聞いてみて。」
「茅さん?」
「この近所に住んでるんでしょ?どうせ余らせて捨てるくらいなら、茅に食べさせた方がいいわ。それに、この間あんた、世話になったんでしょ?」
「そうだけど……。」
あまり気は進まない。だけどその辺の礼儀はちゃんとしている人だ。しないと気が済まないのかもしれない。
私は家をでると、柊さんにメッセージを送った。そして次に茅さんにも送る。
携帯を閉じると、また足を進めた。
八月終わりだというのに夜になってもむしむし暑い。だから冷たい飲み物がよく出る。アイスコーヒーもよく出るし、アイスティーやレモンスカッシュなんかも今日はよく出ていった。
ホットコーヒーなんて暑くなるだけかなぁ。
「時間ですね。お疲れさまでした。」
葵さんはいつもと変わらない。私の口からは言っていないけれど、瑠璃さんのところで焙煎の勉強をしたいという願いは、きっと柊さんの口から伝わっているのかもしれない。
だけど彼はいつもどおりだった。憎らしいほど。
正式に決まったら伝えればいい。そう思っている。それからヒジカタコーヒーにも。
バックヤードで服を着替えて、携帯電話に手を伸ばした。すると、柊さんからのメッセージが入っている。
「今日は行けない。」
どうやら今日は何か用事があるようだ。仕方ないよな。私は携帯を閉じて、バックヤードを出ていく。
「お疲れさまでした。」
「はい。また明日。あぁ、明日から始業式でしたかね。」
「はい。」
「就職活動にはいるのでしょうから、無理してバイトに出なくて大丈夫ですよ。」
「……あの……葵さん。」
「どうしました?」
「ヒジカタコーヒーはお断りしようと思ってます。」
その言葉に彼は手を止めた。そしてこちらを見る。
「では、ウチに来てくれるんですか。嬉しいですよ。」
「……あの……ではなくて、実は……。」
私はたどたどしいながらも瑠璃さんのことを彼に話した。怒ると思っていたけれど、葵さんは笑顔で話を聞いている。
「そうですか。お母さんに会いましたか。そうですね。私の母であり、師匠ですからね。あなたが母から焙煎を習いたいと思うのも当然かもしれません。しかし……。」
一呼吸。私を見ていた彼だったけれど、彼はその視線をはずした。
「命が尽きるのが先か、あなたに教えるのが先か。それくらい不安定です。卒業したらと思っていますか?」
「はい。」
「しかしそれまでに生きているかどうかもわかりませんよ。」
確かにそれはあるかもしれない。その場合はどうすればいいのだろう。
「私が教えても構わないですが、その場合はあなたを戴きたいのですけどね。」
「怒られますよ。」
「もうすでに色々言われてます。しつこいとね。だからシェアをしたいと言ったのですが。」
「ものじゃありませんから。」
「……その話はまた今度しましょう。今はもう帰った方がいい。遅くなると色々不安でしょう。」
「もう大丈夫です。では失礼します。」
「お疲れさまでした。」
思ったよりもあっさり受け入れたな。もしかしたら、もう瑠璃さんの死期が近いことも受け入れているのかもしれない。だからといってあんなに朗らかに笑えるんだろうか。
笑えるな。
どんな状況でも笑えるのが葵さんだ。そういう人。私はよく知っている。私が必死に彼を拒否をしても、彼は私に笑いながら手を伸ばす人だ。それがかえって怖かった。
コンビニの前にやってくると、一人の人がそこから出てくる。それはスーツを着て手には煙草の箱を持った茅さんだった。
「よう。こんな時間まで働いてんのか。勤労学生だな。」
「そんな時間遅くなっていないと思うんですけどね。」
「俺も今日は残業だ。」
メッセージ見ていないのかな。そう思いながら、私たちは並んで帰る。
「メッセージみました?」
「あぁ。そう言えば飯食わせてくれるんだっていってたな。胡桃さんが飯ねぇ。作れんの?」
「母さんは食事は上手ですよ。」
「ふーん。お前は?」
「食べれるといった程度です。凝ったものは出来ませんよ。」
「レストランじゃねぇんだから、そんなことまで求めねぇよ。食えればいい。特に……椿だった奴はみんなそうだろうな。」
「椿だった人……。」
それは柊さんも茅さんも、そして葵さんも含まれるんだろう。
「みんな入りたくて入った訳じゃない。食えなくて、仕方なく入った。そんな感じだろう。」
「竹彦は……自ら進んで入ったんです。」
「竹彦?」
「同級生です。いつか……駐車場で話していた。」
「あぁ。あいつか。変わった奴だ。でも……あぁいう奴が一番向いているんだろうな。よく似てる。」
「誰に?」
「みんなに似てる。葵のような笑顔を持ちながら、きっと柊のような仕事が出来るんだろう。」
「男も相手が出来ると。」
「最強だな。椿としては。」
茅さんは笑いながら、アパートに入っていった。
「あとでスープを持ってきます。」
「待ってる。」
茅さんは一階に、私は上の階にあがっていった。
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