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二年目
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携帯電話がなり、私はそれに手をかけようとした。しかし目の前にいる竹彦は、私に声をかける。
「無理しない方がいい。」
「あなたとキスをする方が無理よ。」
そう言って私は携帯電話の通話ボタンを押す。相手は柊さんだった。橋の上にいるらしい彼は、私がいないことに不思議に思っていたのだろう。
「下にいるわ。今上がる。」
そう言って通話ボタンを切った。
「竹彦君。あなたの確かに温かさはありがたかったわ。でも私が欲しい温もりは、あなたじゃないの。」
すると竹彦は、少し笑う。
「そうだね。確かにそうだ。だから僕は君を引き留めない。」
「……。」
私はそれだけをいうと橋の上に上がっていった。
橋の上には柊さんがいた。いつものように髪を結んでいる。
「柊さん。」
私は彼に駆け寄り、彼の腰のあたりに両手を回した。
「どうしたんだ。」
「楽しかったから。」
彼はそれを聞いて、私の頭をなでた。しかしその手が止まる。
手を離し、私は後ろを振り向いた。そこには竹彦がいた。
「竹彦と言ったか。ずいぶん容姿が変わっているので気が付かなかったな。」
背が伸び、金色になった髪を驚いたように彼は見ていたのだろう。
「柊さん。」
宣戦布告でもするのだろうか。わからないけれど、竹彦は柊さんに近づいてきた。柊さんはその挑発に乗るような人じゃない。だけど私はその雰囲気に、彼のシャツの背中を握った。喧嘩を売られたら、きっと買うのだろうから。
「……菊音さんからあなたのことを聞きました。ずいぶん腕が立つとか。」
「それがどうした。お前も椿だろう。普通の奴よりは腕が立つようになったのか。」
「まだまだです。」
「菊音からよく習えばいい。仕事は?もう何件かしたのか。」
「何件かです。」
「鉄砲玉としてはまだだろう。」
「はい。何人かを送りました。」
送るという単語に私はぞっとした。その中にはきっと桃香ちゃんもいたのだろうから。ううん。正確には送られそうになったのを、彼が保護したのだ。
「お前はそっちの方が合ってるのか?」
「僕は人を好きになることはないから、感情なしでつき合えるので都合がいいと言われましたね。」
「……まるで葵だな。」
彼はそう言って煙草に火をつけた。
「柊さん。お願いがあるんですが。」
「何だ。」
「強くなりたい。鉄砲玉としても役に立てるように。」
彼はため息を付いて、竹彦を見下ろした。
「ジゴロとしての能力があるのだったら、そっちの方がいい。命までは狙われない。ただ鉄砲玉として強くなりたいというのは、命の危険がある。」
「構わない。」
命を捨ててもいいってことだろうか。私は怖くなってさっきと別の意味で、柊さんのシャツを握る。
「命を捨ててもいいというほどの男じゃない。あいつは。」
「……一応、父です。」
「……は?」
「血の繋がりがあります。戸籍は繋がってませんけど。僕は愛人の子供でしたから。」
「ふん。妻一筋だと思っていたが、そんなこともしていたとはな。いずれは組に入るのか。」
「いいえ。僕には家がありますから。」
「だったらますます鉄砲玉として、敵の先頭に立つような真似は止めた方がいい。恨みも買うぞ。」
「いいんです。僕は……。」
「自暴自棄になるくらいなら、椿など辞めてしまえばいい。そのたいそうな彫り物も、今なら別のものに変えることもできるだろう。」
やはり柊さんは竹彦が椿の彫り物を入れたことを知っているのだ。だから止めようとしてたのだろうか。
「……強くなりたい。」
「強さを勘違いするな。俺も好きで強くなったわけじゃない。強くならなければ生き残れなかった。それだけの理由だ。」
「僕も強くなければいけないと思うんです。」
「お前はずいぶん強いと思うがな。なんせ、まだこいつが好きなんだろう。」
柊さんは私の肩を抱く。その様子にぐっと彼は唇をかんだ。
「はい。」
「だったら俺じゃない。俺から習えば、お前に不利なことを教えるだろう。少なくとも俺はそうする。桜。いい加減シャツを離せ。シャツが伸びる。」
「あ、ごめん。」
私はシャツを離すと柊さんは方から手を離し、私の手を握る。そして竹彦のそばを離れようとした。
「……あぁ。そうだ。独り言だけどな、その上にある神社でトレーニングしてる奴がいる。そいつについていけばいい。もっとも、そいつも女の都合でいないこともあるけどな。」
「女って……。」
それが誰なのかわかっていた。だけど彼は何もいわないで、私の手を引いてくれた。
今日はバイクじゃないらしい。歩いて家に向かっていた。柊さんは手を握ったまま、竹彦を思いだしていたようだった。
「……恐ろしい奴に育ちそうだな。」
「竹彦君?」
「あぁ。葵のように弁がたち、昔の俺のようだったら……茅よりも腕が立つかもしれない。」
「……育てたいと思わないの?」
「ヤクザを育ててもな。」
「竹彦君は……まだ何か隠してる。そう思えるわ。」
「あぁ。俺もそう思った。何か……目的があったのかもしれない。蓬さんに何か言われたのか。」
「蓬さん……ね。」
「今日会ったのか?」
「えぇ。会ったわ。ヒジカタコーヒーのことを教えてくれた。それで色んなことを知ったのよ。ショックだったわ。私の知らないところで色んなことが動いているのが。」
「……桜。どんなことが自分の周りで起こっても、変わらないものがある。」
彼は足を止めて、繋いだ手を自分の口元に持ってきた。私の手の甲に口を付ける。柔らかくて温かい感触が伝わってきた。
「えぇ。そうね。」
「無理しない方がいい。」
「あなたとキスをする方が無理よ。」
そう言って私は携帯電話の通話ボタンを押す。相手は柊さんだった。橋の上にいるらしい彼は、私がいないことに不思議に思っていたのだろう。
「下にいるわ。今上がる。」
そう言って通話ボタンを切った。
「竹彦君。あなたの確かに温かさはありがたかったわ。でも私が欲しい温もりは、あなたじゃないの。」
すると竹彦は、少し笑う。
「そうだね。確かにそうだ。だから僕は君を引き留めない。」
「……。」
私はそれだけをいうと橋の上に上がっていった。
橋の上には柊さんがいた。いつものように髪を結んでいる。
「柊さん。」
私は彼に駆け寄り、彼の腰のあたりに両手を回した。
「どうしたんだ。」
「楽しかったから。」
彼はそれを聞いて、私の頭をなでた。しかしその手が止まる。
手を離し、私は後ろを振り向いた。そこには竹彦がいた。
「竹彦と言ったか。ずいぶん容姿が変わっているので気が付かなかったな。」
背が伸び、金色になった髪を驚いたように彼は見ていたのだろう。
「柊さん。」
宣戦布告でもするのだろうか。わからないけれど、竹彦は柊さんに近づいてきた。柊さんはその挑発に乗るような人じゃない。だけど私はその雰囲気に、彼のシャツの背中を握った。喧嘩を売られたら、きっと買うのだろうから。
「……菊音さんからあなたのことを聞きました。ずいぶん腕が立つとか。」
「それがどうした。お前も椿だろう。普通の奴よりは腕が立つようになったのか。」
「まだまだです。」
「菊音からよく習えばいい。仕事は?もう何件かしたのか。」
「何件かです。」
「鉄砲玉としてはまだだろう。」
「はい。何人かを送りました。」
送るという単語に私はぞっとした。その中にはきっと桃香ちゃんもいたのだろうから。ううん。正確には送られそうになったのを、彼が保護したのだ。
「お前はそっちの方が合ってるのか?」
「僕は人を好きになることはないから、感情なしでつき合えるので都合がいいと言われましたね。」
「……まるで葵だな。」
彼はそう言って煙草に火をつけた。
「柊さん。お願いがあるんですが。」
「何だ。」
「強くなりたい。鉄砲玉としても役に立てるように。」
彼はため息を付いて、竹彦を見下ろした。
「ジゴロとしての能力があるのだったら、そっちの方がいい。命までは狙われない。ただ鉄砲玉として強くなりたいというのは、命の危険がある。」
「構わない。」
命を捨ててもいいってことだろうか。私は怖くなってさっきと別の意味で、柊さんのシャツを握る。
「命を捨ててもいいというほどの男じゃない。あいつは。」
「……一応、父です。」
「……は?」
「血の繋がりがあります。戸籍は繋がってませんけど。僕は愛人の子供でしたから。」
「ふん。妻一筋だと思っていたが、そんなこともしていたとはな。いずれは組に入るのか。」
「いいえ。僕には家がありますから。」
「だったらますます鉄砲玉として、敵の先頭に立つような真似は止めた方がいい。恨みも買うぞ。」
「いいんです。僕は……。」
「自暴自棄になるくらいなら、椿など辞めてしまえばいい。そのたいそうな彫り物も、今なら別のものに変えることもできるだろう。」
やはり柊さんは竹彦が椿の彫り物を入れたことを知っているのだ。だから止めようとしてたのだろうか。
「……強くなりたい。」
「強さを勘違いするな。俺も好きで強くなったわけじゃない。強くならなければ生き残れなかった。それだけの理由だ。」
「僕も強くなければいけないと思うんです。」
「お前はずいぶん強いと思うがな。なんせ、まだこいつが好きなんだろう。」
柊さんは私の肩を抱く。その様子にぐっと彼は唇をかんだ。
「はい。」
「だったら俺じゃない。俺から習えば、お前に不利なことを教えるだろう。少なくとも俺はそうする。桜。いい加減シャツを離せ。シャツが伸びる。」
「あ、ごめん。」
私はシャツを離すと柊さんは方から手を離し、私の手を握る。そして竹彦のそばを離れようとした。
「……あぁ。そうだ。独り言だけどな、その上にある神社でトレーニングしてる奴がいる。そいつについていけばいい。もっとも、そいつも女の都合でいないこともあるけどな。」
「女って……。」
それが誰なのかわかっていた。だけど彼は何もいわないで、私の手を引いてくれた。
今日はバイクじゃないらしい。歩いて家に向かっていた。柊さんは手を握ったまま、竹彦を思いだしていたようだった。
「……恐ろしい奴に育ちそうだな。」
「竹彦君?」
「あぁ。葵のように弁がたち、昔の俺のようだったら……茅よりも腕が立つかもしれない。」
「……育てたいと思わないの?」
「ヤクザを育ててもな。」
「竹彦君は……まだ何か隠してる。そう思えるわ。」
「あぁ。俺もそう思った。何か……目的があったのかもしれない。蓬さんに何か言われたのか。」
「蓬さん……ね。」
「今日会ったのか?」
「えぇ。会ったわ。ヒジカタコーヒーのことを教えてくれた。それで色んなことを知ったのよ。ショックだったわ。私の知らないところで色んなことが動いているのが。」
「……桜。どんなことが自分の周りで起こっても、変わらないものがある。」
彼は足を止めて、繋いだ手を自分の口元に持ってきた。私の手の甲に口を付ける。柔らかくて温かい感触が伝わってきた。
「えぇ。そうね。」
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