夜の声

神崎

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二年目

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 菊音さんが連れてきたのは、ステージ脇にあるバックヤードだった。テントが張っていて、さらにビニールシートをかけてあるので他からは見えなかった。その分相当暑い。むしむししていて、あまり人はいないようだった。
 その脇のテントにはビニールシートを引いていなくて、そこにはミキサーが置いてあり、今は菊音さんではない人が音量を調節したりしているようだ。
 その中はばたばたしていて、次に出番のくるDJがレコードをチェックしたり、コードを持った人がうろうろしていて何となく居心地が悪い。
 邪魔にならないように隅の方へいると、菊音さんがペットボトルのお茶を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。」
「暑いからね。ここは。」
 それを受け取り、彼を見上げる。腕まくりをした左腕の肩。そこには入れ墨があった。ううん。そこだけじゃなくて、手とか、指とかにも入れ墨はあるけれど、左肩の入れ墨はやっぱりあれなんだろうな。
「Syuはどこにいったかな。」
 するとコードを持っていた男が不思議そうに周りを見た。
「さっき見たんですけどね。どこ行ったかな。ほらSyuって案外行動掴めないところがあるから。」
 ここでもそうなのか。自由な人だな。
「まぁ、時間が押してるからな。」
「あれ?その子、誰ですか?菊音さんの隠し子?」
「ハハ。はっ倒すぞ。お前。」
 笑顔のままで彼はいう。本気じゃないんだろうな。
「じゃあ、誰かの関係者ですか。ここ、あまり関係者以外入っちゃいけないって言われてんのに。」
「関係者だからな。いいんだよ。なんか言われたら俺が言っておくから。」
 そういって彼はまたどこかへ行ってしまった。
「菊音さん。私やっぱりいない方がいいんじゃ……。」
「気にするな。それよりもSyuを探した方がいいだろう。」
 だけど狭いテントの中、柊さんの姿はない。すると菊音さんは少しため息を付いた。
「菊音さん。」
「どうした?」
「あなたも蓬さんの関係者なのですか。」
 すると菊音さんは表情を変えずに、私を見た。
「あぁ。そうだよ。でもまぁ、ここで公に言えることでもないけどね。」
「そうですね。」
 すると彼は煙草が吸いたいと私を、入ってきたところとは逆の出口から私を出した。
 川岸にあるイベント会場は、この辺になると人が少ない。特に喫煙所は他にもあるけれど、ここは穴場らしい。ほとんど人はいない。
「Syuが何者か知ってる?」
「はい。」
「そうか。俺はあいつの事あまりよく知らない。だが、予想は出来る。だが、確信は無い。」
 菊音さんは煙草を取り出して、煙を吐き出す。
「俺はね、元やくざ。蓬さんの下にいたんだよ。蓬さんの子飼いを育ててた。」
「……生活をってことですか。」
「まぁ、生活もあるけど、仕事をする上でのこともな。」
 やくざ。元やくざ。そう見えなくもない。蓬さんのように明らかな人ではないけれど、そんな風にも見えなくもない。
「今は、ただのクラブのオーナー。Syuに音楽を教えたのも俺。」
 柊とは呼ばないのは周りの目があるからだろうか。
「Syuは感情を持たない機械のようだった。なのに女が苦手だったな。ひどく失恋でもしたらしい。」
 失恋。多分百合さんのことだろう。
「……どんな人だったんですか。」
 その言葉に彼は微笑んだ。
「あんたに似てるよ。でもあんたじゃない。」
「……。」
「もう二度と人を好きにならないと思った。Syuは。俺は本当に感謝している。あんたがいてくれて良かった。」
 そういって彼は私の頭をぽんぽんとたたいた。
「まぁ、でもまだ心配な奴はいるけどな。」
「子飼いの方を心配してくださるんですね。」
「あぁ。子供みたいなものだからな。俺には子供は出来なかったし。そうだ。あんた、結婚するんだったら俺が保証人にサインしてやるから。」
「ハハ。先の話ですよ。」
「そう?もうすぐだと思った。」
 彼は煙草を消して、私から視線をはずした。
「後はあいつだけだな。」
「あいつ?」
「あんたも知ってる奴だ。一番の問題。あいつは頭が痛い。」
 あいつって誰だ?元椿だった人で私の知っている人?葵さん?な訳ないか。じゃあ茅さん?確かに酔っぱらえばめんどくさい人だけど。
「……優しい顔をしている奴が一番面倒だ。」
 そのとき、向こうから帽子をかぶった男が近づいてきた。
 テンガロンハットをかぶった長髪の男だった。その人が見えると、菊音さんはふっと笑い、テントの中に足を向ける。
「……。」
 彼は何も言わずに、私の手を引くと会場から少し離れたところに足を延ばした。
 私はこの温かい手を知っている。何度も手を繋いだそのごつごつした大きな手。私はその手が一番好きだった。
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