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二年目
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蓬さんの言葉は、何となく茅さんの今までの行動を納得させるような言葉だった。
梅子さんが言うのには他のカフェにいる、バリスタライセンスを持っている店員を引き抜いていること。
今年の頭に茅さんがこの町にやってきたこと。
彼は当初から私を見ていたこと。
柊さんを恨んでいる理由はまだわからないけれど、私に手を出してきたことはそう言った理由があるのかもしれない。
そう言えば葵さんに一度聞いたことがある。どうしてこの場所に喫茶店を作ったのかということ。すると、彼は「どうしてもここで開きたかった。」としか言わなかった。ということはあそこを閉店する気も、さらさら無いと思う。本来なら葵さんみたいな人を入れて、カフェ事業をした方がヒジカタコーヒーとしてはいいのかもしれない。
だけど多分葵さんはあそこから離れない。
だから私に?
うーん。なんか買いかぶられている気もするけど……。だけどこの状態っていうのははっきり言ってあまり良くないのかもしれない。
だって多分これじゃ、私が葵さんの技術を盗むために葵さんの所に行って、その技術をヒジカタコーヒーに受け渡すみたいな感じに見える。
「……。」
そんなつもりはないし、大体、私がしたいのは事務仕事であって、カフェ事業なんか……。
そう思いながら、私はそのアルコールの売っているエリアを歩いていた。すると目に付いたのは、「虹」の屋台だった。
そこへ近づくと、松秋さんが気が付いてくれた。
「久しぶりだな。」
「はい。」
「なんか食うか?」
「あ、ちょっと顔を出しただけなんで。」
「そっか。」
すると向こうから梅子さんがやってきた。今日も派手な格好だな。
「あら、桜さん。いらっしゃい。」
「こんにちは。」
「良かったら何か飲む?アルコールなしなら提供できるわよ。」
「あ、じゃあいただきます。」
「シャーリーテンプルでも作ろうか?」
「はい。」
屋台に入った梅子さんは手際よくカクテルを作っていく。
「さっき、竹にあったわ。」
「竹彦君ですか。」
「えぇ。背がずいぶん伸びたのね。筋肉も付いて男らしくなったわ。女装なんてもう出来ないかもしれないわ。」
「好きなら続ければいいと思うんですけどね。」
梅子さんは少し笑い、私にプラスチックで出来たカップを渡す。
「そうね。でも……守りたいものがあるって言ってたわ。だから鍛えているって。そのために自分のやりたいことを捨てたんでしょ?」
「……梅子さん。やりたいことがあるから、諦めないといけないことってあるんですかね。」
「……そうね。難しいけど……。」
ちらりと松秋さんを見る。彼は客にビールとタコスを渡していた。
「桜。お前、葵の所を辞めるのか。」
「まだ辞めませんけど。」
「その技術を持って他の店に行けば、確かに強みになるだろうな。」
その言葉に私は背筋が寒くなった。どこまで知られているんだろう。
「松秋。決まってるわけじゃないわ。」
「世間はそう見てくれないってことだ。そのためにお前に近づいてきた奴もいるだろう。」
茅さんのことか?
「えぇ。」
「葵の技術を俺がほしがったように、葵の技術を持っているお前を欲しがっている企業は、ヒジカタコーヒーだけじゃない。甘い言葉に気をつけろよ。」
すると松秋さんの前にお客さんがやってきた。
「フフ。松秋はあぁあってもあなたのことをすごく心配していたのよ。柊だってそんなにあなたを守れるわけじゃないもの。」
「企業にとっては私は金の卵を生む鳥ってわけですか。」
「……そうね。あなたの技術は葵の技術。どんな手を使っても、欲しいでしょうね。」
「それを葵さんが知っているんですか。」
「さぁ。どうかしらね。ただ、噂では葵の所にも人は行ったわ。」
「葵さんに何をさせようと?」
「技術を教えて欲しいって。」
「……断ったでしょうね。」
「えぇ。だからあなたに目を付けたんでしょ?」
「私、教えられるほどうまくないですけど。」
すると梅子さんは目を見開いて言う。
「何言ってんの。自信持ちなさいよ。少なくとも普通のカフェの店員が入れるコーヒーより美味しいわよ。」
そうなのかなぁ。それってコーヒーメーカーが入れるコーヒーよりも美味しいってことじゃないのかなぁ。
そんなの自慢にもなんにもなんない気がするけど。
シャーリーテンプルというのは、ノンアルコールカクテル。ジンジャーエールとグレナデンシロップをレモンの皮やレモン果汁を入れたもの。
さっぱりしてて美味しい。それにアルコールは入っていないけれど、この場にいるのにはアルコールを飲んでいるように見えるようで、浮いている感じには見えなくなった。
飲み物は確かに美味しい。だけど、ふつふつと沸いてくるのは茅さんのことだった。
茅さんは何度と無くキスをしてきたり、スキンシップをしようとした。それはすべて会社のためだったと思うと、ヒジカタコーヒーにも茅さんにも不信感が募ってしまう。それより何より、葵さんに申し訳ない感情が芽生えてきた。
私はその足で、葵さんのいるところを探した。
彼がいる屋台は「blue rose」。どこの屋台なんだろう。周りを見渡した。そのとき、私の肩をぽんとたたく人がいた。
振り返るとそこには、金色の髪をした竹彦がそこにいる。
「久しぶり。」
彼は笑いながら、私に話しかけてきた。
梅子さんが言うのには他のカフェにいる、バリスタライセンスを持っている店員を引き抜いていること。
今年の頭に茅さんがこの町にやってきたこと。
彼は当初から私を見ていたこと。
柊さんを恨んでいる理由はまだわからないけれど、私に手を出してきたことはそう言った理由があるのかもしれない。
そう言えば葵さんに一度聞いたことがある。どうしてこの場所に喫茶店を作ったのかということ。すると、彼は「どうしてもここで開きたかった。」としか言わなかった。ということはあそこを閉店する気も、さらさら無いと思う。本来なら葵さんみたいな人を入れて、カフェ事業をした方がヒジカタコーヒーとしてはいいのかもしれない。
だけど多分葵さんはあそこから離れない。
だから私に?
うーん。なんか買いかぶられている気もするけど……。だけどこの状態っていうのははっきり言ってあまり良くないのかもしれない。
だって多分これじゃ、私が葵さんの技術を盗むために葵さんの所に行って、その技術をヒジカタコーヒーに受け渡すみたいな感じに見える。
「……。」
そんなつもりはないし、大体、私がしたいのは事務仕事であって、カフェ事業なんか……。
そう思いながら、私はそのアルコールの売っているエリアを歩いていた。すると目に付いたのは、「虹」の屋台だった。
そこへ近づくと、松秋さんが気が付いてくれた。
「久しぶりだな。」
「はい。」
「なんか食うか?」
「あ、ちょっと顔を出しただけなんで。」
「そっか。」
すると向こうから梅子さんがやってきた。今日も派手な格好だな。
「あら、桜さん。いらっしゃい。」
「こんにちは。」
「良かったら何か飲む?アルコールなしなら提供できるわよ。」
「あ、じゃあいただきます。」
「シャーリーテンプルでも作ろうか?」
「はい。」
屋台に入った梅子さんは手際よくカクテルを作っていく。
「さっき、竹にあったわ。」
「竹彦君ですか。」
「えぇ。背がずいぶん伸びたのね。筋肉も付いて男らしくなったわ。女装なんてもう出来ないかもしれないわ。」
「好きなら続ければいいと思うんですけどね。」
梅子さんは少し笑い、私にプラスチックで出来たカップを渡す。
「そうね。でも……守りたいものがあるって言ってたわ。だから鍛えているって。そのために自分のやりたいことを捨てたんでしょ?」
「……梅子さん。やりたいことがあるから、諦めないといけないことってあるんですかね。」
「……そうね。難しいけど……。」
ちらりと松秋さんを見る。彼は客にビールとタコスを渡していた。
「桜。お前、葵の所を辞めるのか。」
「まだ辞めませんけど。」
「その技術を持って他の店に行けば、確かに強みになるだろうな。」
その言葉に私は背筋が寒くなった。どこまで知られているんだろう。
「松秋。決まってるわけじゃないわ。」
「世間はそう見てくれないってことだ。そのためにお前に近づいてきた奴もいるだろう。」
茅さんのことか?
「えぇ。」
「葵の技術を俺がほしがったように、葵の技術を持っているお前を欲しがっている企業は、ヒジカタコーヒーだけじゃない。甘い言葉に気をつけろよ。」
すると松秋さんの前にお客さんがやってきた。
「フフ。松秋はあぁあってもあなたのことをすごく心配していたのよ。柊だってそんなにあなたを守れるわけじゃないもの。」
「企業にとっては私は金の卵を生む鳥ってわけですか。」
「……そうね。あなたの技術は葵の技術。どんな手を使っても、欲しいでしょうね。」
「それを葵さんが知っているんですか。」
「さぁ。どうかしらね。ただ、噂では葵の所にも人は行ったわ。」
「葵さんに何をさせようと?」
「技術を教えて欲しいって。」
「……断ったでしょうね。」
「えぇ。だからあなたに目を付けたんでしょ?」
「私、教えられるほどうまくないですけど。」
すると梅子さんは目を見開いて言う。
「何言ってんの。自信持ちなさいよ。少なくとも普通のカフェの店員が入れるコーヒーより美味しいわよ。」
そうなのかなぁ。それってコーヒーメーカーが入れるコーヒーよりも美味しいってことじゃないのかなぁ。
そんなの自慢にもなんにもなんない気がするけど。
シャーリーテンプルというのは、ノンアルコールカクテル。ジンジャーエールとグレナデンシロップをレモンの皮やレモン果汁を入れたもの。
さっぱりしてて美味しい。それにアルコールは入っていないけれど、この場にいるのにはアルコールを飲んでいるように見えるようで、浮いている感じには見えなくなった。
飲み物は確かに美味しい。だけど、ふつふつと沸いてくるのは茅さんのことだった。
茅さんは何度と無くキスをしてきたり、スキンシップをしようとした。それはすべて会社のためだったと思うと、ヒジカタコーヒーにも茅さんにも不信感が募ってしまう。それより何より、葵さんに申し訳ない感情が芽生えてきた。
私はその足で、葵さんのいるところを探した。
彼がいる屋台は「blue rose」。どこの屋台なんだろう。周りを見渡した。そのとき、私の肩をぽんとたたく人がいた。
振り返るとそこには、金色の髪をした竹彦がそこにいる。
「久しぶり。」
彼は笑いながら、私に話しかけてきた。
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