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二年目
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台風が過ぎて、週末。祭りの日になった。朝から花火がなり、華やかな雰囲気が醸し出されている。それでも私は朝から布団を干し、掃除をする。普段出来ないところを、綺麗にしておかなければいけない。
昼過ぎに母さんが起きてきた。ブラとパンツだけという水着のような格好のまま、部屋から出てくる。
「桜ー。コーヒー入れてくれない?」
また二日酔いだ。最近多いな。
「コーヒーでいいの?」
「うん。とりあえず目を覚ましておかなきゃ。それから美容室いって……。」
「浴衣出しておいたよ。そこ、置いてある。帯と襦袢ね。」
「ありがと。あんたは着ないの?」
「面倒。」
ミルでコーヒー豆をがりがりとすりつぶして、お湯を沸かす。手順は「窓」でしていることと同じだ。
「浴衣、いつか着てたじゃん。いい感じだったよ。」
「お洒落とは無関係な人生を送りたいわねぇ。」
「あーあ。せっかく女の子なのに、お洒落もしたくないなんてねぇ。柊さんもそれでいいって?」
「あの人もお洒落には無頓着よ。」
「そうだったわね。そう言えば、今日ステージにあがるの?何時から?」
「十八時位って言ってたかな。」
「ファンが多いのね。」
「んー。そうみたい。」
柊さんがかける曲は、耳馴染みのある昔の曲が中心だった。ある程度の歳の人には懐かしく、若い人には新鮮に聞こえるらしい。
「あ、そうそう。今日のゲストさ、元strawberry flowerのリリーよね。解散したんだって?」
「そうらしいね。去年もでてたけど、ソロででた曲がヒットしてるもの。それでもこんな小さい町の祭りにでるんだね。」
コーヒーを入れ終わり、カップに注ぐと母さんに渡した。もう一つは私のもの。
「なんかこの町にあるのかしら。」
「知らない。興味ないから。」
リリーがソロになった曲は、椿さんのラジオでもかかることがある。だけど何となく万人受けをねらったような音は、どことなく嫌みだと思った。
「今日は「虹」に呼ばれてないの?」
「今年はお酒を出すんですって。だから未成年は雇えないって。」
「それもそうね。ヒジカタコーヒーは?」
「声かかってない。特にいらないんじゃない?」
「じゃあゆっくり見られるわね。」
確かにそうだ。去年はばたばたした。だから今年はゆっくりと柊さんの音に酔いしれることが出来る。それが嬉しい。
髪を結んで、祭りの会場へ足を運ぶ。相変わらず騒がしい会場だ。人も去年より多い気がする。リリーをみんな見に来ているのかなぁ。
ポスターが目について、そこで立ち止まる。リリーの写真が大きく写っていた。色んな色の入ったボーダー柄のチューブトップのワンピース。ドレッドヘアと麻か何かで編んだヘッドバンドを身につけていて、どこかレゲエの匂いがする。その下には地元の高校のパフォーマンスや、幼稚園のお遊戯なんかもあると書いてある。
携帯の時計を見た。まだ時間はあるようだ。本来は良くないけれど、「虹」にちょっと顔を出しておこうかな。
アルコールありのブースと、アルコールなしのブースはきっちり分かれていて、大人の人たちがアルコールありのブースへ吸い込まれるように向かっていく。確かここには葵さんがいる「blue rose」もあるはずだ。
なるほど。ここへは去年来なかったけれど、酔っぱらいが多いようだ。からまれないようにしないといけない。そのとき私に声をかける人がいた。
「桜?」
振り返るとそこには蓬さんの姿があった。
「……お久しぶりです。」
会いたくなかったけどね。取り巻きたちがいて、私を舐めるように見ているし、正直怖い。
「就職先は決まったようだな。」
「……そんな話まで届いているのですか。」
「あぁ。この町のことだ。何があるかは筒抜けだからな。」
大変迷惑だ。そう言いたいけど、そうは言えないんだろうな。
「お前、ヒジカタコーヒーへ行くのか。」
「そのつもりで面接を……。」
「特別枠ではないのか。」
「そんな推薦みたいな真似。一介の高校生に何が出来ますか。」
「しかし……カフェを作るというので、茅が挨拶にきた。」
「そうでしたか。」
「そこにお前が加わるとも。」
「は?」
何それ?私の知らないところでなんの話が進んでんだ?
「知りませんけど。」
「そうか。では多分今から行く話なのだろう。それにしてもいい度胸だな。桜。」
「何がですか。」
「葵の技術を持って、他の店に肩入れするとはな。」
「……誤解です。私は何も知りません。」
「そうかもしれないが、世間はそう見てくれない。」
おそらく話が来るのは二学期に入った九月あたり。そのあたりで私にそう言う話が来るのだろう。だがそんな話に乗る訳ない。
「私のコーヒーは葵さんが教えてくれたけれど、葵さんのいないところで商売になるようなコーヒーを淹れれるわけありませんよ。」
「だが、体には身についているはずだ。二年もあの店にいるのだから。」
葵さんはその話を知っているのだろうか。茅さんはそれをねらって私に近づいたのだろうか。色んな疑問がぐるぐると頭の中を回る。
「その話がイヤならば、断ればいい。だがこの時期に就職先を変えるというのは、厳しいんじゃないのか。」
「……えぇ。そうですね。」
「どうしようもなくなったら、私に連絡すればいい。私はまだお前がうちの組で奥事をしてくれることを期待している。」
「しません。」
「柊のためか。」
「はい。」
すぐに答えた私にちょっと虚を突かれたような表情をした。
「以前と違うな。顔色一つ変えない。竹彦と一緒だ。」
「竹彦君は、元気なんですか。」
「あぁ。いつでも会いに来ればいい。」
「会いに行くなら、本人に連絡します。気にしないでください。」
そう言って私は蓬さんと別れた。蓬さんも忙しそうな人だ。私なんかに関わっている暇はないのだろう。
昼過ぎに母さんが起きてきた。ブラとパンツだけという水着のような格好のまま、部屋から出てくる。
「桜ー。コーヒー入れてくれない?」
また二日酔いだ。最近多いな。
「コーヒーでいいの?」
「うん。とりあえず目を覚ましておかなきゃ。それから美容室いって……。」
「浴衣出しておいたよ。そこ、置いてある。帯と襦袢ね。」
「ありがと。あんたは着ないの?」
「面倒。」
ミルでコーヒー豆をがりがりとすりつぶして、お湯を沸かす。手順は「窓」でしていることと同じだ。
「浴衣、いつか着てたじゃん。いい感じだったよ。」
「お洒落とは無関係な人生を送りたいわねぇ。」
「あーあ。せっかく女の子なのに、お洒落もしたくないなんてねぇ。柊さんもそれでいいって?」
「あの人もお洒落には無頓着よ。」
「そうだったわね。そう言えば、今日ステージにあがるの?何時から?」
「十八時位って言ってたかな。」
「ファンが多いのね。」
「んー。そうみたい。」
柊さんがかける曲は、耳馴染みのある昔の曲が中心だった。ある程度の歳の人には懐かしく、若い人には新鮮に聞こえるらしい。
「あ、そうそう。今日のゲストさ、元strawberry flowerのリリーよね。解散したんだって?」
「そうらしいね。去年もでてたけど、ソロででた曲がヒットしてるもの。それでもこんな小さい町の祭りにでるんだね。」
コーヒーを入れ終わり、カップに注ぐと母さんに渡した。もう一つは私のもの。
「なんかこの町にあるのかしら。」
「知らない。興味ないから。」
リリーがソロになった曲は、椿さんのラジオでもかかることがある。だけど何となく万人受けをねらったような音は、どことなく嫌みだと思った。
「今日は「虹」に呼ばれてないの?」
「今年はお酒を出すんですって。だから未成年は雇えないって。」
「それもそうね。ヒジカタコーヒーは?」
「声かかってない。特にいらないんじゃない?」
「じゃあゆっくり見られるわね。」
確かにそうだ。去年はばたばたした。だから今年はゆっくりと柊さんの音に酔いしれることが出来る。それが嬉しい。
髪を結んで、祭りの会場へ足を運ぶ。相変わらず騒がしい会場だ。人も去年より多い気がする。リリーをみんな見に来ているのかなぁ。
ポスターが目について、そこで立ち止まる。リリーの写真が大きく写っていた。色んな色の入ったボーダー柄のチューブトップのワンピース。ドレッドヘアと麻か何かで編んだヘッドバンドを身につけていて、どこかレゲエの匂いがする。その下には地元の高校のパフォーマンスや、幼稚園のお遊戯なんかもあると書いてある。
携帯の時計を見た。まだ時間はあるようだ。本来は良くないけれど、「虹」にちょっと顔を出しておこうかな。
アルコールありのブースと、アルコールなしのブースはきっちり分かれていて、大人の人たちがアルコールありのブースへ吸い込まれるように向かっていく。確かここには葵さんがいる「blue rose」もあるはずだ。
なるほど。ここへは去年来なかったけれど、酔っぱらいが多いようだ。からまれないようにしないといけない。そのとき私に声をかける人がいた。
「桜?」
振り返るとそこには蓬さんの姿があった。
「……お久しぶりです。」
会いたくなかったけどね。取り巻きたちがいて、私を舐めるように見ているし、正直怖い。
「就職先は決まったようだな。」
「……そんな話まで届いているのですか。」
「あぁ。この町のことだ。何があるかは筒抜けだからな。」
大変迷惑だ。そう言いたいけど、そうは言えないんだろうな。
「お前、ヒジカタコーヒーへ行くのか。」
「そのつもりで面接を……。」
「特別枠ではないのか。」
「そんな推薦みたいな真似。一介の高校生に何が出来ますか。」
「しかし……カフェを作るというので、茅が挨拶にきた。」
「そうでしたか。」
「そこにお前が加わるとも。」
「は?」
何それ?私の知らないところでなんの話が進んでんだ?
「知りませんけど。」
「そうか。では多分今から行く話なのだろう。それにしてもいい度胸だな。桜。」
「何がですか。」
「葵の技術を持って、他の店に肩入れするとはな。」
「……誤解です。私は何も知りません。」
「そうかもしれないが、世間はそう見てくれない。」
おそらく話が来るのは二学期に入った九月あたり。そのあたりで私にそう言う話が来るのだろう。だがそんな話に乗る訳ない。
「私のコーヒーは葵さんが教えてくれたけれど、葵さんのいないところで商売になるようなコーヒーを淹れれるわけありませんよ。」
「だが、体には身についているはずだ。二年もあの店にいるのだから。」
葵さんはその話を知っているのだろうか。茅さんはそれをねらって私に近づいたのだろうか。色んな疑問がぐるぐると頭の中を回る。
「その話がイヤならば、断ればいい。だがこの時期に就職先を変えるというのは、厳しいんじゃないのか。」
「……えぇ。そうですね。」
「どうしようもなくなったら、私に連絡すればいい。私はまだお前がうちの組で奥事をしてくれることを期待している。」
「しません。」
「柊のためか。」
「はい。」
すぐに答えた私にちょっと虚を突かれたような表情をした。
「以前と違うな。顔色一つ変えない。竹彦と一緒だ。」
「竹彦君は、元気なんですか。」
「あぁ。いつでも会いに来ればいい。」
「会いに行くなら、本人に連絡します。気にしないでください。」
そう言って私は蓬さんと別れた。蓬さんも忙しそうな人だ。私なんかに関わっている暇はないのだろう。
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