169 / 355
二年目
168
しおりを挟む
台風が過ぎて、週末。祭りの日になった。朝から花火がなり、華やかな雰囲気が醸し出されている。それでも私は朝から布団を干し、掃除をする。普段出来ないところを、綺麗にしておかなければいけない。
昼過ぎに母さんが起きてきた。ブラとパンツだけという水着のような格好のまま、部屋から出てくる。
「桜ー。コーヒー入れてくれない?」
また二日酔いだ。最近多いな。
「コーヒーでいいの?」
「うん。とりあえず目を覚ましておかなきゃ。それから美容室いって……。」
「浴衣出しておいたよ。そこ、置いてある。帯と襦袢ね。」
「ありがと。あんたは着ないの?」
「面倒。」
ミルでコーヒー豆をがりがりとすりつぶして、お湯を沸かす。手順は「窓」でしていることと同じだ。
「浴衣、いつか着てたじゃん。いい感じだったよ。」
「お洒落とは無関係な人生を送りたいわねぇ。」
「あーあ。せっかく女の子なのに、お洒落もしたくないなんてねぇ。柊さんもそれでいいって?」
「あの人もお洒落には無頓着よ。」
「そうだったわね。そう言えば、今日ステージにあがるの?何時から?」
「十八時位って言ってたかな。」
「ファンが多いのね。」
「んー。そうみたい。」
柊さんがかける曲は、耳馴染みのある昔の曲が中心だった。ある程度の歳の人には懐かしく、若い人には新鮮に聞こえるらしい。
「あ、そうそう。今日のゲストさ、元strawberry flowerのリリーよね。解散したんだって?」
「そうらしいね。去年もでてたけど、ソロででた曲がヒットしてるもの。それでもこんな小さい町の祭りにでるんだね。」
コーヒーを入れ終わり、カップに注ぐと母さんに渡した。もう一つは私のもの。
「なんかこの町にあるのかしら。」
「知らない。興味ないから。」
リリーがソロになった曲は、椿さんのラジオでもかかることがある。だけど何となく万人受けをねらったような音は、どことなく嫌みだと思った。
「今日は「虹」に呼ばれてないの?」
「今年はお酒を出すんですって。だから未成年は雇えないって。」
「それもそうね。ヒジカタコーヒーは?」
「声かかってない。特にいらないんじゃない?」
「じゃあゆっくり見られるわね。」
確かにそうだ。去年はばたばたした。だから今年はゆっくりと柊さんの音に酔いしれることが出来る。それが嬉しい。
髪を結んで、祭りの会場へ足を運ぶ。相変わらず騒がしい会場だ。人も去年より多い気がする。リリーをみんな見に来ているのかなぁ。
ポスターが目について、そこで立ち止まる。リリーの写真が大きく写っていた。色んな色の入ったボーダー柄のチューブトップのワンピース。ドレッドヘアと麻か何かで編んだヘッドバンドを身につけていて、どこかレゲエの匂いがする。その下には地元の高校のパフォーマンスや、幼稚園のお遊戯なんかもあると書いてある。
携帯の時計を見た。まだ時間はあるようだ。本来は良くないけれど、「虹」にちょっと顔を出しておこうかな。
アルコールありのブースと、アルコールなしのブースはきっちり分かれていて、大人の人たちがアルコールありのブースへ吸い込まれるように向かっていく。確かここには葵さんがいる「blue rose」もあるはずだ。
なるほど。ここへは去年来なかったけれど、酔っぱらいが多いようだ。からまれないようにしないといけない。そのとき私に声をかける人がいた。
「桜?」
振り返るとそこには蓬さんの姿があった。
「……お久しぶりです。」
会いたくなかったけどね。取り巻きたちがいて、私を舐めるように見ているし、正直怖い。
「就職先は決まったようだな。」
「……そんな話まで届いているのですか。」
「あぁ。この町のことだ。何があるかは筒抜けだからな。」
大変迷惑だ。そう言いたいけど、そうは言えないんだろうな。
「お前、ヒジカタコーヒーへ行くのか。」
「そのつもりで面接を……。」
「特別枠ではないのか。」
「そんな推薦みたいな真似。一介の高校生に何が出来ますか。」
「しかし……カフェを作るというので、茅が挨拶にきた。」
「そうでしたか。」
「そこにお前が加わるとも。」
「は?」
何それ?私の知らないところでなんの話が進んでんだ?
「知りませんけど。」
「そうか。では多分今から行く話なのだろう。それにしてもいい度胸だな。桜。」
「何がですか。」
「葵の技術を持って、他の店に肩入れするとはな。」
「……誤解です。私は何も知りません。」
「そうかもしれないが、世間はそう見てくれない。」
おそらく話が来るのは二学期に入った九月あたり。そのあたりで私にそう言う話が来るのだろう。だがそんな話に乗る訳ない。
「私のコーヒーは葵さんが教えてくれたけれど、葵さんのいないところで商売になるようなコーヒーを淹れれるわけありませんよ。」
「だが、体には身についているはずだ。二年もあの店にいるのだから。」
葵さんはその話を知っているのだろうか。茅さんはそれをねらって私に近づいたのだろうか。色んな疑問がぐるぐると頭の中を回る。
「その話がイヤならば、断ればいい。だがこの時期に就職先を変えるというのは、厳しいんじゃないのか。」
「……えぇ。そうですね。」
「どうしようもなくなったら、私に連絡すればいい。私はまだお前がうちの組で奥事をしてくれることを期待している。」
「しません。」
「柊のためか。」
「はい。」
すぐに答えた私にちょっと虚を突かれたような表情をした。
「以前と違うな。顔色一つ変えない。竹彦と一緒だ。」
「竹彦君は、元気なんですか。」
「あぁ。いつでも会いに来ればいい。」
「会いに行くなら、本人に連絡します。気にしないでください。」
そう言って私は蓬さんと別れた。蓬さんも忙しそうな人だ。私なんかに関わっている暇はないのだろう。
昼過ぎに母さんが起きてきた。ブラとパンツだけという水着のような格好のまま、部屋から出てくる。
「桜ー。コーヒー入れてくれない?」
また二日酔いだ。最近多いな。
「コーヒーでいいの?」
「うん。とりあえず目を覚ましておかなきゃ。それから美容室いって……。」
「浴衣出しておいたよ。そこ、置いてある。帯と襦袢ね。」
「ありがと。あんたは着ないの?」
「面倒。」
ミルでコーヒー豆をがりがりとすりつぶして、お湯を沸かす。手順は「窓」でしていることと同じだ。
「浴衣、いつか着てたじゃん。いい感じだったよ。」
「お洒落とは無関係な人生を送りたいわねぇ。」
「あーあ。せっかく女の子なのに、お洒落もしたくないなんてねぇ。柊さんもそれでいいって?」
「あの人もお洒落には無頓着よ。」
「そうだったわね。そう言えば、今日ステージにあがるの?何時から?」
「十八時位って言ってたかな。」
「ファンが多いのね。」
「んー。そうみたい。」
柊さんがかける曲は、耳馴染みのある昔の曲が中心だった。ある程度の歳の人には懐かしく、若い人には新鮮に聞こえるらしい。
「あ、そうそう。今日のゲストさ、元strawberry flowerのリリーよね。解散したんだって?」
「そうらしいね。去年もでてたけど、ソロででた曲がヒットしてるもの。それでもこんな小さい町の祭りにでるんだね。」
コーヒーを入れ終わり、カップに注ぐと母さんに渡した。もう一つは私のもの。
「なんかこの町にあるのかしら。」
「知らない。興味ないから。」
リリーがソロになった曲は、椿さんのラジオでもかかることがある。だけど何となく万人受けをねらったような音は、どことなく嫌みだと思った。
「今日は「虹」に呼ばれてないの?」
「今年はお酒を出すんですって。だから未成年は雇えないって。」
「それもそうね。ヒジカタコーヒーは?」
「声かかってない。特にいらないんじゃない?」
「じゃあゆっくり見られるわね。」
確かにそうだ。去年はばたばたした。だから今年はゆっくりと柊さんの音に酔いしれることが出来る。それが嬉しい。
髪を結んで、祭りの会場へ足を運ぶ。相変わらず騒がしい会場だ。人も去年より多い気がする。リリーをみんな見に来ているのかなぁ。
ポスターが目について、そこで立ち止まる。リリーの写真が大きく写っていた。色んな色の入ったボーダー柄のチューブトップのワンピース。ドレッドヘアと麻か何かで編んだヘッドバンドを身につけていて、どこかレゲエの匂いがする。その下には地元の高校のパフォーマンスや、幼稚園のお遊戯なんかもあると書いてある。
携帯の時計を見た。まだ時間はあるようだ。本来は良くないけれど、「虹」にちょっと顔を出しておこうかな。
アルコールありのブースと、アルコールなしのブースはきっちり分かれていて、大人の人たちがアルコールありのブースへ吸い込まれるように向かっていく。確かここには葵さんがいる「blue rose」もあるはずだ。
なるほど。ここへは去年来なかったけれど、酔っぱらいが多いようだ。からまれないようにしないといけない。そのとき私に声をかける人がいた。
「桜?」
振り返るとそこには蓬さんの姿があった。
「……お久しぶりです。」
会いたくなかったけどね。取り巻きたちがいて、私を舐めるように見ているし、正直怖い。
「就職先は決まったようだな。」
「……そんな話まで届いているのですか。」
「あぁ。この町のことだ。何があるかは筒抜けだからな。」
大変迷惑だ。そう言いたいけど、そうは言えないんだろうな。
「お前、ヒジカタコーヒーへ行くのか。」
「そのつもりで面接を……。」
「特別枠ではないのか。」
「そんな推薦みたいな真似。一介の高校生に何が出来ますか。」
「しかし……カフェを作るというので、茅が挨拶にきた。」
「そうでしたか。」
「そこにお前が加わるとも。」
「は?」
何それ?私の知らないところでなんの話が進んでんだ?
「知りませんけど。」
「そうか。では多分今から行く話なのだろう。それにしてもいい度胸だな。桜。」
「何がですか。」
「葵の技術を持って、他の店に肩入れするとはな。」
「……誤解です。私は何も知りません。」
「そうかもしれないが、世間はそう見てくれない。」
おそらく話が来るのは二学期に入った九月あたり。そのあたりで私にそう言う話が来るのだろう。だがそんな話に乗る訳ない。
「私のコーヒーは葵さんが教えてくれたけれど、葵さんのいないところで商売になるようなコーヒーを淹れれるわけありませんよ。」
「だが、体には身についているはずだ。二年もあの店にいるのだから。」
葵さんはその話を知っているのだろうか。茅さんはそれをねらって私に近づいたのだろうか。色んな疑問がぐるぐると頭の中を回る。
「その話がイヤならば、断ればいい。だがこの時期に就職先を変えるというのは、厳しいんじゃないのか。」
「……えぇ。そうですね。」
「どうしようもなくなったら、私に連絡すればいい。私はまだお前がうちの組で奥事をしてくれることを期待している。」
「しません。」
「柊のためか。」
「はい。」
すぐに答えた私にちょっと虚を突かれたような表情をした。
「以前と違うな。顔色一つ変えない。竹彦と一緒だ。」
「竹彦君は、元気なんですか。」
「あぁ。いつでも会いに来ればいい。」
「会いに行くなら、本人に連絡します。気にしないでください。」
そう言って私は蓬さんと別れた。蓬さんも忙しそうな人だ。私なんかに関わっている暇はないのだろう。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。
イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。
きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。
そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……?
※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。
※他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる