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二年目
159
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少し気持ちが落ち着いたので、鏡を見て顔をチェックする。うん。多少は赤いけれど、大丈夫。笑顔になれる。
そして私は店に入ろうとドアノブに手をかけた。もうお客さんがいるようで、葵さんの声が聞こえた。
「桜はどこに行ったんだ。」
柊さんの声だ。柊さんが来ているらしい。
「ちょっとお使いものがあって、出てもらっています。すぐに帰ってきますよ。私のコーヒーで良いですか。それとも彼女を待ちますか。」
「台風が来ているのにあいつを外に出したのか。」
「えぇ。ちょっと私が手が放せなかったので。」
「……お前のコーヒーでいい。」
「いつもでしたら彼女を待つのに?」
ケトルを火にかける音と、ライターの音がする。
「早く帰らせろと、言われている。俺も今日は仕事早く終わったしな。」
「お母さんからですか。相変わらずあの人に弱いんですね。」
「あの人に逆らったらつきあいも出来なくなるだろう。」
そんなこと考えていたのか。でもお母さんは一緒に住めばいいのにとか、そんなことを言っていたからそんなに簡単に別れさせることはないと思うけど。
すると玄関のドアベルが鳴った音がした。雨の音が聞こえる。
「すげぇ雨だな。」
茅さんの声だ。
「茅。あなたも仕事が早上がりだったんですか。」
「いいや。すぐ行かないといけないんだけど、ちょっと休んでから行こうと思って。葵、コーヒー入れて。」
「はいはい。」
ケトルを置き直す音がした。水を追加したのだろう。
「柊は仕事、早上がりか?」
「あぁ。外でする仕事しか残ってないからな。仕事にならない。明日がその分忙しくなる。片づけもあるだろうしな。」
「うちも外回りは早めに帰るように言ってる。店も開いてねぇしな。」
特に会話に異常がないかな。出ても大丈夫だろう。そう思ってまたドアノブに手をかけた。
「あぁ。柊。この間は邪魔したな。」
この間?あぁ。朝のことか。
「本当に邪魔だった。」
「そういうなよ。あのレコード役に立ってんのか。」
「まぁ……な。その辺は感謝してる。」
「彼女がいる前では言えなかったけどさ、俺の捜し物は見つかったんだよ。」
「お前の捜し物?何か探しに行ってたのか。」
「あぁ。「百合」って女。」
その言葉に私の手がドアノブからはずれた。その名前に、彼らは少し沈黙したようだった。
「南米にいる。そこだったらこの国の人も多いし、コーヒーのメッカだもんな。」
「……何をしている。」
かちゃっという音がした。多分コーヒーを淹れ終わったので、彼らの前に置いたのだろう。
「今?前からつきあってた男と暮らしてるらしい。結婚はしてないけど、子供がいる。籍は入れてないから子供は百合の私生児だな。」
「そんなことは聞いてない。何で今そんなことを調べる必要があったんだってことだ。」
「別に……気になったからだよ。お前が気にしてるだろうと思ったし。あんだけズブズブに惚れてたんだから、今でも気にはなるだろ?」
「気にならない。お前が来るまでしばらく忘れてた。」
本当に?彼は本当にそんなことを思っていたの?
「……ふーん。でもさ、お前あぁいうタイプが好きなんだと思ってたけど。」
「百合のことか。」
「そうそう。外見はすげぇ似てたな。お前の彼女。でもお前年上好きなんだと思った。いくつ違ったっけ。百合と。」
「さぁ。歳なんか気にしたことはない。あの人が俺の目線に合わせてくれた。だから今は俺が、あいつの目線に合わせる。」
「それって無理してねぇか。」
「……。」
「まぁいいや。百合もそれで満足しているみたいだったし。」
「何がだ。」
どきどきする。茅さんが何を言うのか、わからなかったから。
「お前に百合を紹介したのは蓬だろ?蓬はお前をずっと組に入れたいと思ってたからな。百合を利用すればお前が何かやらかすと思ってたらしい。」
「……蓬さんが?」
「お前が何かやらかして、百合はその報酬をもらう。」
「すべては蓬さんの手のひらってわけだ。」
葵さんの声がした。じっと黙って聞いていたらしい。手の汗がぬるぬるする。緊張していた。どきどきする。赤みは収まったと思ったのに、さらに赤くなりそうだ。
「その報酬は、浮気相手と海外で暮らすこと。出来ればコーヒーの産地で。」
「……確かにそれが叶ったわけだ。」
柊さんの声は聞こえない。じっと黙っているのだろうか。
「残された奴らは、どう思ってるんだろうな。」
「残された奴?」
「柊もそうだけど、百合にはそもそも家族がいたからな。兄弟も多い。いきなりやくざと繋がりを持って、行った先は海外。母親は半狂乱したそうだぜ。父親は自殺したり、兄弟もバラバラになった。」
「……でも百合は蓬とつきあわない方が良いとずっと言ってた。」
「普通ならそう言うだろうよ。まともな人生を送りたかったらな。百合は自分のことしか考えてない、我が儘な人間だ。」
「……。」
「良かったな。今の彼女はそんな奴に見えない。まぁ、高校生だし、そんなことはないか。」
「……。」
一呼吸置いて、茅さんはぽつりと言った。
「お前が組に入ってくれればな……。」
ん?何か今の一言おかしくない?何か茅さんが、柊さんに組に入ることを望んでいたような……。
「茅。そろそろ行った方がいいんじゃないのか。」
葵さんの声。いすを引く音がした。
「そうだな。ゆっくりしすぎた。あのおばはんからまたどやされる。」
レジの音がして、ドアベルが鳴った。茅さんが行ってしまったのだろう。
そして私は店に入ろうとドアノブに手をかけた。もうお客さんがいるようで、葵さんの声が聞こえた。
「桜はどこに行ったんだ。」
柊さんの声だ。柊さんが来ているらしい。
「ちょっとお使いものがあって、出てもらっています。すぐに帰ってきますよ。私のコーヒーで良いですか。それとも彼女を待ちますか。」
「台風が来ているのにあいつを外に出したのか。」
「えぇ。ちょっと私が手が放せなかったので。」
「……お前のコーヒーでいい。」
「いつもでしたら彼女を待つのに?」
ケトルを火にかける音と、ライターの音がする。
「早く帰らせろと、言われている。俺も今日は仕事早く終わったしな。」
「お母さんからですか。相変わらずあの人に弱いんですね。」
「あの人に逆らったらつきあいも出来なくなるだろう。」
そんなこと考えていたのか。でもお母さんは一緒に住めばいいのにとか、そんなことを言っていたからそんなに簡単に別れさせることはないと思うけど。
すると玄関のドアベルが鳴った音がした。雨の音が聞こえる。
「すげぇ雨だな。」
茅さんの声だ。
「茅。あなたも仕事が早上がりだったんですか。」
「いいや。すぐ行かないといけないんだけど、ちょっと休んでから行こうと思って。葵、コーヒー入れて。」
「はいはい。」
ケトルを置き直す音がした。水を追加したのだろう。
「柊は仕事、早上がりか?」
「あぁ。外でする仕事しか残ってないからな。仕事にならない。明日がその分忙しくなる。片づけもあるだろうしな。」
「うちも外回りは早めに帰るように言ってる。店も開いてねぇしな。」
特に会話に異常がないかな。出ても大丈夫だろう。そう思ってまたドアノブに手をかけた。
「あぁ。柊。この間は邪魔したな。」
この間?あぁ。朝のことか。
「本当に邪魔だった。」
「そういうなよ。あのレコード役に立ってんのか。」
「まぁ……な。その辺は感謝してる。」
「彼女がいる前では言えなかったけどさ、俺の捜し物は見つかったんだよ。」
「お前の捜し物?何か探しに行ってたのか。」
「あぁ。「百合」って女。」
その言葉に私の手がドアノブからはずれた。その名前に、彼らは少し沈黙したようだった。
「南米にいる。そこだったらこの国の人も多いし、コーヒーのメッカだもんな。」
「……何をしている。」
かちゃっという音がした。多分コーヒーを淹れ終わったので、彼らの前に置いたのだろう。
「今?前からつきあってた男と暮らしてるらしい。結婚はしてないけど、子供がいる。籍は入れてないから子供は百合の私生児だな。」
「そんなことは聞いてない。何で今そんなことを調べる必要があったんだってことだ。」
「別に……気になったからだよ。お前が気にしてるだろうと思ったし。あんだけズブズブに惚れてたんだから、今でも気にはなるだろ?」
「気にならない。お前が来るまでしばらく忘れてた。」
本当に?彼は本当にそんなことを思っていたの?
「……ふーん。でもさ、お前あぁいうタイプが好きなんだと思ってたけど。」
「百合のことか。」
「そうそう。外見はすげぇ似てたな。お前の彼女。でもお前年上好きなんだと思った。いくつ違ったっけ。百合と。」
「さぁ。歳なんか気にしたことはない。あの人が俺の目線に合わせてくれた。だから今は俺が、あいつの目線に合わせる。」
「それって無理してねぇか。」
「……。」
「まぁいいや。百合もそれで満足しているみたいだったし。」
「何がだ。」
どきどきする。茅さんが何を言うのか、わからなかったから。
「お前に百合を紹介したのは蓬だろ?蓬はお前をずっと組に入れたいと思ってたからな。百合を利用すればお前が何かやらかすと思ってたらしい。」
「……蓬さんが?」
「お前が何かやらかして、百合はその報酬をもらう。」
「すべては蓬さんの手のひらってわけだ。」
葵さんの声がした。じっと黙って聞いていたらしい。手の汗がぬるぬるする。緊張していた。どきどきする。赤みは収まったと思ったのに、さらに赤くなりそうだ。
「その報酬は、浮気相手と海外で暮らすこと。出来ればコーヒーの産地で。」
「……確かにそれが叶ったわけだ。」
柊さんの声は聞こえない。じっと黙っているのだろうか。
「残された奴らは、どう思ってるんだろうな。」
「残された奴?」
「柊もそうだけど、百合にはそもそも家族がいたからな。兄弟も多い。いきなりやくざと繋がりを持って、行った先は海外。母親は半狂乱したそうだぜ。父親は自殺したり、兄弟もバラバラになった。」
「……でも百合は蓬とつきあわない方が良いとずっと言ってた。」
「普通ならそう言うだろうよ。まともな人生を送りたかったらな。百合は自分のことしか考えてない、我が儘な人間だ。」
「……。」
「良かったな。今の彼女はそんな奴に見えない。まぁ、高校生だし、そんなことはないか。」
「……。」
一呼吸置いて、茅さんはぽつりと言った。
「お前が組に入ってくれればな……。」
ん?何か今の一言おかしくない?何か茅さんが、柊さんに組に入ることを望んでいたような……。
「茅。そろそろ行った方がいいんじゃないのか。」
葵さんの声。いすを引く音がした。
「そうだな。ゆっくりしすぎた。あのおばはんからまたどやされる。」
レジの音がして、ドアベルが鳴った。茅さんが行ってしまったのだろう。
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