夜の声

神崎

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二年目

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 あれ?なんかいろんなところが冷たい。それに何だろう。この柔らかい感じ。ゆっくりと目を開けると、見覚えのある天井が見えた。
 そして周りをみる。見覚えのある部屋だった。
 ここって、葵さんの部屋?
 冷たいと思ってたのは、首とか脇とか、そういったところにペットボトルや保冷剤をおかれていたのだ。もしかして、倒れた?私。
 起きあがろうとしたとき、隣のドアから葵さんがやってきた。
「気がつきましたか。」
「あの……私……。」
「店に入ったとたん、倒れ込んでたんですよ。熱中症のようでしたから、冷やしてます。あぁ、動かないで。」
 そういって彼は私が寝ているベッドに近づいてきた。
「……すいません。ご迷惑かけて。」
「迷惑だなんて思ってませんよ。あなたのためですから。」
 そういう言葉がさらっと出てくること自体が、胡散臭いというゆえんなんだけど。
「体調はいかがですか。」
「気分は悪くないです。店は?」
「今は誠と秋子がいます。誰か来たら知らせてもらえるようにしてますから。」
 信頼できるお客さんだ。それでもお客さんに店番ってどうなんだろう。
「すいません。すぐ起きますから。」
「だめです。寝ててください。」
「でも……。」
「最低夜まで寝ていてください。あまり食事もしていないでしょう?それから寝れていないんじゃないんですか。」
「……その通りですけど。」
「何か用意します。」
 そういって彼は私の額に手を当てた。とてもその距離が近くて、思わず避けそうになる。しかし彼は額からすっと手を離した。
「まだ熱いですね。まだ横になって。」
「でも……。」
「聞き分けのない人ですね。もしここで起きたら、そんな元気があると見て、襲いますから覚悟してください。」
 そうだった。彼は私と「また寝たい」と言ってたんだっけ。
 私は素直に横になると、彼は笑顔になり横になった私のすぐそばのベッドサイドに移動する。
「いい子ですね。」
「今度は子供扱いですか。」
「いいえ。女性扱いですよ。」
 首もとに彼は手を伸ばす。そしてペットボトルを手にすると、またとなりの部屋へ向かった。そして新しいペットボトルを手に戻ってくる。
「冷やしすぎもよくないですが、まだ熱いですからね。気分は悪くないですか。」
「少しまだ目の前がぐわんぐわんしてて。」
「そうでしたか。ではあともう少ししたら、また氷を変えましょう。」
「慣れてますね。」
「えぇ。よく昔は手当をしてました。」
 それはきっと椿にいるときのことだろう。きっと無理をする柊さんや茅さんの手当をしていたに違いない。
「目を閉じて。」
 いわれた通り目を閉じると、ぎしっという音がした。ん?不思議に思って、私は目を再び開ける。すると葵さんが枕元に手をおいて、顔を近づけようとしていた。
「何をしているんですか。」
「ばれたか。」
「ばれますよ。」
 彼は手を離し、かわりに私の額に手を当てた。そしてそれを目に当てる。目の前が暗くなった。
「葵さん?」
「夢です。それにあなたはまだ意識がもうろうとしている。そうですよね。」
「……意識ははっきりしてますけど。」
「いいえ。まだ口調もおぼついていない。そうでしょう?」
 普通に話しているようにしていたけど、そう聞こえるのかな。やっぱり少し眠った方がいいのかも。
「夢なら、何をしてもかまわないと思いませんか。」
 彼は耳元でそうささやいたに違いない。吐息が耳にかかったから。
「え?」
「夢です。」
 夢のわけない。唇にかかる吐息が温かい。そして触れた唇が柔らかい。唇をこじ開ける舌はぬるっとしていてる。
「ん……。」
 逃げられない。
 コーヒーの匂いのする口づけに。私はまだくらくらするようだった。
 やっと唇が離されたかと思うと、息をついてまた唇をあわせてくる。
「やめて……。」
 手を伸ばして、強引に唇を離す。すると彼は満足そうに笑う。
「やっとあなたとキスが出来た。」
「やめてください。」
「どうして?茅とはできたのに?」
「仕方なかったんです。」
「ではこれも仕方ないですませましょう。それに、これは夢です。」
 そのとき階下から声がした。
「お客様ですね。ではゆっくり眠ってください。」
 そういって彼は部屋から出ていった。
 私はため息をついて、ますますくらくらしてきた意識をつなぎ合わせようとしながら目を閉じた。
 悪夢のような出来事だったのかもしれない。普段なら眠れないほどの出来事だった。
 だけど本当に熱があったのか、目を閉じると深い闇の中に吸い込まれていった。あのキスが柊さんのものだと思いながら。
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