夜の声

神崎

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二年目

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 学校終わり、私は河川敷にやってきた。祭りの準備がそろそろ始まり、簡易的ではあるけれどステージが組み立てあげられているのだ。
 この暑い中、汗をかきながら数人の作業服を着た人がステージを組み立てあげている。
「こっちだ。それこっちに持ってこい。」
 あのステージには柊さんも立つ。私はそれを去年、下で見ているしかなかった。なんとなくその間に深くてそこの見えない溝があるように思えて、倒れそうな足を踏ん張りながらそれを見ていたのを覚えている。
 それからかかっている曲。それがほとんど椿さんが好んでラジオ出かけている曲とかぶっていた。だから私はもしかしたら柊さんが、椿さんではないかという疑問をずっと抱いている。だけど彼は「そんな人がいるのか」と言うくらいの反応だった。
 だから違う人なんだろう。それから私は疑うのをやめた。
 そのステージから私は背を向けて、もう帰ろうとしたときだった。見覚えのある赤い車が見える。窓が開いて、私に声をかける。
「よう。」
 それは茅さんだった。
「茅さん。」
「何してんだ。こんなところで。」
「別に何でもないです。」
「ふーん。」
「あなたは?」
「外回り。配送のヤツが忘れていったヤツを届けに行ってた。」
 そういうことは結構ある。その場合きっと車のある茅さんがよく行くのだろう。まぁ、彼の場合はさぼりたいというのもあるのかもしれないけど。
「帰るのか?」
「えぇ。一度帰ってバイトに。」
「乗ってくか?」
「早く帰らないといけないんじゃないですか。」
「十分遅く帰ったからって何も変んねぇよ。」
 茅さんらしい。そう思いながら、私はその車に乗り込んだ。相変わらず車の中は汚い。掃除くらいすればいいのに。
「祭りがあるんだろ?」
「えぇ。」
「ステージに柊が乗るって言ってたな。」
「知ってたんですか。」
「葵から聞いた。あいつがDJね。音楽なんか興味なさそうだったのに。」
「え?椿にいる頃から好きだったんじゃないんですか。」
「いいや。音楽なんかっていうタイプだった。百合も聴くタイプではないし、何がそうさせたんだろうな。」
「……。」
「だから蓬さんも柊を捕まえにくいんだろう。」
「狙っていると聞きました。」
「あぁ。事実。」
 信号待ちになり、煙草に火を付けた。
「……組の中がごたごたしてんのは、いつも通りの光景だ。坂本組は急成長した組の一つだし、狙われてんのは仕方ねぇよ。」
 信号が青になり、また車を走らせる。
「人気らしいな。柊は。」
「えぇ。別人のようでした。」
「別人なのかもな。」
 そういって彼はニヤリと笑った。どういう意味なんだろう。
「去年見たか。」
「えぇ。」
「だったらお前もあいつの気持ちがわかったんじゃないのか。」
「彼の気持ち?」
 その言葉は意外だった。思わず彼をみる。
「あぁ、あいつはいつも「窓」でお前がコーヒー入れてるのをみたり、接客しているのを見ているんだろう。」
「えぇ。」
「だったらその間には客と店員という深い溝がある。特にお前は接客業なんだからって、ヘラヘラ笑ってるところもあるからな。そんな顔は自分の前だけじゃなくて、他のヤツにも見せてる。その気持ち、ヤツにしてみれば耐えられないんじゃないのか。」
「……考えても見なかったです。」
「まぁ、俺の予想だよ。まだ俺は柊と話してもないし、後ろ姿しか見てないけどな。」
 ぐっとハンドルを握り、彼は煙を吐き出した。
「後ろ姿から見れば、どこにでもいる恋人同士だ。お前に何のコンプレックスがあってもな。」
 やがてアパートの前につく。私は車を降りると、彼は窓を開けて私にいう。
「じゃあな。また。」
「ありがとうございました。」
「あぁ。お前あんまり無理するなよ。」
「え?」
「なんか顔色悪いぞ。ちゃんと食えてるのか。」
「……そうですか?」
「しっかり食べて寝ろ。それが人間なんだから。」
 彼はそういってくる間を走らせていった。
 確かに最近よく眠れない。夢を見るから。その夢は柊さんがどこにもいない夢。やっと見つけた柊さんのそばには、一人の女性が隣にいた。髪の長い細身の女性。顔は見えなかった。それが揺りさんなのだろうと思う。
 考えない。私はそう思いながら、アパートに戻っていった。

 制服から私服に着替えて、まだ時間があるので部屋の掃除をした。洗濯物を取り込んでいると、母さんが起きてきた。母さんは煙草を吹かしたあと、キッチンへ向かう。食事の用意をするためだろう。
「今日は食べていったら?」
「うーん。いいや。帰って食べる。」
「あんた、夕べもあんまり食べてないでしょ?あたしが見てないからって、食事に手を抜かないでよ。ただでさえ、貧血気味なんだから。」
 去年の話を持ち出されてもなぁ。
 洗濯物をクローゼットにしまい、私は出かける準備をした。
「じゃあ、行くわ。」
「行ってらっしゃい。」
 天ぷらを揚げている音がした。オクラやなすを揚げているらしい。美味しそうだけど、母さんのように半裸じゃないととてもじゃないけど暑くて天ぷらなんか揚げられないよな。
 外にでるとまだ高い太陽が容赦なく照らした。
 暑い。どっと汗がでる。やだな。眉毛溶けそう。店に行ってもう一度書き直さないといけないかなぁ。
 そしてやっと「窓」にたどり着き、ドアを開けた瞬間だった。いきなり目の前が真っ暗になった。あれ?何?
 遠くで葵さんの声が聞こえた。
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