夜の声

神崎

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二年目

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 学校とバイトの往復は、夏休みという事を勘違いしてしまう。まだ私は、ヒジカタコーヒーのことを学校にも、柊さんにもいえていなかった。もし正式にそれを受けるならば、学校にちゃんとその書類を出すと言ってくれた蓮さんの言葉だけがぐるぐると回っている。
 柊さんは相変わらず忙しそうだった。祭りが近いので、その兼ね合いもあるのだろう。メッセージ一つ送りあうことはなかった。
 そして私は今日も「窓」のバイトを終え、食事をすませて風呂にはいる。そして部屋に戻ると、携帯を自然と手にした。
 そこにはメッセージが一件。
”話があるんだけど、家に行ってもいい?”
 それは向日葵からだった。向日葵の家からここまでどれくらいあるっていうのだろう。向日葵は就職ではなく、専門学校だから夏休みは本当に休んでいるらしいけどね。
”明日学校これる?明日で良いかな。”
 するとすぐにメッセージが返信された。
”今、近くに来てるから、行けるけど。”
 近く?え?来てるって事?戸惑いながら、私は”いいよ。”と返信した。
 すると十分ほどして、家のチャイムが鳴った。
「向日葵。」
 制服ではない向日葵を見るのは久しぶりだった。ショートパンツに、肩が派手に開いたシャツを着ている。
「久しぶり。」
「えぇ。どうしたの?もう電車無いんじゃない?」
「泊まらせて。」
「それはかまわないけど。家には言った?」
「うん。実はねぇ。彼氏ん家に泊まるって言ったんだけど、彼氏と喧嘩しちゃってさ。」
「彼氏出来たんだ。」
 家にあげて、とりあえず部屋に通した。
「うん。ほら、終業式の日にさ、桜の彼氏紹介してもらったじゃん。」
「あぁ。そうね。」
「そのときのあの隣の人。」
 あー。なんかいたなぁ。そんな人。
「合コンしてさ、そこで彼氏になった人がいたんだけど。」
「うん。」
「なんか喧嘩ばっかしてるんだよね。ガキが、オヤジがって。つまんない。」
「そうなんだ。大変ねぇ。」
「何でさ、桜たちは喧嘩しないの?」
「……喧嘩ねぇ。あったかな。」
 思い出させないくらいだから無いんじゃないのかな。
「仲良くて良いねぇ。」
「そう?お茶でも飲む?麦茶しかないけど。」
「もらう。喉からっからでさ。」
 キッチンへ行くとグラスを二つ用意して、氷を入れる。そして冷蔵庫から麦茶を出して、それを注いだ。部屋に持って行くと、向日葵はベッドに腰掛けている。
「はい。」
「ありがと。」
 向日葵はそれを一気に飲み干して、机の上に置いた。
「もう一杯つごうか?」
「ううん。もういい。あのね。ちょっと桜に直接言わないといけないこともあったんだけど。」
「何?」
「桜の彼氏さ、ヤクザなの?」
 その言葉に私は思わず麦茶を吹きそうになった。
「違うよ。前はそういう感じだったかもしれないけど、今は違うわ。」
「そう?でもさ……。この間、ヤクザみたいな人と一緒にいたの。」
「ヤクザみたいな人?」
「スーツ着た、ほっそい人。その人だけだったらさ別に何とも思わないけど、取り巻きがいかにもって感じの人でさ。皆避けて通ってたよ。」
「……そうなんだ。」
「そうなんだで済むんだ。桜ってやっぱ何考えてるかわかんないね。」
「え?そう?」
「天然なのかなって思ってたけどさ、ちょっと違う。なんか人にはあまり興味ないような感じ。」
「……。」
「ほんとに好きなの?」
「好きよ。」
 たぶん、柊さんと会っていたのは蓬さんなのだろう。でも蓬さんとはもう手を切っているはずだ。何もないと思いたい。
「もし桜の彼氏がヤクザだったらさ、やっぱ売られたりとか、よくわかんない人と寝たりさ。そんなことしないといけないの?」
「映画の見すぎだよ。そんなことないと思うよ。私はよくわからないけど。」
「そんなことしないにしてもさ、やっぱ危ない人というのには変わりないよ。もう一回考え直した方がいいんじゃない?」
 私はいすを回して、向日葵の方をみる。
「向日葵。柊さんってね、もう三十一歳なの。」
「三十一?マジで?ちょっと歳離れすぎてない?って言うか桜の母さんと同じくらいの歳じゃん。」
「うん。そうね。母さんの方が歳が近いわ。でもそれでもいいの。」
「……何で?」
「歳離れてると、話も合わないこともあるし、知らないことも沢山あるし、知らない人とつながりが沢山ある。でもそれを一つ一つ、聞くにはまだ時間がないの。一年つきあっているけれど、まだ話していないことも、知らないことも沢山あるわ。」
「……。」
「その一つ一つをまた今から聞いていくの。そのヤクザみたいな人は何者なのって。」
「それでも好きなんでしょ?」
「ヤクザだとしても好きね。きっと。私には暴力を振るったりしないもの。」
「はー。そんなものかしらね。」
 感心したように向日葵は、枕を抱えた。
「向日葵の彼氏は暴力振るうの?」
「ううん。そんな人じゃないから。」
「話が合わないだけ?」
「そうね。知らない人と繋がりがあったり……。」
「同じじゃない。だったらもっと話し合うべきね。私も話すわ。」
「でもあたしには無理。たぶん幻滅しちゃうな。ね、もっと聞いてもいい?」
「その前にお風呂入る?今私入ったばかりだから。まだお湯温かいけど。」
「そうしよう。ありがと。お風呂場どこ?」
「そっち。」
 向日葵をお風呂場に連れて行って、コップを片づけた。そして向日葵が寝る布団を用意する前に、母さんと柊さんにメッセージを送った。
”友達が泊まりに来ています。”
 久しぶりに送ったメッセージがとても事務的で、ちょっと笑える。
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