夜の声

神崎

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二年目

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 リビングまで下がり開いているドアから見えるそこには、突き飛ばされた茅さんとそれを見下ろしている葵さんがいた。
「そんなことは椿の頃でもしたことがないだろう。どうしたんだ。君は。」
 突き飛ばされた衝撃で、茅さんは座り込んでいたけれどすぐに立ち上がる。
「葵。お前、こいつの男の事を知っていたのか。こいつの男が……柊だと。」
「私が紹介した。」
「柊が何をしたか知っていて?」
「こんなに惹かれあうとは正直、想定外だった。」
 彼はそういって、リビングの方へ歩いてきた。そして私の目の前にたち、手を差し出してきた。ビクッとする。思わず身を守ってしまった。
 しかし彼は頭をなでただけだった。
「大丈夫ですか。」
「……はい。」
 するとその葵さんに向けて、茅さんは怒鳴りつける。
「柊のことを知っているのに、俺には話さないんだな。その卑怯な手は以前と変わらないな。」
 ひどい言葉だと思う。きっと茅さんは頭に血が上っていていて、誰かを責めるしかないのだ。
 その相手が私から葵さんに変わっただけ。だけど私の方を向いている葵さんはいつも通りの笑顔だった。何も聞いていないようにも見える。
「葵さん……。」
 すると彼は私に背を向けるように振り返った。その表情を伺い知ることは出来ない。だけどきっと彼は怒っている。笑いながら怒っているのだ。
 たぶん私を「窓」で怒っている諭すような怒り方じゃない。あくまで冷静に、あくまで諭すように。だけどその中に怒りが込められている。
「聞く機会ならあった。沢山ね。それを私もあなたに与えていた。そのチャンスを逃していたのは自分じゃないのか。」
 茅さんはその言葉にさらに怒りを重ねたのか、葵さんの胸ぐらをつかみかかった。しかし葵さんの方が身長は高い。どう見ても迫力不足だ。
 それにそんな状況でも葵さんは微笑んでいる。余裕のある証拠だった。
「あなたは柊を慕っていた。まるで忠犬のようについて回っていたのを覚えている。」
 手を離し、彼は視線を落とした。
「昔の話だ。もう会いたくなかった。でも……。」
 彼は私の方をちらりとみる。そしてため息をついた。
「また縁が出来るとはな。」
「どこかで繋がっている。そんなものだと言っていたな。」
「蓬さんか。柊以上に会いたくない。」
 少し冷静になったのかもしれない。受け答えが普通になってきたから。
「君も認めればいい。」
「何をだ。」
「彼女のことだ。」
 驚いたようにこちらをみる。視線をはずし、鼻で笑った。
「ロリコンかよ。」
「ちゃんともう女性ですよ。」
「あぁ、そうだな。でも体はまだまだだ。」
 ひどい。頬を膨らませて、抗議するように彼を見た。

 茅さんは帰って行き、この場に残ったのは私と、葵さんだけだった。その彼ももう帰ろうとしている。
「葵さん。」
 気になることがあった。だから呼び止める。
「何でしょうか。」
「どうして今日ここに?」
「あなたが帰ったあと、茅がやってきたんですよ。ちょっと様子がおかしかったからあとを付けました。」
 彼はため息をついて、私を見下ろした。
「まさかこんな強硬手段にでるとは思ってませんでしたけどね。」
「強硬手段……。」
 強姦することが強硬手段なのだろうか。ぞっとする。
「彼は彼なりに考えたことです。あまり責めないでやってください。と言っても、あなたの心はそうは言っていないようですね。まだ、怖いのですか。」
「……。」
 正直怖い。柊さんに抱かれていても、柊さんなのだと言い聞かせるから幸せになれる。だけど首もとに手が伸びると、思わず払いのけそうになる。それで彼を怒らせないだろうかとつい思ってしまう。
「少しずつ、頑張ってください。もし私の手が必要であれば、いつでも駆けつけますから。」
「……。」
「もちろん、下心はあります。」
「葵さん。」
 私は思いきって聞いてみた。ぐっと拳を握って彼を見上げる。
「どうして茅さんはあんなに柊さんを?」
 その言葉に彼は少しため息をついた。
「すいません。それはいくらあなたでも私の口からは言えません。」
「葵さん。」
「もし聞きたければ、一晩じっくりと私につきあってください。」
 その意味がわかる。彼は私の頬に手を伸ばしてきたから。それを私は払いのける。
「それは間に合っているので……。」
「私は間に合ってませんよ。茅はあなたに触れたのですか。」
「いいえ。今日は……。」
「今日は?でしたらいつ触れたのですか。」
 しまった。言葉の選択を間違えた。あーもう。
「……一度……キスを。」
 すると彼は私の唇に指をはわせてきた。見上げることは出来ない。きっとこのまま見上げると、彼は私の唇にキスをしてこようとするのだろうから。
「許せませんね。そのかわいい唇にキスをするなんて。」
 そういって彼は私の視線に目を合わせてきた。そしてその瞳が近づいてくる。
「やっ!」
 肩を押して、それを拒否した。それはきっと想定内だったのだろう。彼はふっと笑う。
「そうやって拒否をしてください。茅だけじゃないんですから。」
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