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二年目
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やがて厚い雲は晴れて、テレビのニュースキャスターが梅雨晴れを宣言した。暑い夏がやってくるのだ。私は担任に呼び出され、結局ヒジカタコーヒーを就職先に指名した。
新しい担任は若い男で、多分柊さんなんかとあまり歳は代わらないような人だろう。でももう結婚していて、子供が二人居るらしい。彼の職員室の机には、子供の写真が飾られている。
「バイトに行ったことがあるそうだね。」
「はい。」
「だったら就職しやすいかもしれない。推薦してみよう。」
「お願いします。」
「しかし前の前田先生から君のことは聞いていたけど、君は公務員を第一志望にしていたんじゃないのか。」
それをいわれて私は黙ってしまった。確かにそうだ。公務員になりたいと大口を叩いていたのに、三年になって一般企業の就職と手のひらを返しているのだから。
「夏期講習でもいけたら良かったのですが、ちょっと事情があって行けなかったんです。」
「まぁ、就職しても目指している人は多いものだよ。僕の同級生でもまだ目指している人もいる。」
「……。」
「確かに安定した職ではあるけどね、安定していても身の丈にあった仕事をした方がいい。……と、まぁバイトに入ったことがあるのだったら、ヒジカタコーヒーもだいたい仕事内容はわかるだろう。」
「はい。でも私が入ったのは事務仕事ではありませんでしたけどね。」
「勤務地は、本社になる可能性もあるし、地方になる可能性もある。君母は一人だけど、大丈夫か。」
「母はまだ若いので。」
「あぁ。そうだった。僕の同級生だったね。」
「……そうでしたか。」
「相変わらず派手だったね。」
もうどうでもいい話になっている。もう帰っていいだろうか。
「帰って良いですか。」
「まぁ、ちょっと待って。ちょっと言っておかないといけないこともあるんだ。」
「何でしょうか。」
「仕事内容を知っているなら問題ないのかもしれないけれど、ヒジカタコーヒーは何年か一回、求人はくるんだ。だけどみんな辞めることが多い。」
「離職率ですか。」
「そう。それは了解して欲しい。」
「……。」
確かにバイトだったし、期間限定だった。だから甘いところしか見ていなかったのかもしれない。それは確かに言えるだろう。離職率が高いというのは、きっと見えない負の空気があるのかもしれない。
「わかりました。忠告ありがとうございます。」
「じゃあ、次の人を呼んできて。」
職員室を出て、私はため息をつく。そして外で待つクラスメイトを呼んだ。
本来ならすぐに帰って、バイトに行かないといけないのかもしれないけれど、つい私は足を止めた。ポスターの前。そこには大学のポスターが張ってあったのだ。
笑顔の男女が校舎をバックに写っている。学科には獣医学科と書いてあった。竹彦はもしかしたらこういうところに行きたかったかもしれない。だけど彼は椿の道を選んだ。
無茶だと思った。だけど、ある意味合っているのかもしれない。去年の体育祭の騎馬戦。あの表情。表情のない表情は、きっと柊さんに通じるところがあったのかもしれない。あぁいう無慈悲に慣れなければきっと椿にはなれない。そして蓬さんの後を継ぐのか、それとも、堅気に戻って葬儀屋を継ぐのか。それはわからない。
がっちりした体つきになったという。背も高くなったという。だけど私はきっと彼に振り向くことはない。私は最初から一人しか見ていないのだから。
その日の帰り、「窓」を出るとやはり、茅さんが待っていた。
「よう。」
「……お待たせしました。」
彼の足下には煙草の吸い殻がある。少し前から居たのだろうか。ということは、柊さんとも顔を合わせていたのかもしれない。今日は来ていたから。
「……あの。」
「何だ。」
「いいえ。何でも。」
聞いていいのだろうか。椿であった時期があるのであれば、きっと柊さんも知っているだろうけど、彼の口から柊さんの名前は出てこない。
「そういえば、お前、公務員になりたがってたんだって。」
「え……あ、はい。」
素直に言えなかった。何となく見透かされそうで。
「無理だろ。高校生がなれる仕事じゃないし。今は時代も悪い。職種によるけどな。」
「そうですね。」
「それにお前は公務員向いてないよ。」
それは聞き捨てならないな。
「どうしてですか。」
「黙って人に使われるタイプじゃねぇよ。お前は。きっと「あれやって」とか言われたら、「どうしてですか」って聞くだろ?」
「自分のしている仕事を把握はしたいですね。」
「公務員ってのはそういうのを求めねぇんだよ。ただ来た仕事を淡々とこなす。あのでっかい工場の工員と変んねぇよ。」
その言葉は想定外だった。だけどそうかもしれない。
「まぁ、うちの会社も上に行けば行くほどそういうところがある。だから、俺は外に逃げたんだけどな。」
「最初からヒジカタコーヒーに?」
「いいや。俺は椿にいたけどそれから足を洗ってからは、海外を放浪しててな。そこでコーヒーの事業に目を付けた。ある高地でな、コーヒーを作ってたらヒジカタコーヒーの奴に目を付けられて、今の仕事。」
「そうだったですね。」
「まぁ、あそこでぼちぼちコーヒーの木を育ててるよりも、世界中回った方が性に合ってたな。」
「……世界。」
私はこの町しか知らない。確かにこの町にずっと行るのかと言われれば、躊躇うことはある。世界が広がっている。それはきっと若いうちに見て置いた方がいいのかもしれない。
ふと足を止める。すると前を行っていた茅さんがそれに気がついて、こちらに向かってくる。
「どうした。」
「世界は広いのにどこにも行かないのはバカでしょうかね。」
「……行く人の方が少ないだろう。俺みたいなのは珍しいんだよ。マニアだからさ。」
「一つのことに夢中になれるのは、うらやましいですよ。」
すると茅さんは私の頭をくしゃくしゃとなでる。
「お前も高校生にしては、いろんなことを経験しているって。自信もて。お前の周りは大人が多いから、引け目に感じてるのかもしれないけど、ほかの奴に比べたら経験値が高い方だ。」
「ここ最近ですよ。」
「お前の周りは人が多いな。それからお前を好きな奴も多い。」
「一人で十分ですよ。」
「ふん。一人に縛られて、見えてない男たちが可愛そうだな。」
そういって茅さんは前に足を進めた。私もそれに習って歩いていく。
新しい担任は若い男で、多分柊さんなんかとあまり歳は代わらないような人だろう。でももう結婚していて、子供が二人居るらしい。彼の職員室の机には、子供の写真が飾られている。
「バイトに行ったことがあるそうだね。」
「はい。」
「だったら就職しやすいかもしれない。推薦してみよう。」
「お願いします。」
「しかし前の前田先生から君のことは聞いていたけど、君は公務員を第一志望にしていたんじゃないのか。」
それをいわれて私は黙ってしまった。確かにそうだ。公務員になりたいと大口を叩いていたのに、三年になって一般企業の就職と手のひらを返しているのだから。
「夏期講習でもいけたら良かったのですが、ちょっと事情があって行けなかったんです。」
「まぁ、就職しても目指している人は多いものだよ。僕の同級生でもまだ目指している人もいる。」
「……。」
「確かに安定した職ではあるけどね、安定していても身の丈にあった仕事をした方がいい。……と、まぁバイトに入ったことがあるのだったら、ヒジカタコーヒーもだいたい仕事内容はわかるだろう。」
「はい。でも私が入ったのは事務仕事ではありませんでしたけどね。」
「勤務地は、本社になる可能性もあるし、地方になる可能性もある。君母は一人だけど、大丈夫か。」
「母はまだ若いので。」
「あぁ。そうだった。僕の同級生だったね。」
「……そうでしたか。」
「相変わらず派手だったね。」
もうどうでもいい話になっている。もう帰っていいだろうか。
「帰って良いですか。」
「まぁ、ちょっと待って。ちょっと言っておかないといけないこともあるんだ。」
「何でしょうか。」
「仕事内容を知っているなら問題ないのかもしれないけれど、ヒジカタコーヒーは何年か一回、求人はくるんだ。だけどみんな辞めることが多い。」
「離職率ですか。」
「そう。それは了解して欲しい。」
「……。」
確かにバイトだったし、期間限定だった。だから甘いところしか見ていなかったのかもしれない。それは確かに言えるだろう。離職率が高いというのは、きっと見えない負の空気があるのかもしれない。
「わかりました。忠告ありがとうございます。」
「じゃあ、次の人を呼んできて。」
職員室を出て、私はため息をつく。そして外で待つクラスメイトを呼んだ。
本来ならすぐに帰って、バイトに行かないといけないのかもしれないけれど、つい私は足を止めた。ポスターの前。そこには大学のポスターが張ってあったのだ。
笑顔の男女が校舎をバックに写っている。学科には獣医学科と書いてあった。竹彦はもしかしたらこういうところに行きたかったかもしれない。だけど彼は椿の道を選んだ。
無茶だと思った。だけど、ある意味合っているのかもしれない。去年の体育祭の騎馬戦。あの表情。表情のない表情は、きっと柊さんに通じるところがあったのかもしれない。あぁいう無慈悲に慣れなければきっと椿にはなれない。そして蓬さんの後を継ぐのか、それとも、堅気に戻って葬儀屋を継ぐのか。それはわからない。
がっちりした体つきになったという。背も高くなったという。だけど私はきっと彼に振り向くことはない。私は最初から一人しか見ていないのだから。
その日の帰り、「窓」を出るとやはり、茅さんが待っていた。
「よう。」
「……お待たせしました。」
彼の足下には煙草の吸い殻がある。少し前から居たのだろうか。ということは、柊さんとも顔を合わせていたのかもしれない。今日は来ていたから。
「……あの。」
「何だ。」
「いいえ。何でも。」
聞いていいのだろうか。椿であった時期があるのであれば、きっと柊さんも知っているだろうけど、彼の口から柊さんの名前は出てこない。
「そういえば、お前、公務員になりたがってたんだって。」
「え……あ、はい。」
素直に言えなかった。何となく見透かされそうで。
「無理だろ。高校生がなれる仕事じゃないし。今は時代も悪い。職種によるけどな。」
「そうですね。」
「それにお前は公務員向いてないよ。」
それは聞き捨てならないな。
「どうしてですか。」
「黙って人に使われるタイプじゃねぇよ。お前は。きっと「あれやって」とか言われたら、「どうしてですか」って聞くだろ?」
「自分のしている仕事を把握はしたいですね。」
「公務員ってのはそういうのを求めねぇんだよ。ただ来た仕事を淡々とこなす。あのでっかい工場の工員と変んねぇよ。」
その言葉は想定外だった。だけどそうかもしれない。
「まぁ、うちの会社も上に行けば行くほどそういうところがある。だから、俺は外に逃げたんだけどな。」
「最初からヒジカタコーヒーに?」
「いいや。俺は椿にいたけどそれから足を洗ってからは、海外を放浪しててな。そこでコーヒーの事業に目を付けた。ある高地でな、コーヒーを作ってたらヒジカタコーヒーの奴に目を付けられて、今の仕事。」
「そうだったですね。」
「まぁ、あそこでぼちぼちコーヒーの木を育ててるよりも、世界中回った方が性に合ってたな。」
「……世界。」
私はこの町しか知らない。確かにこの町にずっと行るのかと言われれば、躊躇うことはある。世界が広がっている。それはきっと若いうちに見て置いた方がいいのかもしれない。
ふと足を止める。すると前を行っていた茅さんがそれに気がついて、こちらに向かってくる。
「どうした。」
「世界は広いのにどこにも行かないのはバカでしょうかね。」
「……行く人の方が少ないだろう。俺みたいなのは珍しいんだよ。マニアだからさ。」
「一つのことに夢中になれるのは、うらやましいですよ。」
すると茅さんは私の頭をくしゃくしゃとなでる。
「お前も高校生にしては、いろんなことを経験しているって。自信もて。お前の周りは大人が多いから、引け目に感じてるのかもしれないけど、ほかの奴に比べたら経験値が高い方だ。」
「ここ最近ですよ。」
「お前の周りは人が多いな。それからお前を好きな奴も多い。」
「一人で十分ですよ。」
「ふん。一人に縛られて、見えてない男たちが可愛そうだな。」
そういって茅さんは前に足を進めた。私もそれに習って歩いていく。
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