夜の声

神崎

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二年目

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 バイトが終わり、私は「窓」を出た。雨はもう上がっていて、大通りに出ると街灯の光が道路を光らせていた。だけど私の心はまた曇っていた。
 多分蓬さんに会ったから。蓬さんに会うとあの日のことをイヤでも思い出す。こうして歩いていると、後ろからエンジン音が聞こえるだけでどきどきするのだ。
 私は去年、強姦未遂にあった。未遂に終わったのは、蓬さんが助けてくれたから。だけど男の力は女ではどうしようもないのだと、イヤというほど知らされた。
 コンビニの前を通る。そこには相変わらずヤンキーややくざみたいな人が多くて、ますます私の恐怖心をかき立てた。
「桜。」
 通り過ぎようとしたとき、急に声をかけられてびっくりした。振り返るとそこには茅さんの姿があった。手にはコンビニの袋が握られている。
「茅さん。」
「今帰ってんのか。結構遅い時間まで働くんだな。勤労学生。」
「……えぇ。」
「どうした。顔色が悪い。体調でも……。」
 近寄ってくる私に手を伸ばそうとして、私は思わずそれを振り払った。その行動に彼は驚いたように私を見る。
「ごめんなさい。ちょっと……いろいろあって……。」
「送ってやるよ。暗いし。」
 正直ほっとした。振り払った行動も、何も気にしていないようだったから。
「あんた恋人居るって言ってたよな。」
「えぇ。」
「年上の。」
「はい。」
「どうしてそいつ迎えに来ないんだよ。」
「……忙しい人なんですよ。あまり会えないし、連絡つかないときもあるし。」
「は?」
 驚いたように茅さんはこちらをみた。
「あんたが困ってんのに、手も貸さない奴が恋人なのか。何のための恋人だよ。」
「頼ったり、頼られたりするだけが恋人じゃないですから。」
「……綺麗事だな。」
 彼はそういって、少し立ち止まると煙草に火をつけた。
「どれくらい離れてんだよ。まさか俺より年上か?」
「茅さんの歳知らないですよ。」
「あー言ってなかったっけ。俺、二十七。」
 柊さんとは四つ違いか。通りで若い人だと思った。
「年上ですね。」
「んだよ。葵くらいか。」
「それくらいです。」
 確か同じくらいの歳だったはず。
「そんな大人が、女子高生とね……。いいロリコンだな。」
「もう言われ慣れました。」
 すいませんね。こんなに年下で。
「まぁ、あんたにはそれくらいが丁度いいのかもしれないな。ふわふわしてるとこ、がっちり捕まえてくれるような奴。」
「そうですね。」
「俺もがっちり捕まえるけど?」
「……。」
 からかわれてる。大人ぶっているこの人に。
「でも俺ロリコンじゃねぇけど。」
「それはどうも。」
「でもあんたに手を出すってのは、ロリコンじゃなくてちゃんとあんたを見てんだろうな。前も言ったけど、色気があるからな。」
「ないですよ。貧弱です。」
「体はな。食ってんのか?」
「食べてるけど、太らないらしくて。」
 未だに私の体はガリガリで、体のメリハリがない。そのくせ背が伸びたのでますますひょろ長い感じになってきた。同じ歳の向日葵は、胸がきつくなったと文句を言っていたのに。
「でもこんな夜に一人で歩くの、危ねぇよ。外国ならすぐレイプだな。」
「……。」
 その言葉に私は足を止めた。気がついて茅さんは私に近づいてきた。
「どうしたんだ。」
「……イヤ。近寄らないで。」
 ブロック塀にもたれ掛かり、私は彼を拒否した。
「顔色悪いな。早く帰るか?というか帰れるか?」
「……。」
 違う。この人は違う。善意から送ってくれるっていう人。
「お前、もしかして……。」
 気がついたのか、彼は私の顔をのぞき込んだ。
「悪かったな。無神経なことを言って。」
「いいえ。すいません。取り乱してしまって。」
 深く呼吸をした。そして息を整える。壁から背中を離し、ぎこちないと思うけれど笑った。
「無理に笑うな。葵みたいになるぞ。」
「葵さん?」
 少し笑い彼は私の手首をつかみ、歩いていった。それ以上のことは彼は何も言わない。
「それにしてもあんた、そんなことになってんのに何でその恋人は助けてくれないんだ。」
「忙しい人だから。」
「忙しくない人なんか居ねぇよ。バカか。そいつは。遠いのか?家が。」
「いいえ。すぐ近所で……。」
「だったら尚更迎えに来いよ。」
 急に足を止めた彼は、手首をつかんだまま私の方を振り返った。
「別れれば?そんな奴。」
「イヤです。」
「即答だな。それも案外笑えるけど。」
 もう柊さんと別れるとか考えないのだ。私はそれだけ深く愛しているから。
「俺とつきあう?」
「いいえ。」
「俺強いよ。守ってやることも出来るし。」
「多分、恋人の方が強いです。」
 あの太い腕は、きっと彼をワンパンチで気絶くらいさせるかもしれない。
「でもまぁ、いくら強くても守ってあげられなければ意味ねぇから。俺は守れるけど。ある程度、自由は利くし。」
「……でも気持ちの問題でしょう?」
「気持ちねぇ……。」
 アパートの前にたつと、私は手を離した。
「ここです。ここまでで結構です。」
「あ、ここ住んでんだ。偶然だな。俺もここに引っ越したから。」
「え?」
 すると彼は笑いながら、私の頭に手を置いた。
「時間が合えば送ってやるよ。」
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