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二年目
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蓬さんの子飼い。それが椿という集団。坂本組という大規模な指定暴力団。その中の派生した組であり、その中のさらに分家。それが坂本組だった。
そしてこの町にある坂本組の派生。その若頭の一人が蓬さん。
頭のいい人だった。組に入ればある程度組長やほかの若頭、幹部の視線があるが、彼個人で飼っていた孤児や身よりのない子供は、彼らの目の届くところではない。
彼らは時にジゴロとして女に貢がせて売ったり、鉄砲玉として抗争の先頭に行くこともあった。それは私が知る一部であり、たぶん本当はもっとやばいことをしているけれど、私に知る由はない。知る必要もない。今からは縁がない話なのだから。
縁があったのは葵さん、柊さん、そしておそらく目の前の茅さん。
椿の名前を出しただけで、彼の表情が変わったから。
「すいません。」
レジに奥の客がいた。私はそこに向かい、お金を受け取る。そしてトレーを持って、その席を片づけた。カウンターに戻ろうとすると、女性の二人組がやってきた。
「いらしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」
私がそういうと、彼女らはカウンター席をちらりと見た。そこに葵さんがいないのを確認して、テーブル席に座った。おそらく葵さん目当ての客だ。
水をコップに入れて、メニューを持って行く。
「何にする?」
「コーヒーだめなんだよねぇ。紅茶にしようかな。」
「カフェオレと、アッサムください。」
「はい。かしこまりました。」
いっつも思うけど、珈琲屋でコーヒーだめって何だろう。
カウンターに戻ってくると、カフェオレと紅茶の準備をした。
「俺が椿だと思うの?」
茅さんはコーヒーを一口飲むと、私の方を見た。
「えぇ。多分ですけど。」
「どうしてそう思う?」
「……入れ墨が沢山入っているとさっきおっしゃいました。入れ墨を入れたことを後悔している方は、それを隠します。しかしあなたは堂々と見せている。ということは、入れ墨が見えてもいい。そこが目立てば、椿の入れ墨は目立たない。そういうことだと思います。」
「それは違う。と言ったらどうだろうか。」
「失礼しました。と言うしかありませんね。椿の立場がどんなものかは知りませんが、やくざの片棒を担いでいたと疑いをかけていたのですから。」
反社会的勢力。そしてみんなが恐れる存在だったと疑いをかけたのだから。
「……謝らなくていい。確かに俺は椿だったこともあるからさ。」
「……やはりそうでしたか。」
「葵から教えてもらってた。俺はあまり関わっていなかったけど、一応片棒担いだから。前科だってあるからね。」
「そうでしたか。」
前科があろうとなかろうと特に気にはしない。そういう人は多いものだ。
カフェオレを入れるための濃いコーヒーがいれ終わり、牛乳も温まった。そして紅茶をティーポットからカップに注ぎ、カフェオレもカップに入れる。
それらをトレーに乗せると、カウンターをでた。そして女性の二人に近づいた。
「お待たせしました。カフェオレと、アッサムです。」
笑顔でそれを置くと、女性たちは笑顔でこちらを見る。
「なんか、前に見たときと感じが変わりましたね。店員さん。」
「そうですか?」
「男前になったというか。」
「やだ。女の子よ。可愛そうじゃない。」
「大丈夫です。最近よく言われますから。」
そういうと彼女らはほっとしたように笑顔になった。
「写真撮ってもいいですか。」
「SNSにアップしなければどうぞ。」
写真を撮られた後カウンターに戻ると、茅さんはこらえきれないように笑っていた。
「いいじゃん。男前。」
「……もう何も言いません。面倒ですから。」
コーヒーを入れた後を片づけていると、彼はまた煙草に火をつけた。
「椿にいたとき、男前は沢山いたなぁ。それこそちゃらいホスト系から、ガテン系まで。」
「……。」
「葵はその中でも一番だったかな。腕も立つし、女を落とすのも上手かった。」
「そうでしょうね。今でもモテますから。」
「言葉もたつからな。あんたもそれで落ちたのか?」
「私は葵さんの恋人ではありませんよ。」
すると彼は小声で言う。
「ふーん。葵はあんたのベタぼれしてるみたいに見えたけどな。」
小声で言ったのはテーブル席の女性に気を使ったのだろう。
「見えるだけです。誰にでもそうあるのかもしれませんね。」
「いいや。あいつはそんな奴じゃない。黙ってても女が寄ってたから、寄ってきた女に優しい言葉をかけるだけ。そんな奴だった。お前はいくら優しく言っても、落ちないから意地になってるんじゃないのか?」
「……騙されませんから。」
「ふーん。頑固だな。まるで奴のようだ。」
「奴?」
彼は煙草を消して、ため息をついた。
「そんな奴が居たんだよ。椿にもな。女の一人落とせない奴。かと思ったら女にズブズブにはまって。結局殺しをして前科一犯。」
「そんな方もいるんですね。」
多分柊さんのことだろう。
「蓬さんはあいつを正式に組に入れたがっていた。けど今は何をしてるんだろうな。」
「さぁ。」
「……俺が人生で許せないのはあいつだけだ。」
ん?茅さんが柊さんを許せない?どういうことだろう。詳しい話を聞きたかったけど、これ以上聞いたらきっとぼろが出る。私はそれ以上何も聞かなかった。
しばらくして葵さんが帰ってきた。
「ごめん。ちょっと時間オーバーしましたか。」
するとカウンターの席にいる茅さんを見て、葵さんは笑って迎えた。
「茅。こんな時間にここにいていいのか。」
「外回りくらい自由にさせて欲しいよ。ま、ちょっと長く居すぎたかな。そろそろ帰るよ。あーあ。また一仕事だな。」
「お疲れさん。」
彼はレジでお金を払い、そのまま出て行ってしまった。雨はまだ降っている。
そしてこの町にある坂本組の派生。その若頭の一人が蓬さん。
頭のいい人だった。組に入ればある程度組長やほかの若頭、幹部の視線があるが、彼個人で飼っていた孤児や身よりのない子供は、彼らの目の届くところではない。
彼らは時にジゴロとして女に貢がせて売ったり、鉄砲玉として抗争の先頭に行くこともあった。それは私が知る一部であり、たぶん本当はもっとやばいことをしているけれど、私に知る由はない。知る必要もない。今からは縁がない話なのだから。
縁があったのは葵さん、柊さん、そしておそらく目の前の茅さん。
椿の名前を出しただけで、彼の表情が変わったから。
「すいません。」
レジに奥の客がいた。私はそこに向かい、お金を受け取る。そしてトレーを持って、その席を片づけた。カウンターに戻ろうとすると、女性の二人組がやってきた。
「いらしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」
私がそういうと、彼女らはカウンター席をちらりと見た。そこに葵さんがいないのを確認して、テーブル席に座った。おそらく葵さん目当ての客だ。
水をコップに入れて、メニューを持って行く。
「何にする?」
「コーヒーだめなんだよねぇ。紅茶にしようかな。」
「カフェオレと、アッサムください。」
「はい。かしこまりました。」
いっつも思うけど、珈琲屋でコーヒーだめって何だろう。
カウンターに戻ってくると、カフェオレと紅茶の準備をした。
「俺が椿だと思うの?」
茅さんはコーヒーを一口飲むと、私の方を見た。
「えぇ。多分ですけど。」
「どうしてそう思う?」
「……入れ墨が沢山入っているとさっきおっしゃいました。入れ墨を入れたことを後悔している方は、それを隠します。しかしあなたは堂々と見せている。ということは、入れ墨が見えてもいい。そこが目立てば、椿の入れ墨は目立たない。そういうことだと思います。」
「それは違う。と言ったらどうだろうか。」
「失礼しました。と言うしかありませんね。椿の立場がどんなものかは知りませんが、やくざの片棒を担いでいたと疑いをかけていたのですから。」
反社会的勢力。そしてみんなが恐れる存在だったと疑いをかけたのだから。
「……謝らなくていい。確かに俺は椿だったこともあるからさ。」
「……やはりそうでしたか。」
「葵から教えてもらってた。俺はあまり関わっていなかったけど、一応片棒担いだから。前科だってあるからね。」
「そうでしたか。」
前科があろうとなかろうと特に気にはしない。そういう人は多いものだ。
カフェオレを入れるための濃いコーヒーがいれ終わり、牛乳も温まった。そして紅茶をティーポットからカップに注ぎ、カフェオレもカップに入れる。
それらをトレーに乗せると、カウンターをでた。そして女性の二人に近づいた。
「お待たせしました。カフェオレと、アッサムです。」
笑顔でそれを置くと、女性たちは笑顔でこちらを見る。
「なんか、前に見たときと感じが変わりましたね。店員さん。」
「そうですか?」
「男前になったというか。」
「やだ。女の子よ。可愛そうじゃない。」
「大丈夫です。最近よく言われますから。」
そういうと彼女らはほっとしたように笑顔になった。
「写真撮ってもいいですか。」
「SNSにアップしなければどうぞ。」
写真を撮られた後カウンターに戻ると、茅さんはこらえきれないように笑っていた。
「いいじゃん。男前。」
「……もう何も言いません。面倒ですから。」
コーヒーを入れた後を片づけていると、彼はまた煙草に火をつけた。
「椿にいたとき、男前は沢山いたなぁ。それこそちゃらいホスト系から、ガテン系まで。」
「……。」
「葵はその中でも一番だったかな。腕も立つし、女を落とすのも上手かった。」
「そうでしょうね。今でもモテますから。」
「言葉もたつからな。あんたもそれで落ちたのか?」
「私は葵さんの恋人ではありませんよ。」
すると彼は小声で言う。
「ふーん。葵はあんたのベタぼれしてるみたいに見えたけどな。」
小声で言ったのはテーブル席の女性に気を使ったのだろう。
「見えるだけです。誰にでもそうあるのかもしれませんね。」
「いいや。あいつはそんな奴じゃない。黙ってても女が寄ってたから、寄ってきた女に優しい言葉をかけるだけ。そんな奴だった。お前はいくら優しく言っても、落ちないから意地になってるんじゃないのか?」
「……騙されませんから。」
「ふーん。頑固だな。まるで奴のようだ。」
「奴?」
彼は煙草を消して、ため息をついた。
「そんな奴が居たんだよ。椿にもな。女の一人落とせない奴。かと思ったら女にズブズブにはまって。結局殺しをして前科一犯。」
「そんな方もいるんですね。」
多分柊さんのことだろう。
「蓬さんはあいつを正式に組に入れたがっていた。けど今は何をしてるんだろうな。」
「さぁ。」
「……俺が人生で許せないのはあいつだけだ。」
ん?茅さんが柊さんを許せない?どういうことだろう。詳しい話を聞きたかったけど、これ以上聞いたらきっとぼろが出る。私はそれ以上何も聞かなかった。
しばらくして葵さんが帰ってきた。
「ごめん。ちょっと時間オーバーしましたか。」
するとカウンターの席にいる茅さんを見て、葵さんは笑って迎えた。
「茅。こんな時間にここにいていいのか。」
「外回りくらい自由にさせて欲しいよ。ま、ちょっと長く居すぎたかな。そろそろ帰るよ。あーあ。また一仕事だな。」
「お疲れさん。」
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