夜の声

神崎

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二年目

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 帰りは茅さんが送ってくれるという。病院の駐車場に止められていたのは、赤い小型車。だけどあちらこちらがへこんでいて、薄汚れている。車の中も雑誌やゴミが沢山あり、コーヒーと煙草の臭いがした。
「片づけた方がいいと思うけど。」
「人はあんまり乗らないんだよ。この車。でも一応この車ビンテージなんだわ。」
 茅さんはそういって荒い運転で、駅まで連れて行ってくれた。
「悪いなここんな所で。」
「いいや。助かったよ。仕事中だったのに悪かったな。」
「今度店行くわ。」
 そういって茅さんの車は私たちから遠ざかっていく。葵さんは少しため息をついて、それを見ていた。
「懐かしい人でした。たぶん、私が出所して会ってませんでしたから。」
「……。」
 聞きたいことは沢山ある。彼も前科者なのか。椿だったのか。そして柊さんの面識があるのか。聞きたいけれど、今は聞けない。彼の口からそんなことは言っていなかったし、柊さんの名前も出なかった。
「ここに来たということは、しょっちゅう顔を合わせることになるでしょうね。」
「イヤなんですか。」
「いいえ。少なくとも、柊よりは気の合う人です。気持ちのいい人だ。ストレートに言葉を発してくれるので、こっちもつい本音が出ます。そういう人は、ストレスが溜まらないんですよ。こちらもね。」
 なんか、すごく私のことを言われているようだった。多少なりとも、友人やお店のお客さんに対して装うことしかしていなかった自分に言われているようだ。
「さ、帰りましょうか。どこか寄るところはありますか。」
「あ、そういえばメッセージが母さんから。」
 携帯電話を取り出して、メッセージボックスを開く。
”薬局でゴム買ってきて。”
 ゴムって、輪ゴム?何でそんなものが必要なんだろう。首を傾げていると、葵さんはその画面を見て少し笑った。
「高校生に買いに行かせるなんて、さすがあなたのお母さんですね。」
「輪ゴムですか。」
「いいえ。コンドームのことでしょう。」
 買えるか!制服で!メッセージを閉じて、私はため息をついた。
「必要かもしれませんね。あなたの家にも柊は来るのでしょう?」
「えぇ。たまには。」
「でしたら買いに行きますか。」
「いいえ。大丈夫です。この格好ですし。」
 駅の中に向かう。そこを通って帰るのだ。
「生でしてはいけませんよ。」
「葵さん。セクハラですか。」
「そんなつもりはありませんでしたけどね。」
 笑いながら、私は家路を急いだ。

 家に帰り着くと、もう母さんはいなかった。外はもう薄暗い。仕事に行ってしまったのだろう。私は部屋に戻り、ジーパンとシャツに着替えるとキッチンに用意しているタッパーを風呂敷に包んだ。
 木曜日は私のバイトが休みだ。それを見通して、母さんはいつも私が柊さんの所へ行くのだろうといつもこうして折を用意してくれるのだ。今日の食事はタケノコご飯と山菜の煮物。それを風呂敷に包み、私は家を出る。
 日が暮れるのが遅くなってきた。もう結構な時間になっているだろうに。
 アパートの裏を通り、その裏のぼろぼろのアパートのさびた階段を登る。すると私の後ろから、胸が大きく開いたワンピースを着た女性が登ってくる。派手な女性だ。彼女は柊さんの部屋の一つ手前でチャイムを鳴らした。すると中から色黒の男が彼女を招き入れる。
「……。」
 私は柊さんの家のドアをノックした。するとすぐにドアを開けてくれた。
「遅かったな。」
「ちょっと手間取ってしまって。」
「入れ。」
 部屋の中にはいると、私はキッチンにその風呂敷包みを置いた。
「今日は何だ。」
「タケノコご飯と煮物ですよ。」
「和食が良いな。」
 タッパーだけを置いて、先週持ってきた空の綺麗なタッパーをまた風呂敷に包む。すると彼は急に後ろから手を伸ばしてきた。
「柊さん。」
「気が触れそうだった。お前に触れられないだけで。まるで十代だな。」
「あなたが十代の頃に私が生まれたんですよ。」
「そうだった。」
 彼はそういって私の首筋に唇をはわせる。だがその動きがぴたりと止まった。
「柊さん?」
「……煙草の臭いがする。葵が吸うわけないし、誰の?」
「あぁ。葵さんの知り合いの方に、支社長の病室で会ったんです。ヒジカタコーヒーの事務員さんになっているらしくて。その方と三人でお茶をしてました。その方、煙草を吸ってましたからたぶん臭いが移ったのかもしれませんね。」
「お茶ね。まぁ葵と二人きりではないだけましか。」
 そういって彼は、私の結んでいる髪をほどいた。
「綺麗なまっすぐな髪だな。」
「痛んでますよ。」
「いいや。俺が癖毛だからかな。うらやましい。」
 髪に触れて、そして私は正面を向く。彼の首に手を回すと、彼もその手で私の頭を支えた。
 ゆっくりと近づいてきて、唇が触れた。何度も触れているうちに、舌を絡ませていく。息つく暇がないほど激しいキスをして、彼は私の体を抱き上げた。
 そして隣部屋のベッドのある部屋につれてきて、私を寝かせる。彼も私の上に乗りかかろうとしたときだった。

「あっ!いいっ!ああああん!イく、イく!」
「まだイくの早いぞ。もう一本、ち×こあるからな!こっちの穴にも刺してやるよ!」
「二本差し?あぁん!無理無理!」
「無理じゃねぇよ。こんなにア×ルひくひくさせてんじゃねぇか。この淫乱が!」
「ああああ!キてる!奥まで!二人のキてるよぉ。お腹の中で……あぁあああ!」

 今日は派手なあえぎ声だな。そう思っていたら、不機嫌そうに柊さんは枕を壁に投げた。そしてベッドに腰掛けると頭をかく。さっきまでの空気が台無しだ。
 確かに私も彼らを殴ってやりたい気持ちだ。
「柊さん。」
 体を起こして、私は柊さんの背後から抱きつく。すると彼は私の手に触れると、テーブルの上に置いてあった煙草に手を伸ばした。
「引っ越そうかな。でもここ居心地良いし、お前もすぐ来れるし。都合がいいんだけどな。」
「聞きたいことがあるんですけど。」
 茅さんのことを聞こうと思った。だけど何となく聞けない気がしたので、私は別のことを聞いた。
「あの……二本差しって……。」
「そんなことは聞かなくてもいい。知らなくても良いことだ。」
「でも、女性ってあの穴一つしかないのに……。」
「いいから。」
 彼は灰皿に煙草を置くと、私の顔を両手で挟んだ。
「知らなくても良いことなんか沢山ある。その中の一つだ。だいたい……二人で商売女をするなんか……鬼畜か。隣の奴は。」
「二人で?」
「いいから隣に来い。」
 誤魔化すように、私は柊さんの隣に座った。そのとき、テーブルの上に大きめの水色の封筒があることに気がついた。何だろう。これは。
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