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一年目
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新学期が始まって数日。試験が終わり、いつもの日常が始まったと思っていた。向日葵たちと雑談し、「窓」へいってバイトをするという日常。だけどどことなく違和感があった。それにいち早く気がついたのは匠だった。
授業が終わり、帰ろうとしていた私に匠が声をかける。
「桜。」
「何?」
バッグを持って、席を立った私は背の高い匠をまた見上げる。
「ちょっといいか。」
「あまり時間はないんだけど。」
「すぐ終わる。何だったら何かおごろうか。」
「気持ち悪いわね。私におごらないで彼女におごりなさいよ。」
「別れた。」
年下の彼女だったはずだ。軽い男だと思う。私に声をかけるなんて、柊さんが怖くないのだろうか。
購買部の前にある自販機で、私たちはそれぞれにジュースやお茶を買った。そして帰っていく生徒たちをぼんやりと見ている。
「おかしいと思わないか。」
「何が?」
「竹彦。」
「……そう?」
「正確には、体育祭の時からか。」
「すごい前のことを出すわね。もう年が明けたんだけど。」
「知ってるよ。でもあのときから竹彦はなんか雰囲気が違う。なんか前に戻ったような……。」
「あなたがいじめをしていたとき?」
「ちゃかすな。」
イチゴミルクの味は、甘ったるくて冷たい。それを喉に流し込んでも美味しいとは思えない。だけど飲んでしまう。
「そうね。ちょっと雰囲気変わったわね。文化祭でみんなと打ち解けたと思ったんだけど、今は一人ね。」
「思ってたか。」
「えぇ。私だってバカじゃないのよ。」
「なんかあったのか。」
イチゴミルクを吸い込み、私は彼を見上げた。
「あなたの方が詳しいんじゃないの?」
「俺が?」
「えぇ。あの子がどんな立場なのか。どんな人なのか。」
その言葉に彼は言葉を飲んだ。当たりというわけだ。
「私の恋人の立場を知ってたわね。」
「……俺の父親も同じ狢だから。」
「そう。だから詳しいのね。」
私はまた前だけを見る。竹彦はあの行き交う生徒のように笑いながら、下校はしないだろう。きっと、彼が好きなものは違うものだから。
「俺はあの世界に入らない。親父だって、もう堅気だ。なぁ。もしかして竹彦は……。」
「きっと進んで入ろうとは思わないでしょ。きっと、彼は「椿」になろうとしている。」
「椿……。」
体育祭を思い出した。冷たい目。温度の通っていないあの目を。ゾクゾクする。きっとあの目は柊さんや葵さんと一緒の目なのだろう。
そして椿になれば、もっと冷たい目になるのだ。
「後継者問題で揺れているものね。あの組は。だから血のつながりのある竹彦君が入れば、組は安定する。将来的には彼は幹部候補ね。」
「お前、それでいいのか。本当に竹彦にそうなってほしいのか。」
「……。」
「あの男と同じ道を……。」
飲み終わったイチゴミルクを、ゴミ箱に捨てて私は彼をみる。
「竹彦が望んでいるんでしょう。彼は……きっと葵さんや柊さんと同じ立ち位置に立とうとしているのよ。それを誰が邪魔することが出来るの?」
「出来るだろう?お前なら。」
「出来ないわ。私にはもう止める権利はないの。」
「だったら何でそのマフラー使ってるんだ。」
白いマフラーをしている。それはクリスマスに竹彦からもらったものだ。
「心のどこかで竹彦を想ってるんじゃないのか。」
「違うわ。」
「だったら捨てろよ。」
「……あなたはきっと恋人からもらったものをすべて捨てられる人なのね。気持ちがこもっているもの。私にはそれが出来ないのよ。彼の気持ちに答えられないけれど、彼の気持ちを受け止めることは出来るから。」
「桜。」
「これ以上は口を出さないで。あなたも堅気になりたいのでしょう?」
私はそれだけをいうと階段へ向かっていった。するとその階段の影に、竹彦の姿があった。竹彦はじっと前だけを見ている。私がきてもその視線は変わらない。
「竹彦君。」
「そっか。全部知ってたんだね。」
「……えぇ。」
彼はほほえみ、私の方に視線を送る。
「僕、学校を辞めるんだ。」
「……。」
「春から蓬さんのところへいくよ。組には入らない。「椿」でいる。」
「……それでいいの?」
「それになることで彼らと同じ立場になれる。彼らと同じステージに立つことが出来る。」
「……一つ聞きたいことがあるわ。」
「何?」
「私の周りであったこと。それはあなたの差し金?それとも蓬さんの差し金かしら。」
すると彼は少し笑う。
「どっちも。」
「……そう。だったらあなたはその世界に本当に向いているのね。恐れ入ったわ。」
ため息が白くなる。彼の視線はどこか遠くを見ていた。
「いずれは抜ける。落ち着いたらね。」
「……抜けられると思うの?」
「誰かを犠牲にしてもね。君の前にまた立ちたいから。今は僕が犠牲になる。君が想っている男たちのためにね。」
男たち。それはきっと柊さんや葵さんのことだろう。彼らは知っているのだろうか。どんな気持ちで竹彦が組と関わり合うことになるのかと。
「まだ時間はあるわね。」
「うん。」
「……少しは「虹」にも顔を出した方がいいわよ。」
「それは僕もやめられないことだから。背中を出すような衣装は着られなくなるけどね。」
まだ春は遠い。だけど春になれば、彼は私の前からいなくなる。同級生というカテゴリーから消えてなくなるのだ。
授業が終わり、帰ろうとしていた私に匠が声をかける。
「桜。」
「何?」
バッグを持って、席を立った私は背の高い匠をまた見上げる。
「ちょっといいか。」
「あまり時間はないんだけど。」
「すぐ終わる。何だったら何かおごろうか。」
「気持ち悪いわね。私におごらないで彼女におごりなさいよ。」
「別れた。」
年下の彼女だったはずだ。軽い男だと思う。私に声をかけるなんて、柊さんが怖くないのだろうか。
購買部の前にある自販機で、私たちはそれぞれにジュースやお茶を買った。そして帰っていく生徒たちをぼんやりと見ている。
「おかしいと思わないか。」
「何が?」
「竹彦。」
「……そう?」
「正確には、体育祭の時からか。」
「すごい前のことを出すわね。もう年が明けたんだけど。」
「知ってるよ。でもあのときから竹彦はなんか雰囲気が違う。なんか前に戻ったような……。」
「あなたがいじめをしていたとき?」
「ちゃかすな。」
イチゴミルクの味は、甘ったるくて冷たい。それを喉に流し込んでも美味しいとは思えない。だけど飲んでしまう。
「そうね。ちょっと雰囲気変わったわね。文化祭でみんなと打ち解けたと思ったんだけど、今は一人ね。」
「思ってたか。」
「えぇ。私だってバカじゃないのよ。」
「なんかあったのか。」
イチゴミルクを吸い込み、私は彼を見上げた。
「あなたの方が詳しいんじゃないの?」
「俺が?」
「えぇ。あの子がどんな立場なのか。どんな人なのか。」
その言葉に彼は言葉を飲んだ。当たりというわけだ。
「私の恋人の立場を知ってたわね。」
「……俺の父親も同じ狢だから。」
「そう。だから詳しいのね。」
私はまた前だけを見る。竹彦はあの行き交う生徒のように笑いながら、下校はしないだろう。きっと、彼が好きなものは違うものだから。
「俺はあの世界に入らない。親父だって、もう堅気だ。なぁ。もしかして竹彦は……。」
「きっと進んで入ろうとは思わないでしょ。きっと、彼は「椿」になろうとしている。」
「椿……。」
体育祭を思い出した。冷たい目。温度の通っていないあの目を。ゾクゾクする。きっとあの目は柊さんや葵さんと一緒の目なのだろう。
そして椿になれば、もっと冷たい目になるのだ。
「後継者問題で揺れているものね。あの組は。だから血のつながりのある竹彦君が入れば、組は安定する。将来的には彼は幹部候補ね。」
「お前、それでいいのか。本当に竹彦にそうなってほしいのか。」
「……。」
「あの男と同じ道を……。」
飲み終わったイチゴミルクを、ゴミ箱に捨てて私は彼をみる。
「竹彦が望んでいるんでしょう。彼は……きっと葵さんや柊さんと同じ立ち位置に立とうとしているのよ。それを誰が邪魔することが出来るの?」
「出来るだろう?お前なら。」
「出来ないわ。私にはもう止める権利はないの。」
「だったら何でそのマフラー使ってるんだ。」
白いマフラーをしている。それはクリスマスに竹彦からもらったものだ。
「心のどこかで竹彦を想ってるんじゃないのか。」
「違うわ。」
「だったら捨てろよ。」
「……あなたはきっと恋人からもらったものをすべて捨てられる人なのね。気持ちがこもっているもの。私にはそれが出来ないのよ。彼の気持ちに答えられないけれど、彼の気持ちを受け止めることは出来るから。」
「桜。」
「これ以上は口を出さないで。あなたも堅気になりたいのでしょう?」
私はそれだけをいうと階段へ向かっていった。するとその階段の影に、竹彦の姿があった。竹彦はじっと前だけを見ている。私がきてもその視線は変わらない。
「竹彦君。」
「そっか。全部知ってたんだね。」
「……えぇ。」
彼はほほえみ、私の方に視線を送る。
「僕、学校を辞めるんだ。」
「……。」
「春から蓬さんのところへいくよ。組には入らない。「椿」でいる。」
「……それでいいの?」
「それになることで彼らと同じ立場になれる。彼らと同じステージに立つことが出来る。」
「……一つ聞きたいことがあるわ。」
「何?」
「私の周りであったこと。それはあなたの差し金?それとも蓬さんの差し金かしら。」
すると彼は少し笑う。
「どっちも。」
「……そう。だったらあなたはその世界に本当に向いているのね。恐れ入ったわ。」
ため息が白くなる。彼の視線はどこか遠くを見ていた。
「いずれは抜ける。落ち着いたらね。」
「……抜けられると思うの?」
「誰かを犠牲にしてもね。君の前にまた立ちたいから。今は僕が犠牲になる。君が想っている男たちのためにね。」
男たち。それはきっと柊さんや葵さんのことだろう。彼らは知っているのだろうか。どんな気持ちで竹彦が組と関わり合うことになるのかと。
「まだ時間はあるわね。」
「うん。」
「……少しは「虹」にも顔を出した方がいいわよ。」
「それは僕もやめられないことだから。背中を出すような衣装は着られなくなるけどね。」
まだ春は遠い。だけど春になれば、彼は私の前からいなくなる。同級生というカテゴリーから消えてなくなるのだ。
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