夜の声

神崎

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一年目

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 一週間たち、私はやっと学校へいけるようになった。鏡の中の自分を見る。晴れは収まっているし、傷はもうない。大丈夫。いつもの自分になれる。
 朝食を作りそれを食べていると、母さんが起きてきた。
「おはよう。あぁ。今日から学校ね。」
「うん。」
「一応、先生には言っておいたけど、他の人たちには風疹になったって言ってるらしいわ。話し合わせておくのよ。」
「わかった。」
 母さんはソファに座り、煙草をくわえ火をつけた。
「それからしばらく葵に送迎を頼んだわ。」
「葵さんに?」
「バイトどうせ今日から行くんでしょ?止めたって行くんだから。止めないわよ。」
「ありがとう。」
「その方があんたも安定して見えるわ。父親の影響かしらね。動いてる方が落ち着くなんて。」
 珍しいこともあるな。父親の話をするなんて。

 休んでいる間、少しでもといって柊さんは時間を見て部屋に毎日やってきてくれていた。でもその関係はどこかぎくしゃくしている。
 それは学校に行っても同じだった。
 目で追っていた柊さんを私は見ることがなくなったのだ。避けるように動き、彼も不必要に話しかけたりはしなくなった。
 その関係を竹彦は不思議そうに見ていたが、彼もきっと強姦されたことなど知らないので、当然かもしれない。
 やがて期末テストが終わり、あとは終業式、冬休みだ。その前にみんなそわそわしていることがある。
「男の子って何が嬉しいのかなぁ。」
 新しい彼氏ができた向日葵は、その彼氏にあげるクリスマスプレゼントを悩んでいたのだ。雑誌を見ながら、首を傾げている。
「アクセは重いじゃん。マフラーとか身につけるのって、センス必要だしさ。」
「桜は何あげるの?」
 急に話を降られて、私は口を尖らせた。
「さぁ。何にしようかしらね。」
「年上の社会人なんて、ホント困るよね。」
「でもまぁ、高校生にそんなに期待してないよ。きっと。」
 それはそうだ。私はそう思いながら、その雑誌をちらりと見た。時計。ブレスレット。指輪。男の子が好きそうなものが沢山載っている。
「どうせだったら葵さんに相談すればいいんじゃない?」
「葵さんだったら、きっと……。」
 たぶんきっと笑いながら「あなたでいいんじゃないですか」とか何とか言いそうだ。今はそれどころじゃないのに。
 外を見ると雨ではなくて雪が降り出しそうな天気だった。異常に寒い。

 クリスマスイブの日が、終業式。校長先生の長い話を聞きながらも、きっとみんな心は上の空だ。想う人にプレゼントをあげる日だから。
 私も一応用意はしている。悩みながら買ったのは、駅前にある古着屋で売っていたアンティークの腕時計。ごつい腕時計はきっと彼の太い腕によく似合うと思っていた。問題はいつ渡すかだ。
 そしてもう一つ用意してあるのは葵さんのためのプレゼント。葵さんへは、同じ店で買った小さな置き時計。柱時計しかないあの店は、角度によって時計が見えないので、邪魔にならない程度の大きさのものを買ったのだ。備品をあげるというのはどうかと思ったけれど、これしか思い浮かばなかったもんな。
”クリスマスイブはライブがある。そのあとに部屋に行く。”
 柊さんからのメッセージはいつも素っ気ない。でも最近はとてもそれが味気なく感じる。
 どうしてだろう。前はメッセージをもらうだけで嬉しかったのに。
 クラスでの担任の注意事項を聞き、解散することになった。
「桜。初詣行こうよ。みんなで行こうって言っててさ。」
「いいよ。どこの神社に行くの?」
 みんながもう帰ろうとしていると、向日葵がそう声をかけてきた。するとその向こうから竹彦が話しかけてきた。
「桜さん。ちょっといい?」
 その言葉に、向日葵は空気を感じたように、またねと言って去っていった。気を効かせなくてもいいのに。

 竹彦が連れてきたところは、化学室だった。普段からあまり人はいないけど、放課後になるとさらに人はいない。だからかもしれないけど、ここはさらに寒い。足が凍るようだ。
「何?」
 学校用の薄いコートでは寒さはしのげない。
 それにここはいつも柊さんと待ち合わせをしていたところだ。思い出が沢山あって、今はちょっと辛い。
 ん?別に別れたわけじゃないんだけど。何で辛くなってんだ?
 ふと奥にある準備室が目に留まった。あそこに連れ込まれて、キスされたこともあった。誤解で、怒っていると思って……。その前はエアコンを修理しているときにお邪魔したんだ。
「……さん。桜さん。」
 ふと我に返る。目の前にいるのは柊さんじゃなくて、竹彦だ。だいぶ失礼なことをしてしまったなぁ。
「どうしたの?こんなところに呼んで。」
 すると彼は鞄の中から、緑と赤の包みを出して私に差し出した。
「クリスマスだから。」
 私はそれを受け取る。せっかく用意してくれたものだ。断るのも悪いと思ったし。
「……ありがとう。でもごめん。あなたのものは用意してなくて。」
「期待はしてないよ。あげる人は他にいるだろう?」
 口元だけで笑う。私はその包みの中を見てみた。そこには白いマフラーが入っている。モヘアの素材で作られていて、とてもふわふわしていた。
「ありがとう。可愛いわ。こんな可愛いもの、似合うかしら。」
「似合うよ。きっと。」
 そのマフラーを巻いてみると、首元が温かくなった。きっと安いものじゃない。モヘアは安いとちくちくするから。
「似合ってる。」
 柊さんとは違う高い声。目の前にいる人は柊さんじゃない。似ても似つかない別の男。そんな人にマフラーをもらう。
 滑稽だ。
「竹彦君。いつか言ったよね。死にたいときはあなたの目の前で死んで欲しいって。」
「うん。綺麗な死体になると思う。」
「今でもそう思ってる?」
「どうしたの?」
 私はきっとそのときやっと本当の顔を見せた。友達の前では平然を装い、いつも通りの自分を演じていた。本当は苦しくて、泣きたいのに。
「竹彦君。このマフラーで私を絞め殺してくれる?」
 私はそういって彼にマフラーの端を指しだした。すると彼はその端を手にする。そしてまっすぐに私を見た。
「柊さん関係のこと?」
「……言えない。」
「最近君らおかしいから。手も挙げない、合図もしない。本当にただの知り合いに戻ったよう……。」
「……。」
「別れたの?」
「いいえ。まだ続いてる。だけど……。」
 このままじゃ時間の問題だ。きっと……私は泣いてすがって、彼を引き留めるのかもしれない。だけど彼はきっと振り向かない。私に隠し事があるから。
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