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一年目
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誰が来ていたかは葵さんにいわなかった。葵さんもきっとイヤな顔をするから。蓬さんに対しては柊さんだけじゃなくて、きっと葵さんも警戒している。ここに来たと知れば、彼の不安を股かき立てるだろうと思ったから。
それに葵さんが帰ってきてから、いつもの女性等や常連のお客さんがやってきて忙しくなったので、そんなことを話している暇はなかったのだ。
やがて仕事は終わり、私は「窓」を出た。今日は柊さんは来なかった。そろそろ町がクリスマスの音でにぎやかになってきたから、きっとそういうイベントの打ち合わせなんかが忙しいのだろう。
「売れっ子だから。」
葵さんは私にそういい聞かせていた。彼なりにきっと私を慰めてくれているのだろう。
歩いて帰っていると、相変わらず不安はつきまとう。暗い夜道だ。人通りもそんなにあるわけじゃない。この辺は住宅街で、行き交うのは残業で疲れたビジネスマンやOLくらいだからだ。
まだ強姦事件の犯人は捕まっていない。夏頃に発生した事件の被害者は、あれからまた一人増えたと聞いている。
「気をつけろ。近所だからといって、襲われないという可能性もないのだから。」
柊さんはそういってくれていた。確かに制服姿の私がこの辺をうろうろしていたら、女らしい体つきではないかもしれないけれど女であることはすぐにわかるだろうから。
「……。」
しかし不安は残る。自然と早足で私は家路を急いだ。コンビニを過ぎるとさらに街灯の明かりと、戸建ての家の明かりしかない。街灯の明かりはあるが、それでも足下を明るくするような効果はなくとても怖い。
そのとき後ろから車のライトが私を照らした。珍しいな。車がこんなところに来るなんて。振り返ると、そこには白い車が私の横を通ろうとしていた。するとその車は私の横で止まる。
「すいません。この辺に横山さんというお宅はありませんか。」
助手席の窓が開き、中からは人の良さそうなおじさんが私に聞いてきた。
「横山さん?」
誰だろう。わからない。
「すいません。わからないです。」
「そうですか。この辺だと思ったのだけどな。赤い屋根の家だと。」
「赤い屋根の家は、その十字路を右に行った先に一軒ありますよ。」
「あぁ。だったらそこでしょう。ありがとうございました。」
そういって車は走り去っていった。ちょっと怖かったけど、ただの道を聞く人だったか。安心して、私はまた歩き出した。そのときまた後ろからエンジン音が聞こえた。それはきっとスクーターの軽い音だった。
それは少し後ろで止まり、人の走る足音が聞こえた。振り向くと、フルフェイスのヘルメットを被った人がこちらに走ってきている。
何?な……。
腕を捕まれて、通り抜けようとした黒い軽自動車の中に連れ込まれた。
「え?」
間違いない。私はそれをすぐに察すると、ドアが閉まる前に、それを蹴った。そしてそのフルフェイスの人の腕を思いっきり噛んだ。
「いてぇ!このくそ女!」
ばちん!
頬に焼けるような痛みがはしる。そして胸元に手が伸びて、ブチブチという音がした。ブラウスのボタンが引きちぎられたのだろう。冷やっとした外気の空気が胸に感じた。
やだ。やだ。柊さん以外にこんなことされたくない!
ふと下を見ると、まだドアが開いている。まだ逃げられるのだ。私はブレザーのポケットからそれを取り出すと、思いっきり引き抜いた。
ビイイイイーーーー!
激しい音が鳴り、それを外に投げた。
「車を走らせろ!」
「だめだ。ドアが壊れてる!」
「このくそ女!」
閑静な住宅街に防犯ベルが鳴り響いた。その音で住人が何だ、何だと外にやってきた。
「警察!」
誰かが警察に連絡してくれたのだろう。すると男たちは車を捨てて逃げようとした。そのときだった。
「勇ましいことだ。」
冷たい声がした。それは警察ではなかった。体を起こしてそこを見ると、それは数人のチンピラ風の人と蓬さんの姿だった。
「何だ。お前は。」
「手を出す相手が悪かったな。」
チンピラたちはその男たちの胸ぐらを掴む。もうこの男たちもその相手が誰なのかわかったらしく、すっかり怯えている。
「簀巻きにして沈めてやりましょうか。蓬さん。」
「まぁいい。警察が来るだろう。あとは奴らに任せろ。」
すると今度は本当に赤いパトランプが道路を照らした。
「……やっときたな。」
蓬さんは後部座席にやってくると、私の姿を見て手をさしのべた。
「殴られてるな。」
「……ありがとうございます。」
「たまには地域貢献しないとな。」
そういって彼は自分の着ていた上着を私に手渡した。
「怖かっただろう。」
その声で言わないで。柊さんに言われているようで、イヤだ。
うつむいていると、彼は私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。きっと強姦未遂でショックを受けていると思って、彼はそうしたのだろう。しかしそれでショックを受けてるんじゃない。
「すいません。被害者の方ですか。」
若い警察が私の方へやってきて、声をかけてきた。すると蓬さんはすっとその手をよける。
「……話は出来ますか。」
「はい。」
震える手が止まらない。さっきショックじゃないと思ったけれど、やっぱり怖かったのだろう。
「殴られてますね。詳しい話の前に病院へ……。」
「あ、平気です。」
「しかしそうしなければいけないので、一応行ってもらえますか。」
面倒だ。
しかしそうしなければいけないのだろう。
「俺が連れていく。」
「あなたは……。」
「俺だからといって問題はないだろう。お前もついてくるんだろう?」
若い警察官は首振り人形のように頷いた。どっちが警察かわからなくなってきたな。
それに葵さんが帰ってきてから、いつもの女性等や常連のお客さんがやってきて忙しくなったので、そんなことを話している暇はなかったのだ。
やがて仕事は終わり、私は「窓」を出た。今日は柊さんは来なかった。そろそろ町がクリスマスの音でにぎやかになってきたから、きっとそういうイベントの打ち合わせなんかが忙しいのだろう。
「売れっ子だから。」
葵さんは私にそういい聞かせていた。彼なりにきっと私を慰めてくれているのだろう。
歩いて帰っていると、相変わらず不安はつきまとう。暗い夜道だ。人通りもそんなにあるわけじゃない。この辺は住宅街で、行き交うのは残業で疲れたビジネスマンやOLくらいだからだ。
まだ強姦事件の犯人は捕まっていない。夏頃に発生した事件の被害者は、あれからまた一人増えたと聞いている。
「気をつけろ。近所だからといって、襲われないという可能性もないのだから。」
柊さんはそういってくれていた。確かに制服姿の私がこの辺をうろうろしていたら、女らしい体つきではないかもしれないけれど女であることはすぐにわかるだろうから。
「……。」
しかし不安は残る。自然と早足で私は家路を急いだ。コンビニを過ぎるとさらに街灯の明かりと、戸建ての家の明かりしかない。街灯の明かりはあるが、それでも足下を明るくするような効果はなくとても怖い。
そのとき後ろから車のライトが私を照らした。珍しいな。車がこんなところに来るなんて。振り返ると、そこには白い車が私の横を通ろうとしていた。するとその車は私の横で止まる。
「すいません。この辺に横山さんというお宅はありませんか。」
助手席の窓が開き、中からは人の良さそうなおじさんが私に聞いてきた。
「横山さん?」
誰だろう。わからない。
「すいません。わからないです。」
「そうですか。この辺だと思ったのだけどな。赤い屋根の家だと。」
「赤い屋根の家は、その十字路を右に行った先に一軒ありますよ。」
「あぁ。だったらそこでしょう。ありがとうございました。」
そういって車は走り去っていった。ちょっと怖かったけど、ただの道を聞く人だったか。安心して、私はまた歩き出した。そのときまた後ろからエンジン音が聞こえた。それはきっとスクーターの軽い音だった。
それは少し後ろで止まり、人の走る足音が聞こえた。振り向くと、フルフェイスのヘルメットを被った人がこちらに走ってきている。
何?な……。
腕を捕まれて、通り抜けようとした黒い軽自動車の中に連れ込まれた。
「え?」
間違いない。私はそれをすぐに察すると、ドアが閉まる前に、それを蹴った。そしてそのフルフェイスの人の腕を思いっきり噛んだ。
「いてぇ!このくそ女!」
ばちん!
頬に焼けるような痛みがはしる。そして胸元に手が伸びて、ブチブチという音がした。ブラウスのボタンが引きちぎられたのだろう。冷やっとした外気の空気が胸に感じた。
やだ。やだ。柊さん以外にこんなことされたくない!
ふと下を見ると、まだドアが開いている。まだ逃げられるのだ。私はブレザーのポケットからそれを取り出すと、思いっきり引き抜いた。
ビイイイイーーーー!
激しい音が鳴り、それを外に投げた。
「車を走らせろ!」
「だめだ。ドアが壊れてる!」
「このくそ女!」
閑静な住宅街に防犯ベルが鳴り響いた。その音で住人が何だ、何だと外にやってきた。
「警察!」
誰かが警察に連絡してくれたのだろう。すると男たちは車を捨てて逃げようとした。そのときだった。
「勇ましいことだ。」
冷たい声がした。それは警察ではなかった。体を起こしてそこを見ると、それは数人のチンピラ風の人と蓬さんの姿だった。
「何だ。お前は。」
「手を出す相手が悪かったな。」
チンピラたちはその男たちの胸ぐらを掴む。もうこの男たちもその相手が誰なのかわかったらしく、すっかり怯えている。
「簀巻きにして沈めてやりましょうか。蓬さん。」
「まぁいい。警察が来るだろう。あとは奴らに任せろ。」
すると今度は本当に赤いパトランプが道路を照らした。
「……やっときたな。」
蓬さんは後部座席にやってくると、私の姿を見て手をさしのべた。
「殴られてるな。」
「……ありがとうございます。」
「たまには地域貢献しないとな。」
そういって彼は自分の着ていた上着を私に手渡した。
「怖かっただろう。」
その声で言わないで。柊さんに言われているようで、イヤだ。
うつむいていると、彼は私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。きっと強姦未遂でショックを受けていると思って、彼はそうしたのだろう。しかしそれでショックを受けてるんじゃない。
「すいません。被害者の方ですか。」
若い警察が私の方へやってきて、声をかけてきた。すると蓬さんはすっとその手をよける。
「……話は出来ますか。」
「はい。」
震える手が止まらない。さっきショックじゃないと思ったけれど、やっぱり怖かったのだろう。
「殴られてますね。詳しい話の前に病院へ……。」
「あ、平気です。」
「しかしそうしなければいけないので、一応行ってもらえますか。」
面倒だ。
しかしそうしなければいけないのだろう。
「俺が連れていく。」
「あなたは……。」
「俺だからといって問題はないだろう。お前もついてくるんだろう?」
若い警察官は首振り人形のように頷いた。どっちが警察かわからなくなってきたな。
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