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一年目
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救護所に戻ってきたら、案の定、一人熱中症になっていた女子がいすを広げて横になっていた。赤い顔をしている。以前に、竹彦が熱中症で倒れた症状によく似ていた。
テーブルの上には経口保水液が置かれていている。まだ意識がある状態なので、しばらくして戻っていった。
「桜さんも水分をとりながらいなさいよ。」
保健婦さんはそういって私を見てくれた。そして笑いながら私をみる。
「借り物競走はうまくいったのね。」
「え?あぁ。おかげさまで。」
「好きな人」という借り物競走のお題に、私は柊さんを連れていくわけにはいかないので、向日葵を連れて行ったのだ。うまいいいわけだと思う。
「すいません。」
向こうから棗さんの声がした。すると保健婦さんが向かっていく。
「はい。どうしました。」
「絆創膏一枚もらえますか。手、切っちゃって。」
「あら、あら。一枚でいいの?」
「えぇ。」
保健婦さんは絆創膏を一枚取りだし、彼女に渡した。
「本当は外部の人だから簡単にあげたりは出来ないんだけど、あなたは特別よ。いい男には弱いから。」
「ハハ。私、女なんですけどね。」
指先に絆創膏を貼り、棗さんは私の方をみる。
「あ、桜さん。さっきは面白かったよ。」
「グラウンドにいるとは思ってなかったです。」
「借り物競走の時だけは、外に出て欲しいって言われててさ。私たちから借りるもんがあるんだろ。」
すると彼女は保健婦さんに聞こえないように、私の耳元で囁いた。
「あとで柊さんにあえるようにしてやるよ。」
「どうしてですか。」
「柊さん、案外怒ってたよ。まぁ。わからないでもないけど。」
「……怒ってた?」
だってあのとき柊さんは頷いていたじゃない。それでいいのかと思ってたのに。
「人に堂々と言えない関係だってわかるけどさ、こそこそ隠れるのもどうなんだって話。あんたよりよっぽど私を連れてきた女子の方が、度胸あるし、悪い気はしない。あんた、連れてきた友達にも失礼なことしたんだよ。」
まるでハンマーで殴られたような衝撃だった。そうなのかな。
学校で言える関係じゃないから。学校どころか、この街でも手をつないで歩くことも出来ない関係。それが私と柊さんの関係だ。
でも悪いことをしているわけじゃない。好きな人同士が、恋人同士ですと言えないのは、罪人のようだ。
「ま、昼に話してみなよ。私は席外すから。」
「棗さん。」
「あ、それから私彼女いるから。気にすんなよ。」
彼女はそういって救護所を離れていった。その様子を見て、保健婦さんはため息をついた。
「まるっきり男の子ね。恋人が女の子なんて。」
聞いてたんだ。どこまで聞いてたんだろう。でも保健婦さんはそれを責めたりしなかった。と言うことは、柊さんの関係までは何も聞いていなかったのかもしれない。
「そういう人もいますよ。」
「そうね。今時はオープンにするのも珍しくはないもの。でも親はなんて思うかしら。あたしにも息子や娘がいるけど、ある日、自分は同性愛者ですなんて言われたら冷静でいられる自信はないわ。」
するといすを並べて横になっていた女子が、起きあがった。
「気分はどう?」
「だいぶ良くなりました。」
そんな会話をしている。
あぁ、なんか急に梅子さんと松秋さんを思い出した。
彼らは結婚しているのだという。でも性別は逆。きっと婚姻届には、夫の欄に梅子さんの本名が、妻の欄に松秋さんの本名が書かれているのかもしれなかったのかもしれない。どうしてそんなに男であるとか、女であるとかで差別するんだろう。
一皮剥いたら皆同じなのに。
いつか竹彦が言っていた言葉だった。
昼休みになり向日葵たちと食事をしたあと、私は柊さんにメッセージを送った。そして席を立つ。指定したのは、化学室。何があってもあそこはあまり人がいない。会うにはもってこいの場所なのだ。
ドアを開けると、やはり人はいない。廊下を通る人も少ないのだ。
その窓からグラウンドを見渡すことが出来る。もうすでに人は少しずつ出ていてサッカーボールか何かで遊んだりしていた。
がらっ。
ドアの開く音がした。そこには本当に柊さんがいた。彼は何も言わずに、ドアを閉めて私に近づいてきた。その何も言わない雰囲気が怒っているように見えて怖い。
「あの……。柊さん。」
すると彼は私の手を引いて、続き部屋になっている準備室の中に私を入れ込んだ。そして自分も入りドアを閉める。埃のような匂いがする部屋で、光を遮るために薄いカーテンが窓にかかり常に薄暗い。
「柊さん。」
握られている手に力が入り、その手が私を引き寄せた。灰色の作業着が目の前に広がる。そして私を抱きしめている腕に力が入った。
「桜。」
やっと名前を呼んでくれた。でもその腕の力は緩めてくれない。少し苦しいけれど、だけど抵抗できなかった。
「棗も粋なことをするものだ。」
は?
やっと体を解放されて、彼は頭に手をやる。
「お前から連絡があると言っていた。」
「……怒っていないんですか。」
「怒る?何に怒るんだ。」
「だって……棗さんが……。」
彼は少し笑う。あっ。棗さんめ……。
「棗は今日でこの学校を去る。だから、少しでも恋人といたいんだろう。俺がいたら邪魔だからな。」
「棗さんの恋人?」
「あぁ。この学校の女子だ。あいつは俺らよりも厳しいかもしれない。」
「……そうでしたか。明日からは、他の方が?」
「前のじいさんが復帰してくれる。入院が長引いたから、リハビリも長くなったらしい。」
「そうでしたか。」
彼は少しため息をつく。そして私を見下ろした。
「公には出来ない関係かもしれないが、俺だってたまには手くらい繋ぎたい。」
「私もです。」
正面を向く。その大きな手に、私は手を重ねた。この手が好きだ。私はその手を持ち上げて、手のひらにキスをした。
すると彼はその手を握り返し、私の手の甲にキスをした。
「木曜日まで耐えれるか。」
「あと三日ですよ。」
「三日が長い。」
私はその手を伸ばし、彼の頬に手をさしのべた。そして唇を重ねる。
テーブルの上には経口保水液が置かれていている。まだ意識がある状態なので、しばらくして戻っていった。
「桜さんも水分をとりながらいなさいよ。」
保健婦さんはそういって私を見てくれた。そして笑いながら私をみる。
「借り物競走はうまくいったのね。」
「え?あぁ。おかげさまで。」
「好きな人」という借り物競走のお題に、私は柊さんを連れていくわけにはいかないので、向日葵を連れて行ったのだ。うまいいいわけだと思う。
「すいません。」
向こうから棗さんの声がした。すると保健婦さんが向かっていく。
「はい。どうしました。」
「絆創膏一枚もらえますか。手、切っちゃって。」
「あら、あら。一枚でいいの?」
「えぇ。」
保健婦さんは絆創膏を一枚取りだし、彼女に渡した。
「本当は外部の人だから簡単にあげたりは出来ないんだけど、あなたは特別よ。いい男には弱いから。」
「ハハ。私、女なんですけどね。」
指先に絆創膏を貼り、棗さんは私の方をみる。
「あ、桜さん。さっきは面白かったよ。」
「グラウンドにいるとは思ってなかったです。」
「借り物競走の時だけは、外に出て欲しいって言われててさ。私たちから借りるもんがあるんだろ。」
すると彼女は保健婦さんに聞こえないように、私の耳元で囁いた。
「あとで柊さんにあえるようにしてやるよ。」
「どうしてですか。」
「柊さん、案外怒ってたよ。まぁ。わからないでもないけど。」
「……怒ってた?」
だってあのとき柊さんは頷いていたじゃない。それでいいのかと思ってたのに。
「人に堂々と言えない関係だってわかるけどさ、こそこそ隠れるのもどうなんだって話。あんたよりよっぽど私を連れてきた女子の方が、度胸あるし、悪い気はしない。あんた、連れてきた友達にも失礼なことしたんだよ。」
まるでハンマーで殴られたような衝撃だった。そうなのかな。
学校で言える関係じゃないから。学校どころか、この街でも手をつないで歩くことも出来ない関係。それが私と柊さんの関係だ。
でも悪いことをしているわけじゃない。好きな人同士が、恋人同士ですと言えないのは、罪人のようだ。
「ま、昼に話してみなよ。私は席外すから。」
「棗さん。」
「あ、それから私彼女いるから。気にすんなよ。」
彼女はそういって救護所を離れていった。その様子を見て、保健婦さんはため息をついた。
「まるっきり男の子ね。恋人が女の子なんて。」
聞いてたんだ。どこまで聞いてたんだろう。でも保健婦さんはそれを責めたりしなかった。と言うことは、柊さんの関係までは何も聞いていなかったのかもしれない。
「そういう人もいますよ。」
「そうね。今時はオープンにするのも珍しくはないもの。でも親はなんて思うかしら。あたしにも息子や娘がいるけど、ある日、自分は同性愛者ですなんて言われたら冷静でいられる自信はないわ。」
するといすを並べて横になっていた女子が、起きあがった。
「気分はどう?」
「だいぶ良くなりました。」
そんな会話をしている。
あぁ、なんか急に梅子さんと松秋さんを思い出した。
彼らは結婚しているのだという。でも性別は逆。きっと婚姻届には、夫の欄に梅子さんの本名が、妻の欄に松秋さんの本名が書かれているのかもしれなかったのかもしれない。どうしてそんなに男であるとか、女であるとかで差別するんだろう。
一皮剥いたら皆同じなのに。
いつか竹彦が言っていた言葉だった。
昼休みになり向日葵たちと食事をしたあと、私は柊さんにメッセージを送った。そして席を立つ。指定したのは、化学室。何があってもあそこはあまり人がいない。会うにはもってこいの場所なのだ。
ドアを開けると、やはり人はいない。廊下を通る人も少ないのだ。
その窓からグラウンドを見渡すことが出来る。もうすでに人は少しずつ出ていてサッカーボールか何かで遊んだりしていた。
がらっ。
ドアの開く音がした。そこには本当に柊さんがいた。彼は何も言わずに、ドアを閉めて私に近づいてきた。その何も言わない雰囲気が怒っているように見えて怖い。
「あの……。柊さん。」
すると彼は私の手を引いて、続き部屋になっている準備室の中に私を入れ込んだ。そして自分も入りドアを閉める。埃のような匂いがする部屋で、光を遮るために薄いカーテンが窓にかかり常に薄暗い。
「柊さん。」
握られている手に力が入り、その手が私を引き寄せた。灰色の作業着が目の前に広がる。そして私を抱きしめている腕に力が入った。
「桜。」
やっと名前を呼んでくれた。でもその腕の力は緩めてくれない。少し苦しいけれど、だけど抵抗できなかった。
「棗も粋なことをするものだ。」
は?
やっと体を解放されて、彼は頭に手をやる。
「お前から連絡があると言っていた。」
「……怒っていないんですか。」
「怒る?何に怒るんだ。」
「だって……棗さんが……。」
彼は少し笑う。あっ。棗さんめ……。
「棗は今日でこの学校を去る。だから、少しでも恋人といたいんだろう。俺がいたら邪魔だからな。」
「棗さんの恋人?」
「あぁ。この学校の女子だ。あいつは俺らよりも厳しいかもしれない。」
「……そうでしたか。明日からは、他の方が?」
「前のじいさんが復帰してくれる。入院が長引いたから、リハビリも長くなったらしい。」
「そうでしたか。」
彼は少しため息をつく。そして私を見下ろした。
「公には出来ない関係かもしれないが、俺だってたまには手くらい繋ぎたい。」
「私もです。」
正面を向く。その大きな手に、私は手を重ねた。この手が好きだ。私はその手を持ち上げて、手のひらにキスをした。
すると彼はその手を握り返し、私の手の甲にキスをした。
「木曜日まで耐えれるか。」
「あと三日ですよ。」
「三日が長い。」
私はその手を伸ばし、彼の頬に手をさしのべた。そして唇を重ねる。
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