夜の声

神崎

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一年目

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 眠っていた私は夢の中で椿さんの声を反芻していた。

”男は女を守り、女は男を守られるものでしょう。しかし、人は頼ってばかりでは生きていられません。女は男を支え、男は女のバックアップで成り立つこともあります。男は女が思うよりも弱く、女は男が思うよりも強いものなのです。”

 柊さんとこんな関係になって、私はそれを実感することが多くなった。強さというのは、きっと拳の強さだけじゃない。きっぱりと断る強さもある。私はきっと葵さんや竹彦の誘いを断る強さが必要なのだ。
 それは柊さんがいない寂しさを埋める為じゃない。
 一人で生きていける強さが必要なのだ。
 そして時には柊さんを守ることも必要になる。きっと、彼は見た目よりも弱いから。

 目を覚ますと、目の前に柊さんの寝顔があった。これまでに何度かこういう事があったので、もう驚きはしない。むしろ、いないことの方ががっかりすることが多いのだ。
 でも嬉しい。眠っている柊さんはとても綺麗な顔をしていると思った。その頬に私は唇を寄せる。でも柊さんは変わらない。疲れてるのかもしれないな。私はそっと起き出そうと、布団から出ようとしたそのときだった。
「そのまま襲わないのか?」
 急に声がして驚いた。彼の方を見ると、もうすでに目が開いている。
「起きてたんですか。驚いた。」
「もうそろそろ起きる時間だ。」
 彼はそういって体を起こした。少し延びをすると、私の後ろ頭を支えてくちびるにキスをした。口からは煙草の匂いがする。
「やっと口直しが出来た。」
 触れるだけのキスだったが、それでも胸がいっぱいになる。学校で見ることがあっても、触れることも、離すことすら出来ないのだから。
「夕べは一人で帰ったのか。」
 その問いにドキリとした。彼の体を避け、私は逃げるように帰って行ったのだ。
「いいえ。実は竹彦君にコンビニで偶然会って。」
「しばらくは送ってやろうと思ってたんだがな。」
「どうして?」
「公にはなっていないが、この辺で強姦事件があった。もう夕べでもう三件目だ。」
 最低な奴だ。女の敵。
「犯人はまだ捕まっていないから、心配していた。」
「……。」
「葵に送らせても良かったが、その場合は別の心配が増える。」
 頭をかき、彼は私の頭をぽんぽんと撫でる。
 確かにそうかもしれない。葵さんに送らせると、身の危険を感じる。
「どうした。笑って。」
「いいえ。何でも。」
 私の考えていることがわかったのか、彼は自分の方に私を倒した。
「残業しないでさっさと帰れよ。」
「その辺は葵さんもわかってますよ。今はそんなに忙しい時期でもありませんし。」
 すると彼は私の頭に置かれた手を、頬に持ってきた。両手で頬を包み込むように顔を上げると、また唇を合わせた。今度は唇を割り、舌を絡ませてきた。丁寧に、丁寧に、愛撫するように、舌を舐める。そして舌は、口内に舌を這わせる。
 水の音が部屋に響き、そして唇を離すと柊さんの頬が赤く染まっていた。
「やばい。」
 頬から手が放れていったん冷静になろうと、彼は手首につけていたゴムで髪を結んだ。
「こんな事をしていたら抑えが効かなくなる。」
 その意味がわかって、私は頬をまた赤らませた。そして時計をみる。
「まだ時間に余裕はありますか。」
「少しなら。シャワーを浴びて仕事へいきたいから。」
 彼の答えを聞かず、私は彼のそれに手を這わせた。
「お……おい。」
「私も、柊さんに触りたい。」
 ずいぶん触れていない。だから触れたいと思った。女が積極的だと、破廉恥だと言われるだろうか。でも私はそうしたいと思ったのだ。
 また部屋の中に水の音が響き、同時に彼の吐息が混ざった。

 あーあ。朝から何をしてるんだか。
 その情事のあと、放出された精を飲み込んだ私に柊さんはまたキスをしてくれた。
「愛している。」
 耳元で囁かれ、そして彼は家を出て行った。
 男の股に顔をつっこんでいた私が、こうして教室で体操服に着替えている自分が滑稽にさえ見えてくる。やっていることは風俗嬢と変わらないのに。
 いいや。違うか。そこには愛がある。と信じたい。自分だけでもそう思えるなら、それでいい。
 そう思いながら、私は足のテープをまき直した。素足でもほとんど痛みはないけれど、念のために巻いておいたのだ。まぁ、競技には出ないのかもしれないけど。
 雲一つない秋晴れの日だった。
 私は皆と一緒にグラウンドに出る。そして全校生徒が並んだところで、校長先生の長い話が始まった。あーあ。暇だなぁ。
 ふと見ると、一年生の方で私に暴言を吐いていた桃香ちゃんと目があった。でも彼女は私の方を一瞬見て、すぐに目を逸らせる。うーん。だいぶ嫌われたなぁ。
 竹彦の妹かぁ。あんまり似ていない兄妹だな。年子って言うのは珍しくはないけど。
 それにしても竹彦は何を考えているんだろう。私を抱きしめたりしたら、痛い目に遭うってわからないのだろうか。
「それでも君を手に入れたい。」
 きっとそんなことを言うのだろう。葵さんと同じように。
 でも私は柊さん以外の男の人の股に顔を突っ込むような真似をしたくない。あれは柊さんだったからやれたことなんだから。
 赤くなる頬や、耐えるような息づかい。誰に教わったわけではないのに、止められなかった。
「今度はお前を味わいたい。」
 次がいつなのかわからない。だけど、次はある。それだけで生きていられる。そう思えた。
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