夜の声

神崎

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一年目

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 階段を上がりながら、ちょっといらついていたらしい。階段で足をぶつけて、ちょっと痛かった。ただでさえ治りかけている足だ。気をつけないとな。
「桜さん。」
 声をかけられて私は振り返った。そこには女装姿の竹彦がいた。目立つ容姿だから、行き交う人たちが皆振り向いている。それはそうだろう。こんなに可愛い人が学校にいただろうかと皆不思議に思っているに違いない。
「妹が失礼なことを言って、悪かったね。」
「いいの。」
「でも……。」
「どうでもいいわ。」
 本当にどうでもいい。謝られることでもない。そう思えばイラつきはどこかへ行ってしまう。
「妹が見てたらしくて、この間の……。」
「それは謝って欲しいわ。」
 すると彼は首を横に振る。
「それは謝りたくない。後悔していないから。」
「私は後悔してる。あなたの家にのこのこ行ったことを。」
「……桜さん。僕は……。」
「あなたが何を思っていようと勝手よ。でも気持ちの押し売りをしないで。私が好きなのは一人だけだから。」
「……知ってる。でもさっきその人は、校舎裏に連れて行かされていたのをみたよ。」
「誰に?」
「英語の柴田先生に。」
「何かあったのかしら。」
 わからない。柴田先生と言えばこの学校でもかなり若い先生で、どことなく色気のある先生だと思っていた。二十代で、あまり私たちと歳は離れていないから、男性教師だけじゃなくて男子もその先生に何か言っていたことを思い出す。
「校舎裏ね。ありがとう。」
 私は上がりかけた階段をまた下りていった。竹彦は教室へ戻っていったらしい。

 校舎裏へやってくる。ここはいろんな思い出があった。
 竹彦と私は猫をかくまい、そして柊さんに連れて行ってもらった。そしてそのとき、彼は私を初めて抱きしめた。あの温かさをまだ忘れられない。
 そんなところにあの先生は何の用事があるのだろうか。
 校舎裏にやってくると、柊さんが女性教師と何か話しているのが聞こえた。
「Syuさんですよね。」
 どうやらDJをしていることに気づかれたらしい。しかし柊さんはそれを否定する。
「人違いでしょう。」
 サングラスもしていないし、髪もおろしていないけれどどうやらばれたらしい。
「でも私何度もクラブであなたを見たんです。」
「いいえ。俺じゃない。あ……桜。」
 その声で柴田先生も私の方を振り返った。ちょっと驚いているような表情でこちらを見ている。何でこんなところに用事があるのだろうと言ったところだろうか。
「桜さん?何でこんなところにいるの?」
 すると柊さんが口を挟む。
「俺が呼んだんです。」
 その答えに、彼女は驚いたように私と柊さんを見比べた。彼女の頭の中はどう思っているだろう。
 きっと恋人とは思っていない。親子か、よくて兄妹か。
「俺は彼女の紹介で、ここにいる。もう帰るから、彼女を呼んでも不思議はないですよね。」
「紹介?」
 不信な顔をしている。だいぶ疑っているな。
「何で桜さんとSyuが知り合いなの?桜さん。あなたクラブ遊びでもしているわけ?」
「いいえ。」
 そんなところ行ったこともないんですけど。
「彼女は俺の家の近所の喫茶店のバイトですよ。今、俺は一人で回ってましたけど、さっきまでそこのマスターと一緒にいましたから。」
 葵さん帰っちゃったのか。そういえばそんな時間か。
「帰りますか?」
「あぁ。ちょっと用事もあるから。」
「では、またお店で。」
 そういって彼は先生から離れて、私のところへやってきた。すると彼女もそれについて来る。しかしやっぱりまだ疑っているのかもしれない。
「最近は女性も積極的ですよね。」
 ふと柊さんは足を止めて言う。
「は?」
 何の話だ?
「何度も連絡先を教えろだの、写真を撮らせてくださいだの、連れが言われてましたよ。生徒ならともかく、教師からも言われる始末だ。奥ゆかしさに欠けると思いませんか。」
 その言葉に先生は言葉を飲んだ。
「桜さんも、早く戻りなさいよ。」
 そういって先生は逃げるようにして校舎の中に入っていく。私たちは足を止めた。柊さんを見上げると、彼は少しため息をついていた。
「いいんですか。」
「あの女しつこい。前から知っている。よくつきまとわれていた。まさか、教師だとは思っても見なかった。」
 行ってしまったあとを、彼はため息混じりにそれを見ていた。もう周りに人はいない。
「ずいぶんもてるんですね。」
 皮肉のように私は言うと、彼は私を見ずに言う。
「お前以外にもててもな。」
 そして私の方に視線を送り、頭を撫でた。
「明日が最終だろう。」
「えぇ。体育祭。」
 校舎の隙間からわずかに見えるグラウンドに見える木でできた門や、テント。それは体育祭の象徴に見える。
「出られないんだろう。足が本調子じゃないから。」
「運動苦手なんで。」
「だったら良かったのか?」
「怪我の功名ですよ。」
 ふと視線が合う。すると彼は微妙な表情になった。
「化粧が濃いな。」
「一応男装なんで。」
「そうか。その格好はそういうことだったな。似合ってる。でもいつもの格好の方がいい。」
「……なんか不思議な気分ですね。男装が似合うって言うのも。」
「でもあのコーヒーは悪くなかった。でも葵のところで飲むコーヒーの方が美味しい気がする。」
「たかがコーヒーメーカーのコーヒーですよ。」
「厳しいことを言うな。」
 彼はそういって苦笑いをした。そういえば柊さんは初めて会ったときから印象が少し変わった。
 初めて会ったときは表情のない人だと思った。でも今は普通に話し、笑いもする。それに言葉も多くなった。きっと伝えなければ伝わらないと思っているのかもしれない。でもまぁ、普通の人よりはまだ少ない気はするけど。
 だけど、それがいい変化だと思う反面、私しか見せて欲しくないと思うこともある。我が儘なんだろうか。
「今日、「窓」へ行く。口直しがしたい。」
「お待ちしてます。」
「それから、本当の意味の口直しもしたい。」
 その意味がわかり、私は顔がポッと赤くなるのを感じた。なんでそういうことを言うかなぁ。
「ここでは無理ですものね。」
「夜まで我慢するか。でも……。」
 物陰に隠れればできないことはない。だけど彼は携帯をとりだして、その画面を見て舌打ちをした。
「行かないといけないな。」
「待ってます。」
 私はそういって彼を裏門まで連れていくと、そのまま彼は行ってしまった。
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