夜の声

神崎

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一年目

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 文化祭当日。二日間ある文化祭は、一日目は学校の中の人たちだけの出し物ばかりを体育館でする。吹奏楽の演奏。演劇部の舞台。美術部の絵。書道部のパフォーマンス書道。
 軽音部のバンドなんかもあったけれど、はっきり言って聴くに耐えなかった。早く終わって欲しいなんて思っていたけど、言えるわけない。だって一生懸命しているんだもん。
 そして二日目。
 多分これがどこのクラスも一番気合い入っている。
 金銭のやりとりはなく、皆あらかじめ十枚綴りのチケットを配布されている。チケットはお金と同じ感覚で扱われ、それが一番多いクラスが今年のトップになるのだ。これは学年とか関係ないので、そういう勝負事に燃える人たちは気合いを入れるのだろう。
 もちろん私たちのクラスにもそういう人がいるので、そういうところに抜かりなくやってきたつもりだ。
 だけどカフェは思ったところと逆のところでウケている現状。
「ハハ……。すげぇ。皆仮装大会か?」
 クラスのことには放任していた担任が笑い転げていた。特に笑われていたのは、匠だった。細いとはいえガタイがよくて背も高い匠は、ねらいはモデルだと気合い入れたのに、結果出来上がったのはオカマになりきれないオカマバーの男の人といった感じだろうか。
「るせー。」
 皆が笑い合うので、匠は拗ねてしまった。あーあ。
 だがそれとは別の意味で注目されたのは、竹彦だった。普段も女装をしていて綺麗なのはわかっていたけど、今回は少し濃いめの化粧をしているし髪もウィッグで長い髪をしているし、匠と同じメイドさんみたいな格好だけど、こんな可愛い女子がこの世にいるだろうかと、皆唖然としていた。
「竹彦。写真撮ろうぜ。」
「いいよ。」
 声変わり前のようなボーイソプラノの声だし、さらにそれが女子に見えるのだ。
「あ、ずるい。あたしも。」
「いいよ。」
 あのときは写真を拒否したけれど、今回は特に気にならないらしい。確かにあのときは無理矢理撮ろうとしてたから、怒ったのかもしれないけど。
「さ、開店するよ。」
 二日目の今日は日曜日。外部のお客さんも来る。保護者や親戚、近所の人も入り口でチケットを購入して入ってくるのだ。購入と言っても高くはない。だけどどんな人が入るのかチェックするのにも役に立っているのだ。
 教室をカーテンで仕切り、フロアとキッチンスペースで分かれる。私はほとんどキッチンにいて、コーヒーを煎れたりケーキを盛りつけていた。
 竹彦の持ってきてくれたクーラーボックスには大量の氷と、ホイップクリーム。そしてあらかじめ作っておいたリンゴのコンポートがセットされている。シフォンケーキに添えるためだ。
 ほかにキッチンに入ってくれる人は交代で何人かいるけれど、皆見事に間違えるよなぁ。クリームは二時の方向。コンポートはその下だって何度言っているのだろう。
「あ、六番が先。そのあと三番。」
 フロアに持って行く人もなかなか手際が悪い。うーん。どうしたらいいだろう。
 でもなんだかんだ言っても、私も「窓」に入ったときは全く出来なかったもんな。違うテーブルにコーヒー持って行ったり、水をお客さんにかけてしまったこともあった。
 それに比べると、まだましなのかもしれない。
 そのときフロアがわっと沸いた。何があったのかなぁ。そっとカーテンからフロアを見てみた。するとそこには葵さんと柊さんの姿があった。
 柊さんはいつものスタイルで、黒いシャツに古いジーパンで長い髪は無造作に結んでいるだけだけど、葵さんはとにかくオーラが違った。
 ぴたっとしたカーキ色のシャツと、ブラックジーンズというラフな格好ではあったけれど、そこら辺のモデルのようだった。席に座ると、メニューを受け取った男装した女子にありがとうと声をかけると、すぐに赤くなった。
「きゃあ。あたし注文取るー。」
「えーずるい。」
 はいはい。誰でもいいから注文取りにいけよ。
 それよりも気が重い。はー。コーヒーマシンのコーヒーだし、紅茶はティーパックだし、こんなのマジの喫茶店の人に出せる?あー。
「オーダー入ったよ。」
 結局女子たちがきゃあきゃあ言っている間に、竹彦がオーダーを取ったらしい。それはそれでよかったのかも。
 そのオーダー表を見ると、コーヒーとカフェオレ、紅茶のシフォンケーキが一つ。多分このケーキは葵さんが食べるんだろうな。柊さんは甘いものが苦手だから。
 コーヒーとカフェオレを注いだカップ。そしてシフォンケーキを皿に置いて、生クリームとコンポートを添えた。
「はい。五番出来上がり。」
「五番って。あのイケメンとこじゃん。あたし今度こそ行く。」
「えーあたし。」
 いいから、誰でもいいから!早く持って行け!コーヒーが冷めるっつーの。
 いらいらしていた私に、匠が声をかけた。
「桜行けよ。」
 その言葉に女子たちがはっとした目でこちらを見た。
「何で?」
「知り合いだろ?あの五番の客。」
「そうだけど……。」
 すると女子たちが更に色めき立った。そこへ向日葵もやってきた。
「桜。葵さん来てるじゃん。なんか頼んだ?」
「うん。今から持って行くところ。」
「じゃあ、桜もっていきなよ。」
 すると騒いでいた女子が私に詰め寄る。
「紹介して。友達でいいから。」
「わかった。わかった。」
 だいぶ年上だぞ。葵さん。柊さんは渡さないけどね。
 私はトレーに乗せたコーヒーやらを持って、フロアに出る。あぁ。なんかすげぇ見られてる気がするけど、気のせいか。
「お待たせしました。」
 彼らの元にそれを届けると、葵さんは笑顔で私をみる。
「桜さん。似合ってますね。そういう格好も。」
「普段と変わりませんよ。」
「化粧してる。化粧をした方が男に見えるというのもおかしな話だ。」
 柊さんはあくびをして、目の前のコーヒーに手を伸ばした。
「どうしてここへ?」
「私たちは高校へ行ってないのでね。どんな雰囲気なのか見てみたかったんです。」
「そうでしたか。で、どうですか。高校は。」
「独特の雰囲気がありますね。楽しいです。」
「俺はいつも来てるからそんなものはわからないがな。」
「柊は夕べも遅かったんですよね。」
「あぁ。最近はレコードも回しやすくなった。誰かのおかげでな。」
 母さんのおかげだろう。噂は一人歩きしているらしい。
「今日はお店は閉めたんですか。」
「いいえ。午後からの営業です。」
「そうでしたか。」
「あなたは足はいかがですか。」
「もうだいぶいいです。今日からまたバイト行きますので。」
 テーピングはしているけど、はずしても歩けないことはないと言うレベルまで復活した。
「えぇ。やっぱりあなたがいないと、テイクアウトまで手が回らなくて、困りますよ。」
 お世辞だと思う。だけど嬉しかった。
「桜ー。」
 私は呼ばれて、彼らに礼をした。
「ごゆっくり。」
 私は呼ばれたけれど、すぐに戻らずにフロアを少し回って、空いた皿を片づけてから戻っていった。
「あとコーヒーこれくらいだけど、新しく沸かす?」
「そうね。」
 そのとき、フロアでぎゃあと言う声がした。女子の声だ。
「何事?」
 またカーテンの隙間からフロアをのぞくと、その声の主は葵さんだった。どうやら少し食べてみたらと言ったシフォンケーキを食べた柊さんの口元に生クリームが付いていて、それを拭ってあげたらしい。
 しかもそれを自分で舐めてしまったので、更に騒いだのだ。
「……葵さんってゲイなの?」
「そんな話は聞いてないけど。」
 その可能性はゼロだ。でも何も知らない人から見れば、ゲイカップルだよ。はー。何やってんだか。
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