夜の声

神崎

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一年目

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 保健室で手当をしたのは一応の応急処置であり、痛むようなら病院へ行くことを進められた。だけど病院に行くほどだろうか。
 でも放課後に文化祭の作業をしようとして、足に激痛が走った。
「その足、大丈夫なの?病院行った方がいいよ。」
「でも座ってでもできることはあるから。」
 そういって私は準備をすることにした。休んでいた竹彦にはわからないこともあるだろうし。やっぱりいないといけないだろうな。
「でも体育祭出れないね。」
「うーん。そうだね。」
「競技なんだっけ。」
 向日葵はプリントを取り出して、私の出る競技を見ていた。
「ごめん。代わりに何かするから。」
「そう?だったらクラスで一人、救護の手伝いしてほしいって言われてるんだけど、どう?」
「それでいいよ。」
「わかった。じゃあそれで言っておくね。」
 保健委員でもないんだけど、まぁいいか。何でもしておかないといけないだろうし。
 机の上で教室を飾り付けるための紙の花を作っていると、机の中の携帯電話がバイブ音をならす。相手は柊さんだった。
”終わったら連絡をしろ。”
 バイクで来てるのかな。私はそう思いながら、返信をした。そうだ。葵さんにも連絡をしておかないと。足がいつ治るかわからないけど、バイトもできそうにないもんね。
「どうしたの?携帯取り出して。」
「バイト先に連絡しないと。しばらくバイトできないって。」
「そうだよねぇ。喫茶店でしょ?普通に歩くこともできないのにねぇ。」
「ほんと、ひねっただけだったらいいけど。」
 わざと匠に聞こえるように言うと、彼は逃げるように看板に塗るペンキを取りに行った。ふふ。ちょっと意地悪しすぎたかも。
「出来たよー。」
 調理室で試作のデザートを作っていた女子や男子が、クッキーとシフォンケーキを持ってきた。
 クッキーはチョコ入りと、プレーン、ナッツのせの三種類。シフォンケーキは紅茶入りと抹茶入り、それからプレーン。
「美味しい。これいけると思うよ。」
 甘いものは正直あまり好きじゃないけど、シフォンケーキの紅茶入りは甘さ控えめで美味しかった。まぁ、皆一口ずつって感じだったけどね。
「でもやっぱりシフォンケーキは生クリーム欲しいよね。」
「あーわかる。カフェのシフォンケーキって、ソースとか生クリーム乗ってるもんね。」
「冷蔵庫使えないでしょ?」
「わざわざ取りに行くのかよ。面倒だな。」
「だったらどうする?」
 んーどうしたもんだか。このままでも美味しいけど、ちょっと寂しいよねぇ。
「クーラーボックス使えば?」
 竹彦がそういってきた。
「クーラーボックス?」
「氷入れたら冷蔵庫代わりになる。氷は、漁業市場で百円でクーラーボックスいっぱいの氷を買えるし。」
「まじで?でもクーラーボックスなんか持ってねぇ。」
「僕の家にあるよ。父さんが趣味釣りでね。」
「まじで?持ってこれる?」
「でも二、三日待って。昨日父さんが釣りに行ってたから、生臭いと思う。ちょっと天日に干すから。」
 生物を出すというのはちょっと抵抗はあったけど、これで何とかなるかもしれない。
「ありがとう。竹彦君。」
「別にいいよ。これくらい。」
 まともに竹彦と話が出来たのは久しぶりだった。

 十八時。やっと準備が終わり、教室を片づけると皆帰り支度をする。看板を書いていた人たちは、体操服から制服に着替えていた。私は机の上にあった飾りを段ボールにしまい込み、その横に「花」と書いた。
「桜。」
 うわっ。匠だ。
「足どう?」
「ひねっているだけだって言ってたけど、念のために病院へ行ってって言われた。今から行く。」
「最後まで残らなくてもよかったのに。」
「大丈夫。知り合いのところなら十九時までしてるし。」
「……下まで送る。」
「何?いいわよ。」
「俺のせいだし。」
「責任感じてるの?」
「ってわけでも無いけど……。あのとき話できなかったこともあるし。」
「大丈夫だから。」
 そういっていすから立ち上がる。しかし左足に鈍い痛みがした。今日は腫れるかもしれないな。
「おー。匠。何してんだよ。麻里ちゃんに怒られるぞ。」
「るせー。」
 そう言われながら、私たちは教室を出た。廊下にはほかのクラスの人たちも作業を終わったようで、皆帰っている。騒がしい廊下の中。私たちは並んで歩いていた。
「あいつが待ってんのか。」
「うん。」
 あいつっていうのは柊さんのことだと思った。なんて言っていいかわからなかったんだろう。
「バイトもいけなくなったんだろ?」
「そうね。病院次第。」
「お前の周りは親以外の大人が多いな。」
「親って言っても一人しかいないわ。それにきっとバイトしてれば、自然と年上の知り合いが多くなるものよ。」
「そんなものかな。俺もバイトしているけど、周りは同じくらいの歳の奴しかいない。」
「そういうバイトなんでしょ?」
「ファミレス。」
「じゃあ、接客は出来るじゃない。」
「イヤ。俺キッチンだから。」
 階段を下りようとして、私は手すりに捕まった。ゆっくりゆっくりと階段を下りていく。こんなに長かったかな、この階段。
「俺、多分お前がうらやましいんだ。」
「え?何でうらやましがることがあるの?」
「竹彦の周りにも大人の人が多いみたいだけど、あいつはクラスの中で浮いている。でもお前は普通に向日葵とも仲がいいし、ほかの奴ともうまくやっていってる。」
 そういえば前に竹彦に言われたな。どうして合わない人と一緒にいるのかって。
「大人の人が多いって言ってたけど、大人は人をよく利用するわ。私も利用されているだけかもしれない。高校生の間は時間の自由も利くしね。」
「そんな風に思っていたのか。」
「そうよ。それに……私も苦手なものはあるの。でも逃げられないわ。そういうときは無理にでも合わせようとする。それが処世術だと思うから。」
「……ストレス溜まらないか。」
「でもある程度よ。合わせるのは。なるべくカラオケにも行きたくないし、走ったり飛んだりするスポーツはしたくない。」
 私は匠を見上げるという。
「いい口実になったのよ。」
 すると彼は照れたように視線をずらした。そして話題を変える。
「どこで待ってんだ?あいつ。」
「校門の外の自販機の側だって言ってたわ。」
 靴箱にやっとたどり着き、私は匠とそこで別れた。そして校門をでると、大きなバイクの側で煙草を吹かしている柊さんをみた。
「柊さん。」
 すると彼は私の姿を見て、煙草を消した。
「病院へ行くか?」
「えぇ。一応。診断書がいるって言われたし。」
「そうか。だったら行くか。」
 ヘルメットを渡されて、バイクのエンジンをかけようとしたときだった。
「桜さん。」
 振り向くとそこには竹彦の姿があった。
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