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一年目
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牛乳を買って家に帰ると、柊さんがソファに座っていた。そして母さんもその向かいに座っている。
「お帰り。」
お茶が置かれて楽しく二人で話していた、と言う雰囲気ではないのは見てすぐにわかった。険悪だった。どう見ても。
「どうしたの?」
「……何でもないわ。ちょっと言い合ったのよ。」
母さんは頭を抱えて、ため息を付いた。
「何かありましたか。」
「……。」
牛乳を冷蔵庫に入れて、私は柊さんの隣に座った。
「もうあたしはあんた達の関係に口を出す気はないわ。決めるのは桜よ。十分話してらっしゃい。あたしシチュー作るから。」
そういって母さんは席を立ってキッチンへ向かった。
「何かありましたか。」
「桜。ちょっと部屋に行こう。」
柊さんが私の手を引いて、私の部屋に向かう。するとベッドには布団が敷かれていなかった。そうだった。布団干してたんだっけ。
それを部屋に入れてベッドに敷く。そしてその上に彼は座った。私もそれに習って座ると、お日様のいい匂いがふわんとした。
「昨日店にも行けなかったし、部屋にも来れなかった。起きてただろうにな。」
確かに昨日「来る」と言っていたから、いつもよりも起きて待っていたんだけど、結局来なかったのだ。連絡も付かなかった。
「夕べ、新しいハコが出来た。」
「あぁ。そんなことを言ってましたね。」
「窓」のお客さんがそんなことを言っていたのだ。Syuはこれないのかとか何とか言っていたので、結局回したのかな。
「早く終わらせて帰るつもりだったんだが……その……しつこい女がいて、帰らせてくれなかった。あっちも酔ってたし。」
「……何かしたんですか。」
彼は深くため息を付いた。そして私をみる。
柊さんはDJをするときは絶対サングラスをはずさない。素顔を見せたくないからだ。
DJは夢を与えるものだと思っている。だから普段は学校の用務員をしているなんて言うことは知られたくはなかった。だがその女は根ほり葉ほり彼に聞こうとしてくる。どこに住んでいるのか、普段は何をしているのか。
適当に答えていたら、女が勘違いをした。誰も知らないSyuの素顔を教えてくれたと。
もういい加減帰ろうとしたとき、女が酔っぱらって彼に誘いをかけてきたのだ。しかししたくはないと彼女を突き放した。
すると女は捨てられたと大泣きしだしたのだ。そこにお客を送った母さんがそれを見たのだ。
「……。」
何も知らない母さんは誤解して、彼を叩いた。それがまた周りの誤解を生む。
Syuの彼女は、クラブのママだったと。
「あの……それがどうしたんですか。」
「お前は怒らないのか。」
「今の話に怒る要素がありますか?」
女性にひっつかれて、嫌だと拒否して、女性を泣かして、母さんに叩かれて、誤解されて。別に何もないと思うんだけど。
「……お前は本当にそれを信じているんだな。」
「えぇ。」
「お母さんは、話が不自然だ。誤魔化してるんじゃないのかって言ってた。本当に俺が女を捨てたんじゃないのかって。」
「するわけないですよ。」
私はそういって彼を見上げた。
「本当に女の人を捨てるような人でなしだったら、昨日、竹彦君を抱えて保健室なんて行かなかったでしょうから。」
「……あれは……。」
「心配しなくても信じてますから。」
手を伸ばして頬に手を当てた。そして彼は少しかがみ、私の唇にキスをかるくする。
「お前に言い寄る男は多いが、俺も気を付けないといけないな。こんなおっさんになんの魅力があるんだろうかわからないが。」
「そんなの私もそうですよ。」
「いいや。お前は一日一日綺麗になっている。俺は劣化しているのにな。」
その言葉を聞き彼の胸に倒れ込んだ。そして腕を体に伸ばす。
「綺麗になっているとしたら、あなたのお陰ですね。」
「俺の?」
「えぇ。ラジオの向こうの人が言ってました。女性は恋をすると綺麗になると。」
彼は私の体を包み込むように腕を伸ばした。
「桜。」
少し離して、彼の方を見上げる。すると彼は再び唇を合わせてきた。
「んっ……。」
上書きして欲しい。葵さんとのキスも、竹彦とのキスも。すべて忘れるようにキスをして欲しい。
唇を離しても、また欲しくなる。何度もキスをして、彼は私を押し倒そうと肩を押した。
トントン。
ドアをノックする音がした。それで動きが止まる。
「あたしもう出るわ。食事できてるから食べて。」
私たちは起き上がり、ドアを開けた。
「すいません。ありがとうございます。」
柊さんがそういうと、母さんは彼を見上げて言う。
「あんた自分が思っている以上に、いい男なんだから自覚してよ。」
「……そうですか。」
「そうよ。それから桜もよ。あんた油断するとすぐつけ込まれるんだから。柊さんはそこまで守ってくれないのよ。」
「そうね。」
それは嫌と言うほど知らされている。
「それはそうと、桜あんた時間いいの?」
「え?」
時計をみる。やばい!もうこんな時間だ。
「行かなきゃ。ごめんなさい。柊さん。もう私出ないと。」
「早くないか?」
「文化祭で時間とられているから、土日はちょっと早めに行くようにしてるんです。」
「そうだったのか。悪かったな。時間とらせて。」
私はバッグを取って、行こうとした。しかし母さんの言葉が私の足を止めた。
「柊さん。あたしは年齢差なんてどうでもいいと思ってるけど、世間様はそうは思ってくれないものよ。でもあたしはあんた達は間違ったことなんかしてないと思ってる。あんたもそう思うなら、もっと堂々としなさいな。それがあの子を不安にもさせてるんだから。」
信じている。それは細い糸のようなものだと思う。いつ切れるかわからない。だけどそれを何本も組み合わせたら太いロープになる。太くするには、きっと愛されているという自信が必要なのだ。
「お帰り。」
お茶が置かれて楽しく二人で話していた、と言う雰囲気ではないのは見てすぐにわかった。険悪だった。どう見ても。
「どうしたの?」
「……何でもないわ。ちょっと言い合ったのよ。」
母さんは頭を抱えて、ため息を付いた。
「何かありましたか。」
「……。」
牛乳を冷蔵庫に入れて、私は柊さんの隣に座った。
「もうあたしはあんた達の関係に口を出す気はないわ。決めるのは桜よ。十分話してらっしゃい。あたしシチュー作るから。」
そういって母さんは席を立ってキッチンへ向かった。
「何かありましたか。」
「桜。ちょっと部屋に行こう。」
柊さんが私の手を引いて、私の部屋に向かう。するとベッドには布団が敷かれていなかった。そうだった。布団干してたんだっけ。
それを部屋に入れてベッドに敷く。そしてその上に彼は座った。私もそれに習って座ると、お日様のいい匂いがふわんとした。
「昨日店にも行けなかったし、部屋にも来れなかった。起きてただろうにな。」
確かに昨日「来る」と言っていたから、いつもよりも起きて待っていたんだけど、結局来なかったのだ。連絡も付かなかった。
「夕べ、新しいハコが出来た。」
「あぁ。そんなことを言ってましたね。」
「窓」のお客さんがそんなことを言っていたのだ。Syuはこれないのかとか何とか言っていたので、結局回したのかな。
「早く終わらせて帰るつもりだったんだが……その……しつこい女がいて、帰らせてくれなかった。あっちも酔ってたし。」
「……何かしたんですか。」
彼は深くため息を付いた。そして私をみる。
柊さんはDJをするときは絶対サングラスをはずさない。素顔を見せたくないからだ。
DJは夢を与えるものだと思っている。だから普段は学校の用務員をしているなんて言うことは知られたくはなかった。だがその女は根ほり葉ほり彼に聞こうとしてくる。どこに住んでいるのか、普段は何をしているのか。
適当に答えていたら、女が勘違いをした。誰も知らないSyuの素顔を教えてくれたと。
もういい加減帰ろうとしたとき、女が酔っぱらって彼に誘いをかけてきたのだ。しかししたくはないと彼女を突き放した。
すると女は捨てられたと大泣きしだしたのだ。そこにお客を送った母さんがそれを見たのだ。
「……。」
何も知らない母さんは誤解して、彼を叩いた。それがまた周りの誤解を生む。
Syuの彼女は、クラブのママだったと。
「あの……それがどうしたんですか。」
「お前は怒らないのか。」
「今の話に怒る要素がありますか?」
女性にひっつかれて、嫌だと拒否して、女性を泣かして、母さんに叩かれて、誤解されて。別に何もないと思うんだけど。
「……お前は本当にそれを信じているんだな。」
「えぇ。」
「お母さんは、話が不自然だ。誤魔化してるんじゃないのかって言ってた。本当に俺が女を捨てたんじゃないのかって。」
「するわけないですよ。」
私はそういって彼を見上げた。
「本当に女の人を捨てるような人でなしだったら、昨日、竹彦君を抱えて保健室なんて行かなかったでしょうから。」
「……あれは……。」
「心配しなくても信じてますから。」
手を伸ばして頬に手を当てた。そして彼は少しかがみ、私の唇にキスをかるくする。
「お前に言い寄る男は多いが、俺も気を付けないといけないな。こんなおっさんになんの魅力があるんだろうかわからないが。」
「そんなの私もそうですよ。」
「いいや。お前は一日一日綺麗になっている。俺は劣化しているのにな。」
その言葉を聞き彼の胸に倒れ込んだ。そして腕を体に伸ばす。
「綺麗になっているとしたら、あなたのお陰ですね。」
「俺の?」
「えぇ。ラジオの向こうの人が言ってました。女性は恋をすると綺麗になると。」
彼は私の体を包み込むように腕を伸ばした。
「桜。」
少し離して、彼の方を見上げる。すると彼は再び唇を合わせてきた。
「んっ……。」
上書きして欲しい。葵さんとのキスも、竹彦とのキスも。すべて忘れるようにキスをして欲しい。
唇を離しても、また欲しくなる。何度もキスをして、彼は私を押し倒そうと肩を押した。
トントン。
ドアをノックする音がした。それで動きが止まる。
「あたしもう出るわ。食事できてるから食べて。」
私たちは起き上がり、ドアを開けた。
「すいません。ありがとうございます。」
柊さんがそういうと、母さんは彼を見上げて言う。
「あんた自分が思っている以上に、いい男なんだから自覚してよ。」
「……そうですか。」
「そうよ。それから桜もよ。あんた油断するとすぐつけ込まれるんだから。柊さんはそこまで守ってくれないのよ。」
「そうね。」
それは嫌と言うほど知らされている。
「それはそうと、桜あんた時間いいの?」
「え?」
時計をみる。やばい!もうこんな時間だ。
「行かなきゃ。ごめんなさい。柊さん。もう私出ないと。」
「早くないか?」
「文化祭で時間とられているから、土日はちょっと早めに行くようにしてるんです。」
「そうだったのか。悪かったな。時間とらせて。」
私はバッグを取って、行こうとした。しかし母さんの言葉が私の足を止めた。
「柊さん。あたしは年齢差なんてどうでもいいと思ってるけど、世間様はそうは思ってくれないものよ。でもあたしはあんた達は間違ったことなんかしてないと思ってる。あんたもそう思うなら、もっと堂々としなさいな。それがあの子を不安にもさせてるんだから。」
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