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一年目
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次の日。私は学校が終わると、竹彦と一緒にヒジカタコーヒーへ向かった。コーヒー豆の交渉をするためだった。
一ヶ月間通っていたそのビルのドアを開けると、そこには見慣れた顔があった。
「お久しぶりです。」
最初に聡子さんが目に留まり、私に近づいてくる。
「あら、やだ桜さん。元気だった?」
「えぇ。夏休みはお世話になりました。」
「そうしてると本当に高校生なのね。似合ってるのね。制服。」
あまり自覚はないけどそうなのかもしれないな。
すると奥の席から支社長がやってきた。
「桜さん。この間は迷惑かけたわね。」
彼女の左手には包帯が巻かれている。まだ取れないのかもしれない。
「いいえ。大丈夫です。」
その付けが夕べに来たわけだからあまり大丈夫でもなかったけど。まぁそんなことはこの際どうでもいい。
「そちらは?」
「あ、同じ文化祭の実行委員です。」
「大野竹彦です。」
丁寧に挨拶をするのを見て、支社長も笑いながら答えた。そして名詞を取り出す。
「ヒジカタコーヒーの○○支部支社長の伊藤紅葉です。よろしく。あ、蓮さんも同席するわ。そこへかけて。」
コーヒー豆は豆ではなくすでに挽いてあるもの。そして文化祭は二日あるために、少し多めに仕入れたいことを伝えた。
「そうね。どれくらい出るか予想は付く?」
「というか、多分何杯売るという計算になると思います。コーヒーだけでしたら、そんなに出るとは思えませんけど。」
「そうね。若い子はコーヒーは飲まないものね。」
「カフェオレ用に少し濃いめのものも仕入れて、これくらいですか。」
蓮さんはそう言って見積書を出してくれた。
「はい。それくらいで。」
「いいでしょう。ではこのくらいの見積もりを出せばいいと思いますが。あとは何か必要ですか。」
まぁ、ミルクや砂糖も必要だろうけど、そんなに必要かといわれたら微妙だ。
「あの……。」
ずっと黙っていた竹彦が声を上げた。
「どうかしましたか。」
「桜さんにカタログ見せてもらったんですけど、エプロンとかの取り扱いもあるんですね。」
「えぇ。レンタルもあるわ。」
「竹彦君?何を考えてるの?」
「レンタルの方が古着より安いと思ったから。」
そのいたずらっ子のような目。何なんだよ。
「詳しいカタログを持ってきます。クラスの人たちで検討して……そうですね、電話でも結構です。」
ヒジカタコーヒーのドアを閉めたとたんに私は、竹彦に聞いた。
「どうしてバリスタの格好を?」
「……これならユニセックスでいけると思ったから。」
「でも……。」
「男子からはやっぱり不評なんだよ。女装って。女子は結構ノリノリではあったけどね。」
階段を下りながら彼はいう。
「ハードル高いってこと?」
「君は「虹」へ来たときはそんなに抵抗がないように思えたけど、本来はみんな一歩引いてしまう世界だよ。」
そんなものなのかな。着飾って外見を変えても、心までは変えられないのに。
「そんなものなのね。」
建物の外へ出てくると、まだまだ暑い日差しが目に飛び込んできた。
「暑いわね。」
「そうだね。溶けそうだ。」
「今日は「窓」開いてなかったんだっけ。」
「えぇ。お休み。」
「だったら「虹」でも行く?」
「制服だもの。」
「そう言えばそうだった。」
そのとき向こうから一人の男がこっちに向かって歩いてきていた。その人に見覚えがある。というか会いたくはなかった。
「……お前は……。」
オールバックのサングラス。誰もがよけて歩いている男。それくらい怖かった。
「桜……だったか。」
「はい。お久しぶりです。蓬さん。」
そう。蓬。柊さんを手足のように使い、彼に心の傷を負わせた張本人。
「そう怖がるな。ん?そいつがお前の恋人か。」
「いいえ。ちょっと用事があって一緒にいるだけです。」
「そうか。お前にはそれくらいがちょうどいいと思っていたのだがな。」
サングラスの奥の目が私を見ている。それが心底怖いと思った。そして彼は私の肩に手を触れる。
「あまりにも歳が離れていると、気持ちが解らないだろう?」
知ってる?この人は柊さんと私の関係を知っているの?だったら覚悟しないといけない。ぐっと拳を握って私は彼を見据えた。
「尊重しあえば、年齢は関係ありません。」
「尊重ね……。無理しているとは思わないのか。」
「無理に自分の方に引き寄せたりはしません。お互いに歩み寄ってますから。」
すると彼は私の肩に手をおいたまま、可笑しそうに笑った。
「そうだな。その通りだ。どんな立場の違いでも、年齢の差があっても歩み寄らなければ関係は崩れるからな。
彼は私を見下ろしていう。
「あのときの娘がもう女になってるとはな。今度は俺とデートをするか。」
「しません。」
「威勢がいい。」
彼はそう言って私の肩に置かれた手をおろした。すると向こうで黒塗りの車が停まった。
「若。そろそろ時間です。」
すると蓬さんはその声に振り返った。
「そんな時間か。じゃあな桜。また会えるといいな。」
「会いたくありません。」
「そう言うな。今度「窓」にも行ってやる。」
そう言って蓬さんはその車に乗って行ってしまった。その車が行ってしまったあと、私はため息を付いた。
「桜さん?」
「思ったよりも疲れた……。」
「何なのあの人。ヤクザ?」
「ん。まぁそうだね。だから関わりたくないのよ。」
そう言って私は額から流れる汗を拭った。
「柊さんの関係?」
「……。」
私は竹彦の方を見ると、少し笑う。
「そこまであなたに話すことはないわ。気になるなら本人に聞けばいい。」
私はそれだけをいうと、駅の方へ足を進めた。すると竹彦はその後ろを付いてくる。
「桜さん。」
「何?」
「こっち通った方が早いよ。」
「……。」
それは一度通った道だった。葵さんと近いからっていわれたところ。何かそこを通るのやだな。思い出しそうで。
”通れる道を制限すると、いずれどこも行けなくなります。”
椿さんはいつかそう言っていた。
「そうだったわね。」
私は竹彦とその道へ足を踏み入れた。
一ヶ月間通っていたそのビルのドアを開けると、そこには見慣れた顔があった。
「お久しぶりです。」
最初に聡子さんが目に留まり、私に近づいてくる。
「あら、やだ桜さん。元気だった?」
「えぇ。夏休みはお世話になりました。」
「そうしてると本当に高校生なのね。似合ってるのね。制服。」
あまり自覚はないけどそうなのかもしれないな。
すると奥の席から支社長がやってきた。
「桜さん。この間は迷惑かけたわね。」
彼女の左手には包帯が巻かれている。まだ取れないのかもしれない。
「いいえ。大丈夫です。」
その付けが夕べに来たわけだからあまり大丈夫でもなかったけど。まぁそんなことはこの際どうでもいい。
「そちらは?」
「あ、同じ文化祭の実行委員です。」
「大野竹彦です。」
丁寧に挨拶をするのを見て、支社長も笑いながら答えた。そして名詞を取り出す。
「ヒジカタコーヒーの○○支部支社長の伊藤紅葉です。よろしく。あ、蓮さんも同席するわ。そこへかけて。」
コーヒー豆は豆ではなくすでに挽いてあるもの。そして文化祭は二日あるために、少し多めに仕入れたいことを伝えた。
「そうね。どれくらい出るか予想は付く?」
「というか、多分何杯売るという計算になると思います。コーヒーだけでしたら、そんなに出るとは思えませんけど。」
「そうね。若い子はコーヒーは飲まないものね。」
「カフェオレ用に少し濃いめのものも仕入れて、これくらいですか。」
蓮さんはそう言って見積書を出してくれた。
「はい。それくらいで。」
「いいでしょう。ではこのくらいの見積もりを出せばいいと思いますが。あとは何か必要ですか。」
まぁ、ミルクや砂糖も必要だろうけど、そんなに必要かといわれたら微妙だ。
「あの……。」
ずっと黙っていた竹彦が声を上げた。
「どうかしましたか。」
「桜さんにカタログ見せてもらったんですけど、エプロンとかの取り扱いもあるんですね。」
「えぇ。レンタルもあるわ。」
「竹彦君?何を考えてるの?」
「レンタルの方が古着より安いと思ったから。」
そのいたずらっ子のような目。何なんだよ。
「詳しいカタログを持ってきます。クラスの人たちで検討して……そうですね、電話でも結構です。」
ヒジカタコーヒーのドアを閉めたとたんに私は、竹彦に聞いた。
「どうしてバリスタの格好を?」
「……これならユニセックスでいけると思ったから。」
「でも……。」
「男子からはやっぱり不評なんだよ。女装って。女子は結構ノリノリではあったけどね。」
階段を下りながら彼はいう。
「ハードル高いってこと?」
「君は「虹」へ来たときはそんなに抵抗がないように思えたけど、本来はみんな一歩引いてしまう世界だよ。」
そんなものなのかな。着飾って外見を変えても、心までは変えられないのに。
「そんなものなのね。」
建物の外へ出てくると、まだまだ暑い日差しが目に飛び込んできた。
「暑いわね。」
「そうだね。溶けそうだ。」
「今日は「窓」開いてなかったんだっけ。」
「えぇ。お休み。」
「だったら「虹」でも行く?」
「制服だもの。」
「そう言えばそうだった。」
そのとき向こうから一人の男がこっちに向かって歩いてきていた。その人に見覚えがある。というか会いたくはなかった。
「……お前は……。」
オールバックのサングラス。誰もがよけて歩いている男。それくらい怖かった。
「桜……だったか。」
「はい。お久しぶりです。蓬さん。」
そう。蓬。柊さんを手足のように使い、彼に心の傷を負わせた張本人。
「そう怖がるな。ん?そいつがお前の恋人か。」
「いいえ。ちょっと用事があって一緒にいるだけです。」
「そうか。お前にはそれくらいがちょうどいいと思っていたのだがな。」
サングラスの奥の目が私を見ている。それが心底怖いと思った。そして彼は私の肩に手を触れる。
「あまりにも歳が離れていると、気持ちが解らないだろう?」
知ってる?この人は柊さんと私の関係を知っているの?だったら覚悟しないといけない。ぐっと拳を握って私は彼を見据えた。
「尊重しあえば、年齢は関係ありません。」
「尊重ね……。無理しているとは思わないのか。」
「無理に自分の方に引き寄せたりはしません。お互いに歩み寄ってますから。」
すると彼は私の肩に手をおいたまま、可笑しそうに笑った。
「そうだな。その通りだ。どんな立場の違いでも、年齢の差があっても歩み寄らなければ関係は崩れるからな。
彼は私を見下ろしていう。
「あのときの娘がもう女になってるとはな。今度は俺とデートをするか。」
「しません。」
「威勢がいい。」
彼はそう言って私の肩に置かれた手をおろした。すると向こうで黒塗りの車が停まった。
「若。そろそろ時間です。」
すると蓬さんはその声に振り返った。
「そんな時間か。じゃあな桜。また会えるといいな。」
「会いたくありません。」
「そう言うな。今度「窓」にも行ってやる。」
そう言って蓬さんはその車に乗って行ってしまった。その車が行ってしまったあと、私はため息を付いた。
「桜さん?」
「思ったよりも疲れた……。」
「何なのあの人。ヤクザ?」
「ん。まぁそうだね。だから関わりたくないのよ。」
そう言って私は額から流れる汗を拭った。
「柊さんの関係?」
「……。」
私は竹彦の方を見ると、少し笑う。
「そこまであなたに話すことはないわ。気になるなら本人に聞けばいい。」
私はそれだけをいうと、駅の方へ足を進めた。すると竹彦はその後ろを付いてくる。
「桜さん。」
「何?」
「こっち通った方が早いよ。」
「……。」
それは一度通った道だった。葵さんと近いからっていわれたところ。何かそこを通るのやだな。思い出しそうで。
”通れる道を制限すると、いずれどこも行けなくなります。”
椿さんはいつかそう言っていた。
「そうだったわね。」
私は竹彦とその道へ足を踏み入れた。
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