夜の声

神崎

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一年目

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 「女装、男装カフェ」という申請書はいぶかしげに取られたが、結局何も言われなかった。すれすれだったんだろうな。でも他のクラスが何を出すのかちらりと見たら、もっとやばいヤツとかあった気がする。
「却下。」
「何でー?」
 担任からばっさり切られているのを見た。やっぱりなぁ。無理があるよ、闇鍋ならぬ闇たこ焼きは。
「コントとかもするところもあるんだね。」
「クオリティ高くないと難しいわね。」
 隣には竹彦が歩いている。竹彦は最近、髪を切ったせいか振り返られることが多い。特に後輩の女子から。
「あんな人いた?」
「かっこいいー。」
 格好いい?ん?格好いいってのはもっと男らしい人を……。んー。かなり毒されてるなぁ。
「どうしたの?ぼんやりして。」
「別に。」
「とりあえず班を決めないとね。カフェなんだから、食事と飲み物。それから衣装を作る係りと、クラスを飾り付ける係りと。」
「衣装って古着のリメイクとかじゃ駄目なのかな。」
 その言葉に彼は驚いたように私をみる。
「え?無理でしょ?古着って難しいよ。」
「でもあまり予算がないし、コーヒーは交渉次第でどうにかなるかもしれないけど、スイーツも出すんだったら、衣装にそんなにお金かけられないわ。」
「んー。そうだね。だったらそれぞれ家にある洋服を持ってきたら?体格似てる人と洋服を変えればいいんだよ。」
「そう?それでいけるかしら。」
「あとはちょっと補正すればいいから。」
「出来る?」
「そうだね。僕は梅子さんのをずっと見てたし、出来ないことはないと思うけど。」
「そう。ありがとう。」
 でも匠君みたいに背の高い人って女子誰かいたか?何は履かせてもミニスカートになるんじゃ……。
 そのとき上から柊さんが、男の人を連れて階段を下りてきた。その姿に私は少し凝視していたようだった。それに気が付いて柊さんは、首を横に振った。
 あっ。それはやばいよね。
「柊さん。あと外ですか?」
 後ろの人、声の高い男の人だな。
「まだ少し雑草が残ってるから。」
「OKです。柊さんは中のエアコンをお願いします。」
「棗。無理するな。まだ暑いんだから熱中症になる。」
「大丈夫ですよ。」
 そんな会話が聞こえてくる。私たちは階段を上がり、自分たちの教室に戻っていく。
「……前の人辞めたのかな。」
「え?」
「おじいさんみたいな人がいたよね。柊さんと一緒に働いてた人。」
「そうね。」
「知らないの?」
「そんなこといちいち聞かないわ。」
 聞いて何になるというのか。私は竹彦の言葉を少し心に留めながら、教室に戻っていった。

 学校が終わって、「窓」へ行く。ヒジカタコーヒーには明日行くことにした。明日「窓」が休みだから。支社長にはあらかたのことは話してある。おおかたOKも出てるし。大丈夫だろう。
 いつものようにカウンターに入り、葵さんに見られながらコーヒーをいれた。そして常連の誠さんにそのコーヒーを出した。
「うん。美味しい。もうあまり遜色ないね。」
 お世辞だとわかっていても嬉しいものだ。素直にお礼が言えるのだから。
 そのとき「窓」の扉が開いた。
「いらっしゃいませ。」
 そこには柊さんがいた。そしてその後ろには学校で見た用務員の小さな男がいた。
「ここっすか。柊さんの行きつけ。純喫茶みたいな感じでいいですね。」
 柊さんが「棗」と呼んでいた男の人だ。だけどなんか違和感がある。
「いらっしゃい。柊。」
 柊さんはいつもの席に。そしてその隣にその男の人が座る。
「そちらはどちら様ですか。」
「棗です。柊さんの後輩です。」
「一ヶ月間だけだ。」
 そう言って彼は煙草を取り出した。正直うっとうしいのかもしれない。あまり上機嫌ってわけでもなさそうだ。
「ブレンドでいいですか。」
「あ、私紅茶がいいです。コーヒー苦手なんですよ。」
 棗さんは笑いながらそう答えた。んー。柊さんが不機嫌になるのも何となくわかるなぁ。空気を読まないと言うか。そんな印象がある。
「前の用務員さんは辞めたんですか。」
「いいや。入院した。一ヶ月で戻ってくるらしい。」
 だから一ヶ月だけなんだ。納得。
「若そうですね。いくつですか。」
「二十五です。」
「それは若いですね。でも桜さんの方が若いですよ。」
「え?いくつ?」
「十六歳です。」
「わぁ。高校生じゃない。もしかしてあの高校の?」
「はい。生徒です。」
「だと思った。なんか見たことあるなって思って。あのきれーな男の子といつも一緒にいるじゃん。」
 きれーな男の子ってのは、竹彦のことか?
「一応文化祭の実行委員になったんで。一緒にいるだけです。」
「そうだったんだ。」
 柊さん。さらに不機嫌になっているような気がする。
「でもいいなぁ。あんな綺麗な子がいたら、授業に集中できないよ。」
 ん?なんか違和感があるなぁ。それって男の人の言葉なのかな。
「あのさ。一応聞くけど。」
 誠さんが聞いてくれた。良かった。
「男性?」
「女です。一応。」
 思わず挽いた豆を落としそうになった。女の人だったの?
 ってことは、一日中この人と柊さん一緒にいるって言うの?んー。なんか複雑。
「私こんなんだから、いっつも男と間違えられちゃって。この間、女子生徒から「写メ撮らせて下さい」なんて言われまして。」
「えぇ。そうでしょうね。格好いいですから。」
 葵さんもそう言ってにこにこしている。
「いやー。私よりもぜってぇ柊さんの方が格好いいですよ。男臭い感じが。」
「最近はそう言うのは流行らないんだ。」
 コーヒーにお湯を注ぎ、私はコーヒーを煎れ始めた。すると誠さんが不思議そうにみる。
「そう言えば、俺最近柊さんと一緒すること多いけど、柊さんのコーヒーは桜ちゃんがいつも煎れてるんだね。」
 そう。コーヒーを煎れさせてくれるのは、煎れていいよと言われた人とか、葵さんが指示しないと煎れさせてくれないんだけど、柊さんのものはいつも私が煎れていたのだ。
「そうですね。」
「なんで?」
 ぐいぐい聞いてくるなぁ。何か聞きたいのか?
 すると柊さんは煙草を消してそちらを見た。
「つき合ってるから。」
「は?」
 その言葉に誠さんも棗さんも驚いたようにこちらと柊さんを見比べていた。
「言葉の通りですよ。」
 葵さんは笑いながらそう答えた。
「それは……。」
「柊さんって、ロリコンの気があったんですか。」
 あまりにも失礼だろ?棗さんに言い寄ろうと思ったけれど、それを止めるように葵さんが言葉を重ねた。
「たまたまですよ。棗さん。私もそう思いましたけどね。ちゃんともう親御さんとも公認みたいですし。真剣なおつきあいですよ。ね?柊。」
 助けられた。今回ばかりは葵さんに。柊さんも拳を握っていたから。
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