夜の声

神崎

文字の大きさ
上 下
67 / 355
一年目

67

しおりを挟む
 葵さんの手が、私の首元に延びてきた。

 ビリッ。

 痛い。首元に痛みが走る。そして彼の手に持っていたのは絆創膏だった。そうだった。さっきあの女性からいただいた絆創膏。柊さんとの情事の跡が見えるからって。
「怪我はしてませんね。赤くはなっていますが。虫に刺されたわけでもないのでしょう?」
「……。」
 わかっているくせに。虫さされなんかじゃないことを。だから腕を押さえている力が強くて、逃がさないようにしているくせに。
「やめてください。」
「……信頼しているから、以前こんなことがあってもきっともうしないだろう。そう思っているからここにこれた。だけど、君は私の気持ちをずっと弄ぶようにこの夏はしてきた。そしてこれ。」
 絆創膏を私に見せてくる。
「残酷ですね。あなたは。柊をそんなつもりで紹介したわけじゃないのに。」
「どういったつもりですか。」
「柊ならきっとあなたを突き放し、私にあなたが助けを求めると思った。優しく声をかければ、あなたは私に振り向くと思ってましたよ。柊にもそのつもりで言っていました。」
「……。」
「しかし柊がこんなにあなたにのめり込むとは思ってませんでした。それは計算外。」
「私は柊さんのことが……。」
「少し黙りましょうか。」
 そういって彼は顔をよけていた私の顔を、手で正面に向けた。そして顔を固定されると、彼は私の顔に近づいてくる。だめ。だめだ。
 私は比較的解放されている左腕で彼を押しやった。
「駄目です。」
 顎に置かれている手がはずれ、やっと顔の自由が利いた。しかし彼は顔より下に、顔を埋めてきた。
「だ……あっ!」
 柊さんがつけたその跡とは逆の所に、チクリとした感触があった。彼の唇が私のその肌を吸っていたのだ。
「ついた。」
「……駄目です。こんなこと……。」
「キスが駄目なら、こうしたかった。これでしばらく柊とはセックスできませんね。」
「……最低。」
「何とでも。」
 うれしそうに笑う彼。それだけ人格が破綻しているのだろうか。
「ブラウスを着て、普通にしていれば見えませんよ。」
 やっと腕を放され、私はカウンターから体を起こした。その跡を確認しようとトイレへ行こうとしたとき、彼は私に話しかける。
「今日デートをしたのでしょう。」
「えぇ。」
「でもあなたの最初のデートは私だった。キスも私が最初。」
「でもあなたとはセックスをしていないし、する事もないです。手を繋いで歩くこともない。」
「彼とも手を繋いで歩くことはないでしょう。あいつはそういうことに潔癖だから。」
「でも心は繋がっています。」
「不安定なものですよ。すぐに喧嘩をするし、すぐに別れがきます。そのときは私があなたを受け入れますから。」
「いりません。」
 そのとき店の入り口のドアがノックされ、葵さんはそのドアを開けた。
「はい。」
「すいません。もうお終いですか。」
「今日はコーヒー豆がはけてしまったので。それ以外のものであれば提供は出来ますが。」
「あぁ。良かった。それで結構です。」
 四人組のサラリーマン風の男達が、店内に入ってきた。
 コーヒー豆がはけたなんて嘘だ。きっと隙あれば私に何かしようと思っていたはずなのに。

 家に帰って服を脱いだ。せっかくお風呂に入ったのに、汗をかいてしまった。残念だ。せっかくの柊さんの匂いが台無しだ。
 軽くシャワーでも浴びよう。着替えを持って脱衣所へ向かった。そして大きな姿見の鏡の前にたつ。
「あっ。」
 左側には柊さんの跡があり、そして右側には葵さんの跡がある。葵さんの跡の方がやや濃く見えるのは、それだけ彼が独占したいと思っていたからか。
 どっちにしてもどうにかしなきゃいけない。とりあえず明日だ。首元があまり見えない服を着ないと。このくそ暑いのに。
 シャワーを浴びて、課題を広げた。そろそろ課題も仕上げにはいらないといけない。
 そして二十三時。椿さんのラジオが始まる。

”強くならなければいけないと言い聞かせれば強くはなれません。本当に強い人は、周りにも頼ることが出来る人かもしれません。”

 音楽が夜の闇に消える。高く優しい男の声。ゆっくりとしたバラードは、夏の終わりを告げるようだった。私は携帯電話を手にする。
 今の時間は電話は通じないことはよく知っている。だからメッセージを打った。
「私に何があってもあなたのことが好きです。」
 携帯電話を閉じて、ふと外から夜の空をみる。そして私はまた課題に戻った。
 課題はこなさなければ一年半待つと言った彼に申し訳ないのだ。
 そのとき携帯電話が鳴った。柊さんかと思って驚いてその相手をみる。
「蓮さん。」
 電話にでると、彼は暗い声で答えた。
「どうしました。」
「……支社長が……。」
 その言葉を聞いたとき私は「嘘」だと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

性欲のない義父は、愛娘にだけ欲情する

如月あこ
恋愛
「新しい家族が増えるの」と母は言った。  八歳の有希は、母が再婚するものだと思い込んだ――けれど。  内縁の夫として一緒に暮らすことになった片瀬慎一郎は、母を二人目の「偽装結婚」の相手に選んだだけだった。  慎一郎を怒らせないように、母や兄弟は慎一郎にほとんど関わらない。有希だけが唯一、慎一郎の炊事や洗濯などの世話を妬き続けた。  そしてそれから十年以上が過ぎて、兄弟たちは就職を機に家を出て行ってしまった。  物語は、有希が二十歳の誕生日を迎えた日から始まる――。  有希は『いつ頃から、恋をしていたのだろう』と淡い恋心を胸に秘める。慎一郎は『有希は大人の女性になった。彼女はいずれ嫁いで、自分の傍からいなくなってしまうのだ』と知る。  二十五歳の歳の差、養父娘ラブストーリー。

処理中です...