夜の声

神崎

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一年目

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 蓮さんが何を言ったのか知らなかった。でも私の所に戻ってきた柊さんは機嫌が悪いように、ヘルメットを被るとバイクのエンジンをかける。私はその後ろに乗り、彼の体にひっつくように腕を回した。
 やがてエンジン音をたててバイクは進んでいく。その間、私の中に不安が広がっていた。蓮さんに何を言われたのか、それが私のことなのか。それがわからなかった。
 海岸線を走っていくバイクは、どんどん建物がなくなっていく。わずかに見える古い建物は、人気がない。まるでゴーストタウンのようだった。だけどわずかに人はいるらしい。わずかな畑に老人の姿があったからだ。
 そしてまたその奥へ行くと、きらびやかなラブホテルがある通りにでた。夜なら光が目立つだろうが、真っ昼間だ。ピンク色の建物は、駐車場に入るところにはビニールの紐が垂れていて、ここへ来る人たちを隠すように見える。
 ふとバイクのウィンカーが黄色く点滅した。
「え?」
 思わず声がでる。するとバイクはその建物の中に入っていった。そして入り口であろうところの横にバイクが停まった。
「降りろ。」
 バイクから私たちは降りると、ヘルメットをとった柊さんが見えた。彼は怒っているように見える。
「柊さん。何で?」
「別にいいだろう。お前に触れたいんだ。」
「……。」
「どうした。生理にでもなっているのか。」
「いいえ。そういうわけではないんです。でも……。」
 どうしてそんなに強引なのだろう。さっきまでそんなことなかったのに。
「……上書きしたいのだが。」
「上書き?」
「蓮が言っていた。お前がホテルに入っていくところをみたらしい。」
「……あっ。」
 この間のことだ。あの日。私はホテル街に葵さんといた。近道だからと言ってそこを通ったのだ。そのとき偶然支社長とその従業員が、ホテルに入っていくところをみた。
 そこで隠れるように葵さんと、ホテルの入り口までは言っていったのだった。
「……確かにホテルに入りました。だけど……すぐ出て行って……何もなかった。」
「何も?」
「はい。」
 何もなかった。とは言い切れないけれど……。
 すると彼は頭をかいて、私の頭をぽんと叩いた。
「すぐ入ってすぐ出て行きました。」
「何故だ。」
「身を隠すためでした。だから……。」
 ということは支社長も明さんも私たちを見ていたのだろうか。それをどちらかが蓮さんに喋ったということになるのか。上司のくせに口が軽い。大人もこんなにつまらないことをするんだな。
「そうか。……葵がお前をまだ狙っているのを知っていたし、お前は押しに弱いからついされたのかと思った。勘違いだったとはな。」
「……ごめんなさい。誤解されるようなことを。」
「いいや。でも……どうして二人でいたんだ。」
「……ちょっと助けてもらって。」
 悪いけどそれくらいは目をつぶってほしい。
「……そうか。合コンか、葵とデートをするかという二者択一だったんだな。」
「すいません。」
「また謝る。全く……。何故俺を呼ばないんだ。」
 そうか。やっとわかった。不機嫌のわけ。
 頼ってくれないと言うことがいやだったのだ。可愛い人。
 私は彼の体に抱きつく。さっきから背中には抱きついていたけれど、正面からは抱きつけていなかったもの。すると彼は私の体を抱きしめる。
「やっぱり入るか。」
 耳元でささやく彼の声。私はその力を少し弱めると、上を向いた。目を合わせるように、彼は私の唇に近づいてきた。

 結局ホテルの中には入らずに、また海の方へ戻ってきた私たちは少し食事をした後、ちょっとした買い物をして柊さんの部屋に戻ってきた。
 今日も「窓」には行かないといけないし、柊さんも予定が入っているという。少しの間くらいは、二人でいたいと部屋に戻ってきたのだ。
 柊さんの部屋には、CDも多かったけれど、レコードが増えていた。それは布のトートバックに入っていて、一枚取り出したけれど知らないバンドのものだった。
「このバンドなら、CDがある。聴くか?」
「知らないバンドだなと思っただけです。」
「まぁな。あまり売れたバンドではないが、いい曲がある。」
 女性のボーカルのバンド。外国のバンドでどこの国なのかもわからない。だけどその女性は綺麗だと思った。
「桜。別に俺につきあって音楽まで聴くことはないから。」
「え?」
「音楽の好き嫌いというのは個人差もある。すごく好き会っているカップルだって、好みが分かれることもあるから。」
 確かにそうかもしれない。趣味は様々だし、ヘビーメタルが好きな男性が、クラシックを好きな女性を好きになることだってあるのだから。
「私は、ラジオから流れてくるあの音楽が好きですね。」
「あぁ。前にいっていた、俺に似た声の奴がDJをしているラジオ番組か。案外ミーハーだな。」
「そういわれると思ったから、あまり言いたくはないんですよ。」
 彼はそういって煙草に火をつけた。
「でも普通だと思う。俺はあまり一つのものに固執したことはなかったから。」
「……。」
「百合くらいだったか。でもまぁ、あれも蓬さんの差し金だったと思うと、腹が立つ。」
 レコードを置くと、私は彼に近づいた。煙草の匂いがする。私の好きな匂い。あなたの匂い。
「どうした。桜。」
「……触れてほしいから。」
 彼の胸に倒れ込む。すると彼は煙草を消して、私を抱きしめた。そして私は彼の方を見上げた。すると彼は私の顎を持ち、ゆっくりとキスをする。
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