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一年目
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葵さんの昔のことは、葵さん自身がぽつりぽつりと話すことはある。親の事情で兄弟たちを葵さん自身が養育費を稼がないといけなかった。そのために何でもやったし、人も傷つけた。
気がつけば彼は「仏の葵」と呼ばれるようになっていた。笑いながら人を殴ることの出来る人という意味だろう。仏の笑顔で仏を築く。そういった意味にもとらえられた。
おそらく支社長はそれを知っていた。だから葵さんを拒絶するように外に出ていったのだ。
葵さんが出て行ったあと、入れ替わるように支社長が戻ってきた。いつもと変わらない様子だったけれど、何処か元気がないと思った。
そして十五時。私は仕事を終える時間だ。倉庫の掃除をしている間、明さんは明日注文するものをチェックしている。膨大な数なので時間もかかるだろう。
「桜さん。」
倉庫に入ってきたのは支社長だった。
「はい。」
「このあと予定はある?」
「いいえ。今日はバイトも休みですし。」
だから葵さんも今日はラフな格好だったのだ。
「そう。だったらちょっと話があるんだけど、いいかしら。」
何だろう。もう少しで夏休みが終わるからその話だろうか。
私は掃除を終わらせると、汗で濡れたシャツをトイレで着替えて外に出てきた。すると支社長は、私を手招きして外に連れ出した。
ドアの前で彼女は腕を組んだ。
「あなたのバイト先って「窓」なのね。」
「えぇ。もう一年になりますか。」
「よく続いているわね。」
「葵さんの教え方がいいんですよ。」
彼女は少しため息をついて少し視線をそらせた。
「確かにね。教え方は上手だと思うわ。それについてくる人も多いし、お客さんも多いでしょう?」
「えぇ。店の場所さえ良かったらもっと繁盛していると思いますが。」
確かに奥に入り込んだところにある「窓」はタウン誌に載っても、行き着かない人も多いらしい。それだけわかりにくいのだ。
「でもあなた、葵に騙されていないかしら。」
「葵さんに?」
驚いた。柊さんとつきあったときは「騙されている」とさんざん言われたけれど、葵さんといるところで「騙されている」と言われると思わなかったから。
「あんな男とつきあいがあるなんて、あまり言わない方がいいわ。」
「あの……雇用主とバイトの関係だけで、そこまで言うのですか。」
「雇用主とバイト?」
「えぇ。」
「彼があなたの彼ではないの?」
「いいえ。」
「……絶対ここには来なかったのに、あなたがここに来たから葵はここに来たのよ。だからあなたとつきあっているのかと思ったのに……。」
「すいません。違う人です。」
「……まぁ、歳も離れてるし、そうかもしれないわね。ロリコンの趣味は聞いたこと無かったし。」
ロリコンって……。そりゃ女らしくはないけどさ。じゃあ、柊さんはロリコンなのかって話だよ。ちょいちょい失礼だよな。
「あぁ、ごめんね。そんなつもりで言ったんじゃないのよ。」
「でも……ここに蓮さんがいるって言うことは、彼もここに来ることがあるって思いませんでしたか。」
「あぁ。そうね。理由はあなただけじゃないものね。でも葵と蓮さんはずっと絶縁状態だって言ってたの。」
「でも、この間蓮さんは「窓」に来ました。」
「そう。じゃあ、和解したのかしらね。」
舌打ちをして、不機嫌そうに組んだ腕の先の指をせわしなく動かした。
「なんであんな男が……。」
よっぽどイメージが悪いんだろうな。葵さんが支社長に何をしたのかわからないけれど、ずっと気になっていた支社長の左手の傷を見れば、何となくただの関係ではないのだろうと言うのが想像できる。
「桜さんは変な男に捕まらないのよ。特に前科を持っている人なんて、ろくでもないから。」
柊さんも前科あるけど……。と言うことは言わない方がいいか。
「……人によりますよ。好きで前科がついた人もいませんから。」
「大抵の人がそうよ。でも前科がついたっていうのは、わざとではないにしてもそういう人間なの。卑怯で、嘘つき。」
すごい言われようだな。
「それにしてもあなたよく葵をかばうわね。」
「雇用主ですから。もちろん、支社長も雇用主ですから、これくらいのことは言いますよ。」
「高校生に言われてもねぇ。」
苦笑いをして、彼女は組んだ腕をほどき私の頭に手を乗せた。
「高校卒業したら、うちに来ない?」
「え?」
「あぁ。あなたのお母さんから聞いてたっけ。公務員になりたいんだって言ってたわ。難しいんじゃないの?せめて大学へ行ってからでも遅くないわ。」
「これ以上、母の世話になるわけにはいかないんで。」
本当なら中学を卒業してすぐ働きたかった。母は、若すぎる母だったから苦労して私を育てたのをよく知っている。だからこれ以上迷惑をかけたくなかった。
「迷惑ねぇ。そんなこと思っているかしら。」
「それに……母の恋人のこともありますから。私が家を出た方が、母も結婚できると思うし。」
「ほんと、あなたって母親思いなのね。」
母親思いなのかどうかわからない。本当は柊さんといれる時間を増やしたいから。その理由かもしれないのに。
「……とにかく、あまり葵には首を突っ込まない方がいいわ。ろくなことにならないから。」
すると私は少し笑う。その顔に、彼女は少し驚いたようだった。
「私、今の恋人が初めての恋人です。でもつきあうって言ったら、他の人にすごく反対されました。葵さんからも反対されています。なぜなら、私の恋人も前科があるからなんですよ。」
「……え?」
「まだつきあって浅いから、悪いところが見えないからだって母からも言われました。でも……徐々に見えてくるその悪いところも、含めても彼と一緒にいたいと思うんです。」
それに柊さんにはまだ秘密がある。それはまだ明らかになっていない。でもそれがなんであってもかまわない。
気がつけば彼は「仏の葵」と呼ばれるようになっていた。笑いながら人を殴ることの出来る人という意味だろう。仏の笑顔で仏を築く。そういった意味にもとらえられた。
おそらく支社長はそれを知っていた。だから葵さんを拒絶するように外に出ていったのだ。
葵さんが出て行ったあと、入れ替わるように支社長が戻ってきた。いつもと変わらない様子だったけれど、何処か元気がないと思った。
そして十五時。私は仕事を終える時間だ。倉庫の掃除をしている間、明さんは明日注文するものをチェックしている。膨大な数なので時間もかかるだろう。
「桜さん。」
倉庫に入ってきたのは支社長だった。
「はい。」
「このあと予定はある?」
「いいえ。今日はバイトも休みですし。」
だから葵さんも今日はラフな格好だったのだ。
「そう。だったらちょっと話があるんだけど、いいかしら。」
何だろう。もう少しで夏休みが終わるからその話だろうか。
私は掃除を終わらせると、汗で濡れたシャツをトイレで着替えて外に出てきた。すると支社長は、私を手招きして外に連れ出した。
ドアの前で彼女は腕を組んだ。
「あなたのバイト先って「窓」なのね。」
「えぇ。もう一年になりますか。」
「よく続いているわね。」
「葵さんの教え方がいいんですよ。」
彼女は少しため息をついて少し視線をそらせた。
「確かにね。教え方は上手だと思うわ。それについてくる人も多いし、お客さんも多いでしょう?」
「えぇ。店の場所さえ良かったらもっと繁盛していると思いますが。」
確かに奥に入り込んだところにある「窓」はタウン誌に載っても、行き着かない人も多いらしい。それだけわかりにくいのだ。
「でもあなた、葵に騙されていないかしら。」
「葵さんに?」
驚いた。柊さんとつきあったときは「騙されている」とさんざん言われたけれど、葵さんといるところで「騙されている」と言われると思わなかったから。
「あんな男とつきあいがあるなんて、あまり言わない方がいいわ。」
「あの……雇用主とバイトの関係だけで、そこまで言うのですか。」
「雇用主とバイト?」
「えぇ。」
「彼があなたの彼ではないの?」
「いいえ。」
「……絶対ここには来なかったのに、あなたがここに来たから葵はここに来たのよ。だからあなたとつきあっているのかと思ったのに……。」
「すいません。違う人です。」
「……まぁ、歳も離れてるし、そうかもしれないわね。ロリコンの趣味は聞いたこと無かったし。」
ロリコンって……。そりゃ女らしくはないけどさ。じゃあ、柊さんはロリコンなのかって話だよ。ちょいちょい失礼だよな。
「あぁ、ごめんね。そんなつもりで言ったんじゃないのよ。」
「でも……ここに蓮さんがいるって言うことは、彼もここに来ることがあるって思いませんでしたか。」
「あぁ。そうね。理由はあなただけじゃないものね。でも葵と蓮さんはずっと絶縁状態だって言ってたの。」
「でも、この間蓮さんは「窓」に来ました。」
「そう。じゃあ、和解したのかしらね。」
舌打ちをして、不機嫌そうに組んだ腕の先の指をせわしなく動かした。
「なんであんな男が……。」
よっぽどイメージが悪いんだろうな。葵さんが支社長に何をしたのかわからないけれど、ずっと気になっていた支社長の左手の傷を見れば、何となくただの関係ではないのだろうと言うのが想像できる。
「桜さんは変な男に捕まらないのよ。特に前科を持っている人なんて、ろくでもないから。」
柊さんも前科あるけど……。と言うことは言わない方がいいか。
「……人によりますよ。好きで前科がついた人もいませんから。」
「大抵の人がそうよ。でも前科がついたっていうのは、わざとではないにしてもそういう人間なの。卑怯で、嘘つき。」
すごい言われようだな。
「それにしてもあなたよく葵をかばうわね。」
「雇用主ですから。もちろん、支社長も雇用主ですから、これくらいのことは言いますよ。」
「高校生に言われてもねぇ。」
苦笑いをして、彼女は組んだ腕をほどき私の頭に手を乗せた。
「高校卒業したら、うちに来ない?」
「え?」
「あぁ。あなたのお母さんから聞いてたっけ。公務員になりたいんだって言ってたわ。難しいんじゃないの?せめて大学へ行ってからでも遅くないわ。」
「これ以上、母の世話になるわけにはいかないんで。」
本当なら中学を卒業してすぐ働きたかった。母は、若すぎる母だったから苦労して私を育てたのをよく知っている。だからこれ以上迷惑をかけたくなかった。
「迷惑ねぇ。そんなこと思っているかしら。」
「それに……母の恋人のこともありますから。私が家を出た方が、母も結婚できると思うし。」
「ほんと、あなたって母親思いなのね。」
母親思いなのかどうかわからない。本当は柊さんといれる時間を増やしたいから。その理由かもしれないのに。
「……とにかく、あまり葵には首を突っ込まない方がいいわ。ろくなことにならないから。」
すると私は少し笑う。その顔に、彼女は少し驚いたようだった。
「私、今の恋人が初めての恋人です。でもつきあうって言ったら、他の人にすごく反対されました。葵さんからも反対されています。なぜなら、私の恋人も前科があるからなんですよ。」
「……え?」
「まだつきあって浅いから、悪いところが見えないからだって母からも言われました。でも……徐々に見えてくるその悪いところも、含めても彼と一緒にいたいと思うんです。」
それに柊さんにはまだ秘密がある。それはまだ明らかになっていない。でもそれがなんであってもかまわない。
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