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一年目
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台風が去り、いつもの夏休みが始まる。私はまたバイトに明け暮れる。相変わらず倉庫の中は暑くて、何度か意識が飛びそうになったけれどそのたびに蓮さんや明さんたちに声をかけられた。
その様子に支社長は見かねたように、換気扇や窓を開けてくれた。これだけでも少し違う気がする。
でもまぁ相変わらず、仕事のあとはシャツが絞れそうなくらい汗かいているけどね。
昼休憩になって、私は倉庫の外に出ると事務所にやってきた。空調がよく利いていて、ここは天国だ。
「食事の前に体を冷やした方がいいよ。今ご飯食べるとすぐ戻しちゃうから。」
そういって明さんは私に保冷剤を渡してくれた。
「ありがとうございます。」
よく見ると配送をしている人たちもみんな思い思いに体を冷やしていた。外回りの人はさらに暑いんだろうな。
「なんか悪いわねぇ。あたしたちだけ涼しくて。麦茶飲む?」
聡子さんはそういって麦茶を手渡してくれた。まぁ、涼しくても事務には事務の大変さがあるだろうしね。
「俺、暑さで死ぬわ。」
「毎年言っているな。それ。」
配送の男たちはそういって、麦茶を受け取っていた。そのとき事務所の入り口のチャイムが鳴った。
「誰か来る予定だったかしら。」
「聞いてませんね。」
「ちょっと応対してくるわ。」
お茶を乗せたトレーをおいて、聡子さんは入り口に向かう。
「はい。あ……。え……っと。」
少し戸惑ったような聡子さんに、蓮さんが気がついてそちらに向かう。
「兄さん。」
え?葵さんが来ているの?私は驚いてそちらを見ると、入ってきたのは、いつものワイシャツではなく白いシャツと膝丈のパンツを履いた葵さんだった。
「外は暑いけれど、ここは天国だ。」
「支社長は外出しているのですが。」
「知ってる。だから来たんだよ。」
「では用事があるのは?」
「仕事の話でね。新しい豆が入ったと聞いたから、見せてもらおうと思って。」
「あぁ。それでしたら、倉庫にあります。すいません。桜さん。」
ぼんやりと聞いていた私に、蓮さんが声をかけた。
「はい。」
「新しいアラビカ産を持ってきてもらえませんか。隣に焙煎したものもありますから。」
「あ。桜さん。焙煎したものは結構です。」
「……味を見なくてもいいのですか。稚拙な焙煎ですが、味はわかると思いますよ。」
「そう?だったらそうしようか。」
私は保冷剤をおいて、倉庫へまた戻っていった。
そして再び戻ってくると、葵さんは聡子さんと何か話していた。
「それにしても蓮さんにそっくりね。いくつ違うの?」
「私は三十なので、五つですか。」
「見えないわねぇ。若いわ。」
「いいえ。蓮が老けているんですよ。」
「まぁ。言うわねぇ。」
穏やかな雰囲気だ。葵さんもとても自然に聡子さんと話している。
「豆を持ってきました。」
私は紙袋に入っている二つの豆を、彼に手渡した。すると彼はそれを開いて様子を見る。
「悪くないですね。」
「入れてみますか。」
「えぇ。そうしてみましょう。」
焙煎が終わって二日目の豆。少し早いが飲み頃だ。私は給湯室へ行き、お湯を沸かした。すると後ろから聡子さんがやってくる。
「葵さんは「窓」のオーナーだったかしら。
「えぇ。私がバイトで夕方から入っています。」
「ねぇ。もしかして、桜さんの彼氏って……。」
葵さんだと思われているの?それはびっくり。
「違いますよ。」
「年上だって言ってたからそうかと思ったのに。つまらないわね。兄弟で取り合っているのかと思ったのに。」
は?何を言っているんだこの人は。
「聡子さん。あの……。」
そのときお湯が沸いた。
コーヒーをいれ終わり、私はその場にいる人に振る舞った。
「どうぞ。」
「いい香り。」
「味も悪くない。さっぱりしてて後味も悪くないようだ。」
みんなの好評の意見の中、葵さんは厳しい目でそれを飲んでいた。
「悪いですか。」
「焙煎は確かに稚拙だと思いますけど、淹れ方によっては化けるかもしれませんね。」
「すいません。まだまだで。」
「うん。でも悪くない。場合によってはこれでメニューが一つ加わるかもしれませんね。」
ガチャ。
そのとき事務所のドアが開いた。支社長が外から帰ってきたのだ。
「暑いわぁ。たまんない。」
汗を拭いながら、来客用のソファに近づいた。そのとき葵さんと目があう。
「葵。」
「……もっと外でゆっくりしてくれば良かったのに。」
「そうね。そうすれば良かったわ。」
今までの雰囲気が一気に冷えた。葵さんはコーヒーを一口のみ、そして彼女から視線をはずした。それは支社長も同じように思える。何かあったのかもしれない。
「新しい豆の試飲に来たの?」
「えぇ。いい豆だと思ったから。」
「……そう。」
「いい業者を手に入れたね。」
「おだてても何もでないわよ。」
「知っている。」
「……で、いつ帰るの?」
ずいぶん支社長にしては冷たい言い方だ。思わず周りの人たちも顔を見合わせる。
「来たばかりだよ。」
「そ、じゃあ、あたしが出て行くわ。蓮さん。悪いけど、もうあと一時間くらい出てくるわ。」
「はい。」
彼女はそういってヒールを不機嫌そうに鳴らしながら、出て行った。
「相変わらず台風みたいな人ですね。」
「葵さん……。」
聡子さんがあきれたように葵さんにいった。
「あなたなのね。」
「え?」
「支社長の……。」
「聡子さん!」
蓮さんが聡子さんをたしなめる。すると聡子さんはまずいと思いながら、口を閉じた。
その様子に支社長は見かねたように、換気扇や窓を開けてくれた。これだけでも少し違う気がする。
でもまぁ相変わらず、仕事のあとはシャツが絞れそうなくらい汗かいているけどね。
昼休憩になって、私は倉庫の外に出ると事務所にやってきた。空調がよく利いていて、ここは天国だ。
「食事の前に体を冷やした方がいいよ。今ご飯食べるとすぐ戻しちゃうから。」
そういって明さんは私に保冷剤を渡してくれた。
「ありがとうございます。」
よく見ると配送をしている人たちもみんな思い思いに体を冷やしていた。外回りの人はさらに暑いんだろうな。
「なんか悪いわねぇ。あたしたちだけ涼しくて。麦茶飲む?」
聡子さんはそういって麦茶を手渡してくれた。まぁ、涼しくても事務には事務の大変さがあるだろうしね。
「俺、暑さで死ぬわ。」
「毎年言っているな。それ。」
配送の男たちはそういって、麦茶を受け取っていた。そのとき事務所の入り口のチャイムが鳴った。
「誰か来る予定だったかしら。」
「聞いてませんね。」
「ちょっと応対してくるわ。」
お茶を乗せたトレーをおいて、聡子さんは入り口に向かう。
「はい。あ……。え……っと。」
少し戸惑ったような聡子さんに、蓮さんが気がついてそちらに向かう。
「兄さん。」
え?葵さんが来ているの?私は驚いてそちらを見ると、入ってきたのは、いつものワイシャツではなく白いシャツと膝丈のパンツを履いた葵さんだった。
「外は暑いけれど、ここは天国だ。」
「支社長は外出しているのですが。」
「知ってる。だから来たんだよ。」
「では用事があるのは?」
「仕事の話でね。新しい豆が入ったと聞いたから、見せてもらおうと思って。」
「あぁ。それでしたら、倉庫にあります。すいません。桜さん。」
ぼんやりと聞いていた私に、蓮さんが声をかけた。
「はい。」
「新しいアラビカ産を持ってきてもらえませんか。隣に焙煎したものもありますから。」
「あ。桜さん。焙煎したものは結構です。」
「……味を見なくてもいいのですか。稚拙な焙煎ですが、味はわかると思いますよ。」
「そう?だったらそうしようか。」
私は保冷剤をおいて、倉庫へまた戻っていった。
そして再び戻ってくると、葵さんは聡子さんと何か話していた。
「それにしても蓮さんにそっくりね。いくつ違うの?」
「私は三十なので、五つですか。」
「見えないわねぇ。若いわ。」
「いいえ。蓮が老けているんですよ。」
「まぁ。言うわねぇ。」
穏やかな雰囲気だ。葵さんもとても自然に聡子さんと話している。
「豆を持ってきました。」
私は紙袋に入っている二つの豆を、彼に手渡した。すると彼はそれを開いて様子を見る。
「悪くないですね。」
「入れてみますか。」
「えぇ。そうしてみましょう。」
焙煎が終わって二日目の豆。少し早いが飲み頃だ。私は給湯室へ行き、お湯を沸かした。すると後ろから聡子さんがやってくる。
「葵さんは「窓」のオーナーだったかしら。
「えぇ。私がバイトで夕方から入っています。」
「ねぇ。もしかして、桜さんの彼氏って……。」
葵さんだと思われているの?それはびっくり。
「違いますよ。」
「年上だって言ってたからそうかと思ったのに。つまらないわね。兄弟で取り合っているのかと思ったのに。」
は?何を言っているんだこの人は。
「聡子さん。あの……。」
そのときお湯が沸いた。
コーヒーをいれ終わり、私はその場にいる人に振る舞った。
「どうぞ。」
「いい香り。」
「味も悪くない。さっぱりしてて後味も悪くないようだ。」
みんなの好評の意見の中、葵さんは厳しい目でそれを飲んでいた。
「悪いですか。」
「焙煎は確かに稚拙だと思いますけど、淹れ方によっては化けるかもしれませんね。」
「すいません。まだまだで。」
「うん。でも悪くない。場合によってはこれでメニューが一つ加わるかもしれませんね。」
ガチャ。
そのとき事務所のドアが開いた。支社長が外から帰ってきたのだ。
「暑いわぁ。たまんない。」
汗を拭いながら、来客用のソファに近づいた。そのとき葵さんと目があう。
「葵。」
「……もっと外でゆっくりしてくれば良かったのに。」
「そうね。そうすれば良かったわ。」
今までの雰囲気が一気に冷えた。葵さんはコーヒーを一口のみ、そして彼女から視線をはずした。それは支社長も同じように思える。何かあったのかもしれない。
「新しい豆の試飲に来たの?」
「えぇ。いい豆だと思ったから。」
「……そう。」
「いい業者を手に入れたね。」
「おだてても何もでないわよ。」
「知っている。」
「……で、いつ帰るの?」
ずいぶん支社長にしては冷たい言い方だ。思わず周りの人たちも顔を見合わせる。
「来たばかりだよ。」
「そ、じゃあ、あたしが出て行くわ。蓮さん。悪いけど、もうあと一時間くらい出てくるわ。」
「はい。」
彼女はそういってヒールを不機嫌そうに鳴らしながら、出て行った。
「相変わらず台風みたいな人ですね。」
「葵さん……。」
聡子さんがあきれたように葵さんにいった。
「あなたなのね。」
「え?」
「支社長の……。」
「聡子さん!」
蓮さんが聡子さんをたしなめる。すると聡子さんはまずいと思いながら、口を閉じた。
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