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一年目
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施設からでることが出来た柊さんを待ちかまえていたのは、蓬さんだった。蓬さんは正式に彼を組に迎え入れようともくろんでいたらしい。
しかし柊さんはそれを拒否した。
「まともに生きていかなければいけない。もう盗んだり、傷つけるのはイヤだ。」
だが蓬さんはそれが彼の戯れ言だと思っていた。その言葉を払拭させるために、蓬さんは柊さんに言う。
「まだあの女はあの喫茶店にいる。」
二度と会わないつもりだった。だが蓬は彼の耳元で言う。
「まだあの女は幸せではない。幸せに出来るのはお前だけじゃないのか。」
悪魔のささやきだと思った。だが彼は喫茶店に向かう。そして殺傷事件を起こす。
「手足になって動いてもらうには、前科一犯くらいないとな。」
全ては蓬の思惑通りだった。
そして彼が刑務所から出てきたとき、蓬さんは待っていたように彼に言う。
「まともな職になど就けるわけがない。お前は俺の言うとおりに動けばいいんだ。」
不本意だった。だがそれは真実だった。前科一犯ではまともな職に就けない。彼はまた蓬の元を訪れた。
「坂本組は土建会社のようだが、本来は金融会社だ。薬をばらまき、借金をさせる。身動きがとれなくなったところで、売る。そんなことばかりしてた。」
柊さんは、手をぎゅっと握っていた。その拳は細かく震えている。私は、初めて彼に懺悔をさせていることを後悔した。話して欲しいと願ったのは私なのに、今はそれが一番辛く感じる。
手を重ねて、私は彼を覗き見た。すると彼は少しほっとした表情になる。そして私の手にまた手を重ねた。
「俺は蓬さんから色んなことを学んでいた。だから、女を優しい言葉で慰めて心を開かせることなんか簡単だった。そうすれば、女は抵抗せずに売られていくから。」
体を使ったことはない。やったのは、言葉と、軽いスキンシップだけ。
「きっと女たちは俺から騙されたと思っている。泣きながら、バスに乗せられているのを何度も見たから。俺にはそれしかないと思ってた。だから……それを知っていたんだろう。お母さんは。」
「……そういえば、少し前に言っていた。店の女の子が急にいなくなることもあったって。」
ヤクザの下っ端のようなことを繰り返していたが、どうしても自分に許せないことがあった。
蓬に誘われて、あるクラブへ行こうとしたときだった。道路で、急に蓬に向かって男が銃を発砲したのだ。
一発は外れ、もう一発は蓬をかばった柊に当たった。すぐに男は捕まり、柊はすぐに病院へ運ばれた。
肩に当たった銃弾は出血がひどく、彼は生死をさまよった。しかしやっと彼は意識を取り戻して、目を開けた。そこには、刑務所にいたときから彼のことを気にして、友人だと言っていた葵の姿があった。
「もう蓬さんに関わらない方がいい。私が手配します。他の職を見つけてください。」
「しかし……俺は……。」
「職を選ばなければどうにでもなります。このまま蓬さんの駒になっていいんですか。」
「……。」
「私の住んでいる町へ来ませんか。誰も知らないところの方がいいでしょう。」
「……葵。そんなことをしてお前も……。」
「私はいいんです。どうにでもなりますから。」
肩の銃痕は女性をかばったのではなく、蓬さんをかばったものだった。心酔していた柊さんは、蓬さんをかばうことくらいは平気だったのだ。だが、蓬さんはただの駒の一つくらいにしか思っていなかった。
「……女を騙すようなことをしていた。この町に来ても、そのことを知っている奴はいた。だからお前が俺とつきあうことをやめた方がいいと言ったんだろう。口先だけで騙していたから、お前も騙されていると思っているんだ。」
細かく震えているその手を離し、私は彼の首に手を伸ばした。そして唇を寄せる。
「……そんなことで、私が離れると思ったんですか。」
「……そんなこと……か。」
「えぇ。そんなこと。確かに私ではあなたの苦しみはわからないかもしれません。でも寄り添うことは出来るんです。」
「桜。俺が怖くないのか。」
「誰が怖いんですか。」
「騙されていると思わないのか。」
「騙されていてもいい。」
「桜。」
「軽々しく「愛してる」なんて言いません。それだけ、愛してるから。」
彼は私を引き寄せると、その胸に私を抱きしめた。温かい胸は、誰よりも安心できる。
「桜。俺も愛しているから。」
体を離し、キスをする。そして再び抱きしめあおうとしたときだった。
ブーン。ブーン。
柊さんの携帯電話がなった。彼は舌打ちをして、それに手を伸ばす。
「悪いな。出ないといけない。」
「飲み物持ってきます。」
喉が渇いた。私は部屋を出て、キッチンへ行こうとしたときだった。その私の部屋の前に、母が立ってこちらを見ている。柊さんがいるからだろう。ちゃんとシャツを着ていた。
「わかった?」
「えぇ。あらかたのことは聞いた。」
「……ろくでもない男よ。口先だけで女をたぶらかしていた。」
「今は違うわ。」
「そうみたいね。蓬さんが言ってた。柊さんは、潔癖で惚れた女ではないとキス一つしないって。」
「……。」
「惚れられてんのね。あんた。幸せ者だわ。」
「お母さんも惚れられているでしょう?」
「あら、言うじゃない。あんたも。」
そういって彼女は笑い、そしてこちらをみる。
「蓬さんとは関わらない方がいいわね。」
「うん。」
私はそういって頷いた。
後ろからドアの開く音がした。柊さんが出てきたのだ。
「すいません。俺用事が出来て、行かないと。」
「あら、そう。でも今すぐ出るの?」
「すいません。」
「ちょっと待って。柊さん。」
「はい?」
出て行こうとした柊さんに、母が声をかける。
「これをあげるわ。」
そういって母の手から、彼に鍵が渡された。
「お母さん。」
「これは?」
「ここの鍵。この子を待っているの、ドアの前で待ってたら不審者と言われるからね。」
「いいんですか。」
「フフ。あたしもあんたを信用してみようと思ったから。」
「やっぱり少しは疑ってたんですか。」
「えぇ。昔の噂はいろいろ聞いていたし、あんたのせいでいなくなった女の子もいるから。でも今は違うわね。」
「はい。」
「あたしが桜とあんたを認めるためには、もう一つ守って欲しいことがあるの。それは聞ける?」
「何ですか。」
「桜は人の気持ちにすごく鈍感なの。だから、袖にする人も今まで多かったでしょう?そのときあなた守ってくれる?」
彼はじっと私を見た。それで危ないことは沢山あったから、彼もそれが心配だったのだろう。
「わかりました。」
「お願いね。」
彼はその鍵を自分のキーケースにつけると、そのまま部屋を出ていった。
「桜。でもあまり安心はしないで。」
「え?」
「まだ彼には隠していることがあるんじゃないの?」
ドキリとした。そう。彼にはまだ不審な点がいくつかあるのだ。
しかし柊さんはそれを拒否した。
「まともに生きていかなければいけない。もう盗んだり、傷つけるのはイヤだ。」
だが蓬さんはそれが彼の戯れ言だと思っていた。その言葉を払拭させるために、蓬さんは柊さんに言う。
「まだあの女はあの喫茶店にいる。」
二度と会わないつもりだった。だが蓬は彼の耳元で言う。
「まだあの女は幸せではない。幸せに出来るのはお前だけじゃないのか。」
悪魔のささやきだと思った。だが彼は喫茶店に向かう。そして殺傷事件を起こす。
「手足になって動いてもらうには、前科一犯くらいないとな。」
全ては蓬の思惑通りだった。
そして彼が刑務所から出てきたとき、蓬さんは待っていたように彼に言う。
「まともな職になど就けるわけがない。お前は俺の言うとおりに動けばいいんだ。」
不本意だった。だがそれは真実だった。前科一犯ではまともな職に就けない。彼はまた蓬の元を訪れた。
「坂本組は土建会社のようだが、本来は金融会社だ。薬をばらまき、借金をさせる。身動きがとれなくなったところで、売る。そんなことばかりしてた。」
柊さんは、手をぎゅっと握っていた。その拳は細かく震えている。私は、初めて彼に懺悔をさせていることを後悔した。話して欲しいと願ったのは私なのに、今はそれが一番辛く感じる。
手を重ねて、私は彼を覗き見た。すると彼は少しほっとした表情になる。そして私の手にまた手を重ねた。
「俺は蓬さんから色んなことを学んでいた。だから、女を優しい言葉で慰めて心を開かせることなんか簡単だった。そうすれば、女は抵抗せずに売られていくから。」
体を使ったことはない。やったのは、言葉と、軽いスキンシップだけ。
「きっと女たちは俺から騙されたと思っている。泣きながら、バスに乗せられているのを何度も見たから。俺にはそれしかないと思ってた。だから……それを知っていたんだろう。お母さんは。」
「……そういえば、少し前に言っていた。店の女の子が急にいなくなることもあったって。」
ヤクザの下っ端のようなことを繰り返していたが、どうしても自分に許せないことがあった。
蓬に誘われて、あるクラブへ行こうとしたときだった。道路で、急に蓬に向かって男が銃を発砲したのだ。
一発は外れ、もう一発は蓬をかばった柊に当たった。すぐに男は捕まり、柊はすぐに病院へ運ばれた。
肩に当たった銃弾は出血がひどく、彼は生死をさまよった。しかしやっと彼は意識を取り戻して、目を開けた。そこには、刑務所にいたときから彼のことを気にして、友人だと言っていた葵の姿があった。
「もう蓬さんに関わらない方がいい。私が手配します。他の職を見つけてください。」
「しかし……俺は……。」
「職を選ばなければどうにでもなります。このまま蓬さんの駒になっていいんですか。」
「……。」
「私の住んでいる町へ来ませんか。誰も知らないところの方がいいでしょう。」
「……葵。そんなことをしてお前も……。」
「私はいいんです。どうにでもなりますから。」
肩の銃痕は女性をかばったのではなく、蓬さんをかばったものだった。心酔していた柊さんは、蓬さんをかばうことくらいは平気だったのだ。だが、蓬さんはただの駒の一つくらいにしか思っていなかった。
「……女を騙すようなことをしていた。この町に来ても、そのことを知っている奴はいた。だからお前が俺とつきあうことをやめた方がいいと言ったんだろう。口先だけで騙していたから、お前も騙されていると思っているんだ。」
細かく震えているその手を離し、私は彼の首に手を伸ばした。そして唇を寄せる。
「……そんなことで、私が離れると思ったんですか。」
「……そんなこと……か。」
「えぇ。そんなこと。確かに私ではあなたの苦しみはわからないかもしれません。でも寄り添うことは出来るんです。」
「桜。俺が怖くないのか。」
「誰が怖いんですか。」
「騙されていると思わないのか。」
「騙されていてもいい。」
「桜。」
「軽々しく「愛してる」なんて言いません。それだけ、愛してるから。」
彼は私を引き寄せると、その胸に私を抱きしめた。温かい胸は、誰よりも安心できる。
「桜。俺も愛しているから。」
体を離し、キスをする。そして再び抱きしめあおうとしたときだった。
ブーン。ブーン。
柊さんの携帯電話がなった。彼は舌打ちをして、それに手を伸ばす。
「悪いな。出ないといけない。」
「飲み物持ってきます。」
喉が渇いた。私は部屋を出て、キッチンへ行こうとしたときだった。その私の部屋の前に、母が立ってこちらを見ている。柊さんがいるからだろう。ちゃんとシャツを着ていた。
「わかった?」
「えぇ。あらかたのことは聞いた。」
「……ろくでもない男よ。口先だけで女をたぶらかしていた。」
「今は違うわ。」
「そうみたいね。蓬さんが言ってた。柊さんは、潔癖で惚れた女ではないとキス一つしないって。」
「……。」
「惚れられてんのね。あんた。幸せ者だわ。」
「お母さんも惚れられているでしょう?」
「あら、言うじゃない。あんたも。」
そういって彼女は笑い、そしてこちらをみる。
「蓬さんとは関わらない方がいいわね。」
「うん。」
私はそういって頷いた。
後ろからドアの開く音がした。柊さんが出てきたのだ。
「すいません。俺用事が出来て、行かないと。」
「あら、そう。でも今すぐ出るの?」
「すいません。」
「ちょっと待って。柊さん。」
「はい?」
出て行こうとした柊さんに、母が声をかける。
「これをあげるわ。」
そういって母の手から、彼に鍵が渡された。
「お母さん。」
「これは?」
「ここの鍵。この子を待っているの、ドアの前で待ってたら不審者と言われるからね。」
「いいんですか。」
「フフ。あたしもあんたを信用してみようと思ったから。」
「やっぱり少しは疑ってたんですか。」
「えぇ。昔の噂はいろいろ聞いていたし、あんたのせいでいなくなった女の子もいるから。でも今は違うわね。」
「はい。」
「あたしが桜とあんたを認めるためには、もう一つ守って欲しいことがあるの。それは聞ける?」
「何ですか。」
「桜は人の気持ちにすごく鈍感なの。だから、袖にする人も今まで多かったでしょう?そのときあなた守ってくれる?」
彼はじっと私を見た。それで危ないことは沢山あったから、彼もそれが心配だったのだろう。
「わかりました。」
「お願いね。」
彼はその鍵を自分のキーケースにつけると、そのまま部屋を出ていった。
「桜。でもあまり安心はしないで。」
「え?」
「まだ彼には隠していることがあるんじゃないの?」
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