夜の声

神崎

文字の大きさ
上 下
55 / 355
一年目

55

しおりを挟む
 昼頃になり、雨は少しずつ弱くなっていった。しかし家の中はまだ嵐が吹いているようだと思う。
 母さんは食事をしたあと、自分の部屋にこもり寝てしまった。そして私の部屋には、柊さんと私がいる。私は問題集を開きながら、その内容は全く頭にはいらない。その理由は母が口に出した「蓬」さんという単語を出したとたん、柊さんが黙り込んでしまったからだ。彼もベッドに腰掛けて雑誌を開きながら、その雑誌の内容は頭には入っていないように見える。
 聞きたいことは沢山ある。でもきっと聞くことは出来ない。話したくはないのだろうから。
 そのとき携帯電話が鳴る。メッセージが送られてきたのだ。

”昼から店を開けます。落ち着いたら来てもらえますか。”

 葵さんからのメッセージだった。何となくほっとしている私がいる。と同時に、どうしてこんなことになったのかわからなかった。今朝までは幸せだったのに。どうしてこんなに冷たい関係になってしまったのだろうか。
「誰から?」
 柊さんはやっと口を開いた。彼の方をみないで、私は答えた。
「葵さんからです。天気が落ち着いたら店を開けるそうですので。」
「……商売熱心だ。」
 結局ヒジカタコーヒーは今日は閉めたらしい。事務所には支社長がいるだけだという。祭の時とは違って、こんな天気の時に発注をする業者もあまりないだろうという、彼女の考えからだった。
「どうしてお前は何も聞かないんだ。」
 たまりかねたように、雑誌を閉じて私をみる柊さんの視線はとても冷たいように思えた。一瞬だけ彼を見て、私はすぐに視線をはずす。
「何か聞かせたいことがあるのですか。」
「どうして「蓬」のことを聞かないんだ。」
 今日母さんが言っていただけのことでは、蓬さんと柊さんの関係はきっとわからない。でも私は蓬さんに会ってしまった。
 ヤクザであること。ヤクザがどんな人なのか、私にはよくわからない。「窓」にそういう感じの人が来ることもあるし、常連もいる。だけど、私には関わりはないし、どんなことをしているかも知らない。
 もう隠すことは出来ない。私は彼の方にいすを向けた。
「私、蓬さんに会いました。」
「……え?」
「昨日、たまたま「虹」へ用事があって行ったとき、名刺をいただきました。」
「だったら何者かわかっているか。」
「ヤクザだと。」
「……それから?」
「「窓」で働いていることを知っていました。それだけです。」
「そうか。」
 少しほっとしたような表情。そして彼は私を手招きをして、隣に座らせた。
「関わりがないならそれでいい。俺ももう関わりたくない。」
「もう?」
 「もう」という単語は、昔は関わりがあったということだ。これで確定した。彼は蓬さんと何かしらの関わりがあったのだ。
「……誘導尋問か?」
「そんなつもりはありません。」
「知らなくていいことは、知らない方がいい。知らない方が幸せな場合もある。」
 誤魔化された。そんな気がする。
「……柊さん。私には言えないんですね。」
「そうじゃない。」
「だってみんな知っている。だから私にあなたと恋人になるのはやめた方がいいと言ってます。もうつきあっているって言えば、別れた方がいいって……。」
「そんな声は聞き流しておけ。大事なのは……。」
「確かに大事なのは気持ちです。そう思って私も過ごしてきた。でも……お互いに知らないことが多すぎるんです。」
「……。」
「柊さん。お願いです。その銃痕のわけを聞かせてもらえませんか。」
 彼はその言葉に左の肩を押さえた。そしてうつむく。
「俺は……お前を離したくない。でもこれを話せば、お前は俺を軽蔑するだろう。」
「どうして?何も知らないのに軽蔑するわけがありません。」
「軽蔑されてからでは遅い。」
「私が逃げると?どうしてそんなに私が信じられないんですか。」
 どうしてこんな人が好きなんだろう。母さんも言っていたけれど、体の割に小さい男だ。
「信じてるし、好きだ。」
「……。」
「信じれないかもしれないがな。」
「信じたいんです。」
「……。」
 彼は少し黙り、窓から外を見た。打ち付ける雨は少しづつ弱くなっているようだが、風は相変わらず強い。
「蓬は……義理ではあるが兄になる。」
「お兄さん?」
「とっくに籍は抜いたがな。お前は、俺のことを聞いたとき不思議に思わなかったか。施設を逃げて一人で盗みや人を傷つけて過ごしていたという事に。」
 確かに。そんなことを未成年が出来るわけがない。外国のスラム街であれば可能かもしれないけれど。
「俺は蓬に拾われて、一応の籍をもらった。そこまでしてくれる蓬は……俺の事を思ってくれていると思っていた。それに全てにおいて完璧な男だと思っていた。」
 若くしてヤクザの本家の若頭にまで上り詰めていた蓬さん。それに拾われた柊さんは、彼の言うことだけを信じていた。彼も柊さんが彼の手足となることで衣食住の保証をしてくれた。
「世話になったのは一年くらいだったか。そのあとに蓬の紹介で百合と会った。」
 百合も蓬の世話になっていて、旦那の借金を返すために喫茶店と平行してある薬を売っていた。それは世に認められていない薬。それを売ることで彼女は組の手足になっていたのだ。
「百合に会うことで徐々に蓬の存在に違和感を感じた。もしかしたら、自分もこの組の中にはいるんじゃないのかと。」
 疑問に思っていたが、それでも蓬のそばを離れることは出来なかった。それだけ彼は蓬の考え方から逃れられなかったのだ。
 色んな人を傷つけ、色んな人から奪い、彼はチンピラの一人に成り下がった。百合から「蓬から離れた方がいい」と言われても彼は、離れることは出来なかった。
 だがその百合に惚れていることに気がついて、彼は彼女の弟を刺した。そして百合からも蓬からも離れ、施設に成人するまで離れて暮らした。その間。彼はやっと百合の言っていることが正しいことに気がついたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...