夜の声

神崎

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一年目

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 昼頃になり、雨は少しずつ弱くなっていった。しかし家の中はまだ嵐が吹いているようだと思う。
 母さんは食事をしたあと、自分の部屋にこもり寝てしまった。そして私の部屋には、柊さんと私がいる。私は問題集を開きながら、その内容は全く頭にはいらない。その理由は母が口に出した「蓬」さんという単語を出したとたん、柊さんが黙り込んでしまったからだ。彼もベッドに腰掛けて雑誌を開きながら、その雑誌の内容は頭には入っていないように見える。
 聞きたいことは沢山ある。でもきっと聞くことは出来ない。話したくはないのだろうから。
 そのとき携帯電話が鳴る。メッセージが送られてきたのだ。

”昼から店を開けます。落ち着いたら来てもらえますか。”

 葵さんからのメッセージだった。何となくほっとしている私がいる。と同時に、どうしてこんなことになったのかわからなかった。今朝までは幸せだったのに。どうしてこんなに冷たい関係になってしまったのだろうか。
「誰から?」
 柊さんはやっと口を開いた。彼の方をみないで、私は答えた。
「葵さんからです。天気が落ち着いたら店を開けるそうですので。」
「……商売熱心だ。」
 結局ヒジカタコーヒーは今日は閉めたらしい。事務所には支社長がいるだけだという。祭の時とは違って、こんな天気の時に発注をする業者もあまりないだろうという、彼女の考えからだった。
「どうしてお前は何も聞かないんだ。」
 たまりかねたように、雑誌を閉じて私をみる柊さんの視線はとても冷たいように思えた。一瞬だけ彼を見て、私はすぐに視線をはずす。
「何か聞かせたいことがあるのですか。」
「どうして「蓬」のことを聞かないんだ。」
 今日母さんが言っていただけのことでは、蓬さんと柊さんの関係はきっとわからない。でも私は蓬さんに会ってしまった。
 ヤクザであること。ヤクザがどんな人なのか、私にはよくわからない。「窓」にそういう感じの人が来ることもあるし、常連もいる。だけど、私には関わりはないし、どんなことをしているかも知らない。
 もう隠すことは出来ない。私は彼の方にいすを向けた。
「私、蓬さんに会いました。」
「……え?」
「昨日、たまたま「虹」へ用事があって行ったとき、名刺をいただきました。」
「だったら何者かわかっているか。」
「ヤクザだと。」
「……それから?」
「「窓」で働いていることを知っていました。それだけです。」
「そうか。」
 少しほっとしたような表情。そして彼は私を手招きをして、隣に座らせた。
「関わりがないならそれでいい。俺ももう関わりたくない。」
「もう?」
 「もう」という単語は、昔は関わりがあったということだ。これで確定した。彼は蓬さんと何かしらの関わりがあったのだ。
「……誘導尋問か?」
「そんなつもりはありません。」
「知らなくていいことは、知らない方がいい。知らない方が幸せな場合もある。」
 誤魔化された。そんな気がする。
「……柊さん。私には言えないんですね。」
「そうじゃない。」
「だってみんな知っている。だから私にあなたと恋人になるのはやめた方がいいと言ってます。もうつきあっているって言えば、別れた方がいいって……。」
「そんな声は聞き流しておけ。大事なのは……。」
「確かに大事なのは気持ちです。そう思って私も過ごしてきた。でも……お互いに知らないことが多すぎるんです。」
「……。」
「柊さん。お願いです。その銃痕のわけを聞かせてもらえませんか。」
 彼はその言葉に左の肩を押さえた。そしてうつむく。
「俺は……お前を離したくない。でもこれを話せば、お前は俺を軽蔑するだろう。」
「どうして?何も知らないのに軽蔑するわけがありません。」
「軽蔑されてからでは遅い。」
「私が逃げると?どうしてそんなに私が信じられないんですか。」
 どうしてこんな人が好きなんだろう。母さんも言っていたけれど、体の割に小さい男だ。
「信じてるし、好きだ。」
「……。」
「信じれないかもしれないがな。」
「信じたいんです。」
「……。」
 彼は少し黙り、窓から外を見た。打ち付ける雨は少しづつ弱くなっているようだが、風は相変わらず強い。
「蓬は……義理ではあるが兄になる。」
「お兄さん?」
「とっくに籍は抜いたがな。お前は、俺のことを聞いたとき不思議に思わなかったか。施設を逃げて一人で盗みや人を傷つけて過ごしていたという事に。」
 確かに。そんなことを未成年が出来るわけがない。外国のスラム街であれば可能かもしれないけれど。
「俺は蓬に拾われて、一応の籍をもらった。そこまでしてくれる蓬は……俺の事を思ってくれていると思っていた。それに全てにおいて完璧な男だと思っていた。」
 若くしてヤクザの本家の若頭にまで上り詰めていた蓬さん。それに拾われた柊さんは、彼の言うことだけを信じていた。彼も柊さんが彼の手足となることで衣食住の保証をしてくれた。
「世話になったのは一年くらいだったか。そのあとに蓬の紹介で百合と会った。」
 百合も蓬の世話になっていて、旦那の借金を返すために喫茶店と平行してある薬を売っていた。それは世に認められていない薬。それを売ることで彼女は組の手足になっていたのだ。
「百合に会うことで徐々に蓬の存在に違和感を感じた。もしかしたら、自分もこの組の中にはいるんじゃないのかと。」
 疑問に思っていたが、それでも蓬のそばを離れることは出来なかった。それだけ彼は蓬の考え方から逃れられなかったのだ。
 色んな人を傷つけ、色んな人から奪い、彼はチンピラの一人に成り下がった。百合から「蓬から離れた方がいい」と言われても彼は、離れることは出来なかった。
 だがその百合に惚れていることに気がついて、彼は彼女の弟を刺した。そして百合からも蓬からも離れ、施設に成人するまで離れて暮らした。その間。彼はやっと百合の言っていることが正しいことに気がついたのだ。
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