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一年目
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二十一時になり、お客さんが雨を気にしながら帰ったところで、私も仕事を上がろうとした。しかし雨はどんどん酷くなっていく。私は外を見ながら、やはり傘を借りるかと葵さんに話しかけた。
「葵さん。」
振り返って思い出した。そうだった。ちょっと二階に上がってくるといって、行ってしまったっきりだった。ため息をついて、私はカウンターの中に入っていく。すると葵さんが奥のドアから出てきた。
「あ、そろそろ上がろうと思うんで、傘をやっぱり借りていいですか。」
すると葵さんは少しため息をついた。そして私に一枚の名刺を差し出す。何だろう。それを見て私は驚いてしまった。
「あ……なんでそれを?」
それは昼間にいただいた蓬さんの名刺だった。明らかにそれが元で不機嫌になっている。
「わかってますか?この人がどんな人か。」
「……ヤクザだそうで。」
「どこで会いましたか?」
「「虹」で。洋服を借りていたので返しに行ったらいました。」
「……タイミングが悪いですね。」
彼はそういって名刺を私に返した。何がタイミングが悪かったのか。
「あの……どういうことですか。」
「いいや。何も気にしないでください。この名刺は後生大事に持っているものでもありませんが、そうですね……。あなたのお母さんには見せない方がいいかもしれません。あなたのお母さんはきっとこの方を知っていますから。」
夜の仕事をしている母だ。確かに知っているかもしれない。私がヤクザと繋がりがあると知ったら、きっと卒倒する。
「わかりました。」
私はそういって名刺をまた自分の手に戻した。
「じゃあ、上がって結構ですよ。それから傘が必要でしたら貸しますけど。」
「あ、すいません。ではお願いします。」
私はそういってカウンターの奥のドアの向こうに戻っていった。着替えをするバックヤードに、最近鍵をつけた。つけたのは葵さん。私がそうして欲しいと言った訳じゃないけれど、不安はこれでなくなった。
どうしても彼が襲ってきたあの夜を思い出してしまう。
そして私は着替えを終えると、カウンターに出てきた。すると葵さんは明日の豆の選定をしている。
「お先に失礼します。」
「……桜さん。」
「はい?」
「もし何かあったら、僕に相談して下さい。」
「はぁ……。」
どういうことだろう。柊さんではなく彼に相談するというのは、どういうことだろう。
雨の中、私は傘を差してアパートへ向かった。すると向こうから背の高い人があるいてきているのが見える。それは誰だかすぐにわかった。
「柊さん。」
声をかけると、彼は驚いたように私を見た。
「今帰りか。」
「はい。柊さんは?」
「お母さんから連絡があって、出来ればお前を迎えに行って欲しいと頼まれた。」
「あら。どうしてですか。」
「……台風だからだろう。まだ序の口だというのに、酷い雨だ。」
確かにさっきより雨が酷くなっている。
「今夜用事は?」
「無くなった。」
私たちは並んで歩いていた。そのとき携帯電話にメッセージが入った。母からだった。
「……。」
「どうした。」
「母からです。今日はお店を休んでいるらしいですね。恋人のところへ行くので、柊さんはうちに来て欲しいと書いてます。」
すると柊さんの携帯にもメッセージが入ったようだ。それを開いて、彼はすぐに閉じた。
「どうしました?」
「お前のお母さんからいつものメッセージだ。」
その文言は決まっているらしいが、私には何もいわない。でも言わなくても何を送ったかだいたい想像できる。下世話なことだ。
「お母さんは恋人がいるんだな。」
「えぇ。ずっとおつき合いをしている方だそうですよ。」
「そうか。」
あのパワフルな女性に釣り合うような人はどんな人だろう。と思ったのかもしれないが、母の恋人にまだ会った事はない。結婚でもするんだったら会うのかもしれないけれど。
まだ三十二、三十三の母だ。まだ子供だって出来るんだから、私に遠慮しなくてもいいのに。
「母は、私に恋人が出来たのをとても嬉しいと思っているんですよ。」
「それはどうしてだ。」
「私には恋人がいるという幸せを知って欲しいと言っていましたから。そうすれば、母が恋人がいるということに理解を示すだろうと思っていたみたいです。」
「で、どうだった。」
「……わかりましたよ。」
そう言った私の顔は多分赤くなっていたと思う。その様子に柊さんは私の頭をくしゃくしゃと撫でる。彼から言った事なのに、自分で恥ずかしくなったのだろう。
アパートについて、私は傘を閉じた。そして先へ歩いていく。早く行って、赤くなったというのを誤魔化したかった。
部屋の鍵を開けると私が先に入り、電気をつけようとした。そのとき後ろから、腕が伸びてくる。そして私はその温かな体に抱きすくめられた。
「……柊さん。」
「可愛いヤツだ。」
彼は耳元でそういいながら、私を後ろから抱きしめる。それがイヤではなかった。むしろもっとして欲しいと思う。でも……。
「暑いです。」
「そうだったな。」
彼はそういって私を離す。
雨が酷くなり、窓に雨が打ち付けた。そんな音も、私たちには聞こえない。
向かい合い、私はすっと背伸びをする。彼も答えるように私に近づいてきた。
「食事しました?」
「用意してあると言っていた。」
電気をつけて、エアコンをつけた。そのとき彼はテレビがある台の横に視線を送った。多分食事も用意しているけど、コンドームも用意しているとか何とか言われたんだろうな。
用意がいいって言うか……。奔放なのはいいけど、セックスを薦める親ってのはどうなんだろう。
「葵さん。」
振り返って思い出した。そうだった。ちょっと二階に上がってくるといって、行ってしまったっきりだった。ため息をついて、私はカウンターの中に入っていく。すると葵さんが奥のドアから出てきた。
「あ、そろそろ上がろうと思うんで、傘をやっぱり借りていいですか。」
すると葵さんは少しため息をついた。そして私に一枚の名刺を差し出す。何だろう。それを見て私は驚いてしまった。
「あ……なんでそれを?」
それは昼間にいただいた蓬さんの名刺だった。明らかにそれが元で不機嫌になっている。
「わかってますか?この人がどんな人か。」
「……ヤクザだそうで。」
「どこで会いましたか?」
「「虹」で。洋服を借りていたので返しに行ったらいました。」
「……タイミングが悪いですね。」
彼はそういって名刺を私に返した。何がタイミングが悪かったのか。
「あの……どういうことですか。」
「いいや。何も気にしないでください。この名刺は後生大事に持っているものでもありませんが、そうですね……。あなたのお母さんには見せない方がいいかもしれません。あなたのお母さんはきっとこの方を知っていますから。」
夜の仕事をしている母だ。確かに知っているかもしれない。私がヤクザと繋がりがあると知ったら、きっと卒倒する。
「わかりました。」
私はそういって名刺をまた自分の手に戻した。
「じゃあ、上がって結構ですよ。それから傘が必要でしたら貸しますけど。」
「あ、すいません。ではお願いします。」
私はそういってカウンターの奥のドアの向こうに戻っていった。着替えをするバックヤードに、最近鍵をつけた。つけたのは葵さん。私がそうして欲しいと言った訳じゃないけれど、不安はこれでなくなった。
どうしても彼が襲ってきたあの夜を思い出してしまう。
そして私は着替えを終えると、カウンターに出てきた。すると葵さんは明日の豆の選定をしている。
「お先に失礼します。」
「……桜さん。」
「はい?」
「もし何かあったら、僕に相談して下さい。」
「はぁ……。」
どういうことだろう。柊さんではなく彼に相談するというのは、どういうことだろう。
雨の中、私は傘を差してアパートへ向かった。すると向こうから背の高い人があるいてきているのが見える。それは誰だかすぐにわかった。
「柊さん。」
声をかけると、彼は驚いたように私を見た。
「今帰りか。」
「はい。柊さんは?」
「お母さんから連絡があって、出来ればお前を迎えに行って欲しいと頼まれた。」
「あら。どうしてですか。」
「……台風だからだろう。まだ序の口だというのに、酷い雨だ。」
確かにさっきより雨が酷くなっている。
「今夜用事は?」
「無くなった。」
私たちは並んで歩いていた。そのとき携帯電話にメッセージが入った。母からだった。
「……。」
「どうした。」
「母からです。今日はお店を休んでいるらしいですね。恋人のところへ行くので、柊さんはうちに来て欲しいと書いてます。」
すると柊さんの携帯にもメッセージが入ったようだ。それを開いて、彼はすぐに閉じた。
「どうしました?」
「お前のお母さんからいつものメッセージだ。」
その文言は決まっているらしいが、私には何もいわない。でも言わなくても何を送ったかだいたい想像できる。下世話なことだ。
「お母さんは恋人がいるんだな。」
「えぇ。ずっとおつき合いをしている方だそうですよ。」
「そうか。」
あのパワフルな女性に釣り合うような人はどんな人だろう。と思ったのかもしれないが、母の恋人にまだ会った事はない。結婚でもするんだったら会うのかもしれないけれど。
まだ三十二、三十三の母だ。まだ子供だって出来るんだから、私に遠慮しなくてもいいのに。
「母は、私に恋人が出来たのをとても嬉しいと思っているんですよ。」
「それはどうしてだ。」
「私には恋人がいるという幸せを知って欲しいと言っていましたから。そうすれば、母が恋人がいるということに理解を示すだろうと思っていたみたいです。」
「で、どうだった。」
「……わかりましたよ。」
そう言った私の顔は多分赤くなっていたと思う。その様子に柊さんは私の頭をくしゃくしゃと撫でる。彼から言った事なのに、自分で恥ずかしくなったのだろう。
アパートについて、私は傘を閉じた。そして先へ歩いていく。早く行って、赤くなったというのを誤魔化したかった。
部屋の鍵を開けると私が先に入り、電気をつけようとした。そのとき後ろから、腕が伸びてくる。そして私はその温かな体に抱きすくめられた。
「……柊さん。」
「可愛いヤツだ。」
彼は耳元でそういいながら、私を後ろから抱きしめる。それがイヤではなかった。むしろもっとして欲しいと思う。でも……。
「暑いです。」
「そうだったな。」
彼はそういって私を離す。
雨が酷くなり、窓に雨が打ち付けた。そんな音も、私たちには聞こえない。
向かい合い、私はすっと背伸びをする。彼も答えるように私に近づいてきた。
「食事しました?」
「用意してあると言っていた。」
電気をつけて、エアコンをつけた。そのとき彼はテレビがある台の横に視線を送った。多分食事も用意しているけど、コンドームも用意しているとか何とか言われたんだろうな。
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